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読書の意味

読書の意味

 本で教えてもらうというよりも、いかにレベルが低いのかを感じるために読んでいる。著者は今のモノに囚われている。本当に自分の権力、権利だけを主張します。

 全体を考えて、先を見ているのか。多分、内なる世界を作っていないのでしょう。外なる世界だけを気にしている。

OCR化作業


 今日は外へ出なくて、ずっとOCR化作業を続けていた。昨日から未唯がやってきています。

OCR化した本の感想

 『格差と再分配』

  ピケティが書いた本は分厚いし、『21世紀の資本』でまとめられているし、要約は色々なカタチで出ているので、「すべてはこの本から始まった」という著者の感想だけを載せた。

  「不平等研究の現在」というけど、データを綿密に調べることにそんな意味があるのか。格差は歴然としている。それは99%の人には真実です。そして、その方向も拡大している。それは「成功者」のトランプが大統領になったことで歴然です。

  その上で、個人が何をするのか、どのように覚醒するのかをムハンマドのように示すことが重要だと思われる。

 『ロサンゼルス便利帳』

  LAPLは2000年2月14日に訪問。翌日の五〇歳の誕生日はSFPLで向かえた。公共図書館が市民から成り立っているのを実感。ロサンゼルス地震から立ち上げたのも市民です。アメリカはそういった市民層と「上級社会」、そして移民を始めたとした層があることが分かった。

  公共図書館を移民への支援を行なっていた。

 『言葉はこうして生き残った』

  アーレントの生き方が知的です。思考への忠誠を貫いている。アーレントとハイデッガーの関係をある女性への思いと重なってしまう。出会った年の差は同じです。ハイデッガーにとって、アーレントの若さと知性はまぶしかったでしょう。

  ナチへの対応で真逆の姿勢になり、年月を重ねた。ハイデガーが80歳になった時に、60歳になっていたアーレントが祝った。そんな姿は想像できなかったでしょう。

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ハンナ・アーレントの思考への忠誠

『言葉はこうして生き残った』より ハンナ・アーレント ⇒ またしても、アーレントです。生き方が知的です。思考への忠誠を貫いている。

映画の中では原稿を前にしたショーンが、「さあ始めようか」とおもむろにメガネをかけ、〝腕まくり〟します。「ニューヨーカー」の伝統はといえば、書き手と編集者が共同で、細やかに、忍耐強く、慎重に原稿内容をチェックし、「文章の明晰さ、論理性、密度、文法、構成、反復語、英語の言葉の美しさへの追求」(同)を徹底的に行うところです。

とんでもない集中力と、恐ろしく時間を要するつらいプロセスです。けれどもこの作業を経ることによって、原稿は「見違えるほど素晴らしいものに」変貌し、「どの書き手も必ず成長する」と信じられてきました。今回もまた、その伝統の流儀が踏襲されました。

ところが、何週間にもわたって毎日その作業を続けたショーンは、「いつもへとへとに疲れきってアパートメントから出てきた」と、「ニューヨーカー」のスタッフ・ライターであり、ショーンとは四十年以上の愛人関係にあったリリアン・ロスは描いています。それというのも、「彼女と仕事をするのは非常に難しい、英語があまり上手ではないからね」というのです。

ここまで烈しい衝突場面は、映画の中には登場しません。けれども、アーレントならばさもありなん、という光景です。この記事の執筆、掲載がいかに困難で、かつ命がけの真剣勝負であったかを如実に物語るエピソードです。

「ニューヨーカー」という雑誌は、都会的で、お洒落な高級誌のイメージが強くありますが、ジョン・ハーシーの『ヒロシマ』(法政大学出版局)、トルーマン・カポーティの『冷血』(新潮文庫)、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』(新潮文庫)といった作品は、すべてショーン編集長時代の同誌に掲載されました。ジャーナリスティックな意味でも時代を画する仕事が、ここから生まれていることがよくわかります。

ショーン氏は、「ニューヨーカー」の三つの原則を次のように語っています。

 第一にジャーナリスティックであること、第二に文芸的であること、そして第三に美的である

以上の発言は、一九八六年十一月二十六日、当時七十九歳だったショーン氏が、雑誌「東京人」(「ニューヨーカー」の向こうを張って創刊されました」の一周年記念インタビューに応じた時のものです。「巷間の噂では表に出ることを極端に嫌い、アメリカのジャーナリズムでもインタビューに成功した者はない」というショーン氏でしたが、「そうした事情なら、私は喜んでお会いしよう」と言って、創刊一周年のお祝いに花を添えてくれたのです。

さらにこのインタビューでは、ハンナ・アーレントの「考えること(Thinking)」を掲載した時のエピソードとして、「私は、たぶんそれが多くの読者を惹きつけることなどはあるまいと思いました。だけど、それをなにがなんでも出したいと思いました。なぜなら、それはじつにすばらしいものだったからです。そうすることが、一番読者を尊敬することになると思ったのです」と語っています。その一方で、「今では殆どの人が彼女のことを尊重しなくなりました。彼女が亡くなって以来、誰も彼女のことを話題にしなくなってしまいました」、「ハンナ・アレントのような人物は、もう現われなくなりましたね」とも述べています。

ショーン氏の中で終生、アーレントが知識人の理想として生き続けていた様子がよく窺えます。

さて、映画のハイライト・シーンは、その「ニューヨーカー」の記事が非難の渦を巻き起こし、すっかり孤立したアーレントが学生たちに向かって行う、最後の八分間のスピーチです。

 「あのアイヒマンをごく普通の、ありふれた人間だと主張して、アーレントは彼を擁護した」「ユダヤ人指導者の責任を指弾し、ナチに協力しない別の選択肢があったはずだと言っている」「ュダヤ同胞への理解と思いやりを欠いている」等々--。親しかった友から非難され、罵冒雑言、誹膀中傷の言葉を投げつけられ、大学からは退職を勧告されます。それでも「絶対に辞めません」と峻拒したアーレントは教壇に立ち、学生を前にして毅然と反論を試みます。それが八分間の渾身のスピーチです。

  「彼のようなナチの犯罪者は、人間というものを否定したのです。そこに罰するという選択肢も、許す選択肢もない。彼は検察に反論しました。……〝自発的に行ったことは何もない。善悪を問わず、自分の意志は介在しない。命令に従っただけなのだ〟と」

  「世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです。そんな人には動機もなく、信念も邪心も悪魔的な意図もない。人間であることを拒絶した者なのです。そしてこの現象を、私は『悪の凡庸さ』と名づけました」

  「人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。……〝思考の嵐〟がもたらすのは、知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう」

こう述べて、アーレントは講義を締め括ります。学生たちからは拍手が湧き起こります。一方、ドイツ時代からの旧友には「期待してたんだ。君に分別が残っていることをね。だが君は変わってない。ハンナ、君は傲慢な人だ」「ユダヤのことを何もわかってない。だから裁判も哲学論文にしてしまう」「今日で、ハイデガーの愛弟子とはお別れだ」と訣別の言葉を告げられます。

こうして周囲の人が離れ、長年の盟友にさえ冷たく背を向けられます。彼女にとって「思考」の代償はあまりに大きかったと言わざるを得ません。傷つき、悲しみをかみしめながら、それでも彼女は信念を貫きます。自らもユダヤ人であり、あの時代を生きたドイツ人であるアーレントにとって、その生の証である自分自身のかけがえのない思考は、決して手放すことのできないものでした。

「こうなると分かってても書いたか?」と夫が問います。彼女は答えます。「ええ、記事は書いたわ。でも友達は選ぶべきだった」。

映画は、この彼女の揺るぎなき姿--「考えるという、この人間に与えられた力ヘの信頼」を描いて感動的です。「思考不能」だったアイヒマンとは対照的に、非難にさらされ、孤立に追い込まれても、思考への忠誠を貫く彼女の意志的な横顔には、バルバラ・スコヴアという女優なくしてはあり得ないリアリティを感じます。

見終えて夜の町に一歩踏み出した時、ひとつの場面がよみがえってきました。騒動が引き起こされることをほぼ確信していたショーン編集長が、批判を呼び起こしそうな問題の箇所について、アーレントにただします。「一つの解釈だろ」と編集長。「事実だわ」と突っぱねるアーレント。そこでショーン氏は口をつぐみます。その時の、彼の胸のうちを想像します。

「編集者の自由」という先述の言葉に、おそらく尽きるのだろうと思います。書き手たちが「可能なかぎり自分自身でありうるようにしむける義務がある」というひと言です。そこで自らを抑制し、踏みとどまることが、身についた職業倫理--「編集者の自由」だと考えたのでしょう。

もしこれをいまの日本に置き換えたとするならば、どういうケースにあたるのでしょう。誰の、どんな思考がそれに相当するのか。また、この時代の〝アイヒマン〟はどこに潜んでいるのだろうか。駅の構内の人の行きかいが、ひどく現実感をともなわない映像のように流れていました。
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ロサンゼルスの図書館情報

『ロサンゼルス便利帳』より 図書館 ⇒ LAPLは2000年2月14日に訪問。翌日の五〇歳の誕生日はSFPLで向かえた。

サービス

 LAには82の郡立、63の市立図書館があり、施設、蔵書の充実は全米でも評判がよい。図書の閲覧は旅行者であっても自由にできるが、本を借りるには図書館のカードを作る必要がある。郡立図書館の場合、カードを作るには、免許証などのIDカードまたは電話の請求書、チェックブッ久クレジットカードなど住所を証明できるもの2点を持っていけばその場で作成してくれる。1度に30アイテムまで借りられ、返却期限は一般書が3週間、CDやDVDは1週間。返却が遅れた場合、一般書やCDは1日につき20セント、ビデオ・DVDは1ドルのペナルティが課せられる。ただし、特殊な本やリクエストがかかっている本を除いては、電話をすれば24時間期限を延ばせる。

 なお、LAには大きく分けて3種類の公立図書館がある。LA County Library (郡立図書館)の分館、Metropolitan Central Library System(LA市立図書館)の管轄館、そしてLA市周辺の各市の市立図書館で、それぞれ別のシステムなのでカードも求A通には使えない。市の図書館の中には、地域の住民以外の利用者にはカードを作る際、登録料を取ることを検討しているところもある。

 図書館といっても、書籍、雑誌類はもちろん、CDやビデオ、DVD、各国政府機関やビジネス団体の印刷物まで幅広く扱っており、図書館によっては映画観賞会や講演会なども行なわれる。

 特に日本の図書館にはないユニークなサービスがLiteracy ESLという情報を提供するサービスである。質問内容は本に限らず、行事の日程、政府や民間の各種団体の連絡先など、生活情報全般にわたる。例えば公営のESLプログラムを探したい時に、このサービスに聞くと最寄りのアダルトスクールを教えてくれる。主要図書館に係の人がいて親切に教えてくれる。また郡立図書館では、すべての分館の蔵書が各館でチェックできるレファレンスサービスが整備されていて便利。

 また、リトル・トーキョーにはLA市立図書館の分館がある。駐車場が無いのがちょっと不便だが、日本語の蔵書が豊富で日本語の話せる司書もいる

 現在の情報社会は、インターネットなしには考えにくい。自宅にいながら世界中の情報を知ることができるからである。図書館でインターネットを設置している所では指導員もいるので利用法を尋ねるとよい。また、LA市立図書館ではライブラリーカード保持者が無料で利用できるNet-Libraryのいうシステムがある。これは自宅や会社にいながら、インターネットで図書館所有のE-Bookが閲覧できるというもの。

日系図書館

 The Japan Foundation, Los Angeles Library

  1991年にオープン。日系人の歴史、日本の歴史・文化・社会・文学に関する蔵書全10、000冊揃えている。日本語雑誌も閲覧できる。

 Hinomoto Library

  図書数50、000冊とLAでは一般図書館で日本語図書館として最多のコレクション。教養書、学術書や美術関係の貴重な書籍が多いことで有名。18歳以上でIDを掲示すれば会員になれる。貸出し2週間で学術書は5冊まで。日本語を話す司書もいる。

大学図書館

 UCLA,Research Library

  UCLAの広いキャンパス内にある図書館数館(合計の蔵書数650万冊)の中でMain Libraryの機能をはたす。館内には、日本語をはじめアジアの言語による書籍を集めたEast Asian Libraryや新聞・雑誌を揃えたSerials Department、日系アメリカ人に関する記録など貴重な文献を集めたSpecial Collectionなどのセクションもある。館内での閲覧は無料だが、大学部外者が本を借りるには$100で1年間有効なLibrary Cardが必要。

 USC,Doheny Memorial Library

  キャンパス内の270万冊の蔵書の中央管理機能を果たすUSCのMain Libraryで1932年設立。館内にはMusic Libraryなど18の専門図書館もあり、特にCinema/TV Libraryにはワーナーブラザーズなどの映画会社や俳優、監督などに関するスペシャルコレクションがある。大学部外者の場合、$125で半年有効のLibrary Cardを購入でき、20冊まで本が借りれる。

専門図書館

 Arboretum Library

  26、000以上もの植物学、園芸学、造園学に関する図書を収蔵。館内閲覧のみ。

 Acsdemy of Motion Picture Arts and Sciences:Margaret Herrick Library

  映画に関する文献のコレクションでは全米でも群を抜き、20、000冊以上の本の他、項目ごとに整理されたClippings Fileと呼ばれる資料は映画研究には有益。映画・TV関係の雑誌も200 種以上揃っている。利用に際しては写真入りのIDが必要。

 Natural History Museum of Los Angeles County、Research Library

  西部及びカリフォルニア州、LAの歴史に関する資料、産業史・人類学に関するものがある。LA Theatre Centerのプログラムや南加州新聞のコレクションで有名。閲覧のみで予約が必要。

郡立・市立図書館

 Anthony Quinn Library

  館名は映画俳優のアンソニー・クィンの蔵書寄早Bに由来、彼の出演映画の脚本をはじめとする、氏に関するあらゆる文献のコレクションがある。

 Anaheim Public Library

  蔵書は約42,000冊以上。Disney Depositoryという特別コレクションとして、ディズニー社に関する資料を収集。Anaheim市史についての文献も揃っている。パスで市内をまわる、走る図書館 Bookmobileもある。

 Beveriy Hills Public Library

  美術、映画、演劇、写真に関するコレクションは最高。また、数々の20世紀のアーティストの作品のスライド、15、000冊もの展覧会や欧米でのオークションのカタログを揃えている。ビデオやDVD、CD、レコードもある。

 Brand Ubrary

  グレンデールの丘に面する、真っ白いモスク型のこの建物はかつてはBrand氏の個人邸だった。現在は美術書、レコード、CD、テープのコレクションでは群を抜くGlendale市立の図書館。隣接するギャラリーでは展示会が催される。

 Bruggemeyer Ubrary

  日本語の本は文庫を含め約4、000冊。子供のためのstoryHourや夏期読書プログラムがある。

 Costa Mesa-Mesa Verde Branch

  1965年に建てられた図書館で4万5千点近くの蔵書がある。ベトナム関係のコレクションも多く、子供の為のプログラムも用意されている。

 County of Los Angeles Public Library West Hollywood Branch

  映画、演劇、詩に関する本を中心に約80,000冊を所蔵。特別コレクションとして、エイズに関する文献を集めたRon Shipton HIV Information Centerがある。ビデオ、テープ等も揃っている。

 Culver City Julian Dixon Ubrary

  24万冊以上の一般書と315冊の雑誌を収蔵。日本の書籍、雑誌、2、090本のビデオや、CD等もある。他に、ユダヤ民族・文化に関するJudaica Collectionがある。

 East L.A. Public Library

  英語の一般書が主で、蔵書数は約140,000冊。うち日本語の本が約3,500冊ほどある。ビデオ、テープ、DVDの貸出もしている。Chicano Resource Center併設。

 Gardena Mayme Dear Memorial Library

  160、000冊の蔵書のうち2,500冊が日本語の本。第二次世界大戦時の日本人捕虜収容所に関する記録や羅府新報のパックナンバーを収めたマイクロフィルムがある。

 Glendale Public Ubrary

  100ケ国に及ぶ一般書が約20万冊。市の愛猫家たちのクラブと提携しているCats Collectionがある。その他、Glendale市内に関する文献も揃っている。Audio Bookもある。

 Little Tokyo Branch

  約2万冊の蔵書の半分は日本語の新刊書や雑誌で、日本語の百科事典、語学テープやビデオも揃えている。日本語を話せる司書もいる。貸出期間は書籍3週間、娯楽ビデオ2日間等。
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不平等研究から不平等対策に向かうのか

『格差と再分配』より すべてはこの本から始まった 『21世紀の資本』の原点 ⇒ 未唯宇宙のテーマの一つは、自由と平等をトレードオンにする政治体系です。分配の論理では格差はなくならない。

『21世紀の資本』の原点

 本書は、フランスの経済学者トマ・ピケティが2001年に刊行した3冊目の本であり、現在のピケティの仕事と経歴を決定づけた本でもある。英語版が予定されているものの、本書の翻訳としては日本語訳が世界初めてになる。

 トマ・ピケティといえば、今やロックスター経済学者ともいわれる著名人だ。その理由は、何と言っても、『21世紀の資本』が世界的なベストセラーになったことによる。ただ、世界的な、といってもブームに火が付いたのは英訳が出た2014年以降で、前年に出たフランス語版はさほど話題になっていなかった。

 英訳がブームの発火点になった理由は、ピケティ自身の研究から明らかである。要するに、英語圏ではトップ一%で測った富裕層への所得と資産の集中が著しく、不平等についての懸念が盛り上がっていたからだ。「ウォール街を占拠せよ」運動が始まったのは、2011年の秋。その時のスローガンは「我々は99%だ」というものだった。

本書の位置づけ

 本書は大部で記述は詳細だが、主張は簡潔である。フランスの所得は、賃金格差については安定的であり、所得分配の格差は主として資本所得から生じている。資本所得については1914年から1945年に圧縮されたことで全体の所得の平等化が進んだ。それゆえ、クズネッツ曲線が想定するように資本主義には所得・富の分配が不平等な状態から平等な状態へと「自然に」、「自発的に」変化する傾向は存在しない。むしろ、所得・富の分配は政治や歴史的偶然といった要因で決まる。それゆえ今後についても平等化が進むとは限らない。

 本書で注目すべきは、『21世紀の資本』で著名になる概念や方法がすでに使われていることだろう。たとえば、所得の不平等度について本書では、通常用いられるジニ係数ではなく、富裕層トップの1%に着目する独特の測定方法が使われている。また、先行研究としてのいわゆるクズネッツ曲線への批判も明確に述べられている。さらに、理論が先にありきではなく、データを収集・作成し事実をもって語らしめる方法が採用されている。第7章の国際比較は、まさに『21世紀の資本』へと直結していく仕事である。そこでは統計資料の不足から国際比較は困難としながらも、米国での事例はフランスとほぼ同様のパターンをしめしているという。『21世紀の資本』と比べると、r>g(資本収益率が経済成長を上回る)といった数式による不平等化の簡潔な理論的説明はないし、グローバル累進課税のような単純明快にすぎるくらいの政策提言もないとはいえ、ピケティの不平等研究の基礎は本書で確立したといってよいだろう。

 数学に秀でた経済理論家が、歴史家も顔負けの事実収集に打ち込む研究に「転向」したことはピケティに特異なことのように思われる。『21世紀の資本』で現在の経済学に対してピケティが批判的な見解を述べたことからも、ピケティの仕事は現在の経済学では例外のような印象を受けるかもしれない。しかし、こうした印象は正しくない。現在経済学では大きな変化が進行している。その変化の根底にあるのはコンピュータの計算処理能力とデータの利用可能性の向上である。かつて経済学では理論家にあらずんば人にあらずという風潮すらあった。たとえば、1973年に経済学者のアクセルーレイョンフーヴッドは、文化人類学者が経済学者の部族を訪ねたという設定で「エコン族の生態」という風刺論文を書いている。そこでは、理論家が学界の頂点から実証家を見下している姿が描き出されている。

 そうした時代は今や終わった。理論には重要な役割があるとはいえ、現在の経済学は、少なくとも最先端の部分ではデータサイエンス化しており、「現象」の解明の学問に変貌を遂げている。そうした変貌の象徴が実はピケティであり、『ヤバい経済学』で知られているスティーヴン・レヴィット(1967-)であったりする。ピケティは「実証の時代の経済学」を代表する存在なのである。

不平等研究の現在

 「新版への序文」でピケティ自身が述べているように、本書の研究を起点としてピケティは国際的に研究ネットワークを構築し、不平等研究は今や一つの知的運動となっているとすらいえる。本書の概要を英語で発表したのち、ピケティはLSE時代の恩師であり、不平等・貧困研究の現代での創始者の一人アンソニー・B・アトキンソン(1944-)、そしてピケティとよく似た経歴をもつエマニュエル・サエズ(1972-)との共同研究を活発に行なっている。2003年のピケティとサエズとの共著論文(Piketty and Saez2003)は、20世紀の米国での所得分配の動向に焦点を当てたものである。米国のトップ10%、あるいはトップ一%の所得の占める割合が20世紀の前半に減少し、そして後半に上昇していく有名な図はこの論文に掲載されたのが始まりである。また、ピケティのもとからは、タックスヘイブン研究で早くも単著のあるガブリエル・ズックマン(1986このような若手も着々と育っている。

 そうしたチームワークの結晶ともいうべきものが、2011年から構築が始まったWorld Top Incomes Datebaseであり、これは2015年にWorld Wealth and Income Databaseと名前を変えてさらに発展している。

 不平等研究は近年、さらなる広がりを見せている。まずピケティの恩師であるアトキンソンも一般向けの本を出した。『21世紀の不平等』と邦題のつけられたこの本は、『21世紀の資本』とは好対照である。アトキンソンの本では事実関係はかなり英国に限定されている一方で、不平等対策は14項目と広範囲にわたる。そしてピケティよりも教科書的でもある。

 次に比較研究は先進国間だけでなく、開発途上国も含んだグローバルな研究に及んでいる。ピケティらのグループと並ぶ不平等研究の拠点であるニューヨーク市立大学ルクセンブルク所得研究センターのブランコ・ミラノヴィッチ(1953-)は、近著『グローバルな不平等』で世界的に見るとむしろ平等化が進行していること、先進国においてもクズネッツ曲線のような平等化の進行と、現在のような不平等化の進行が景気循環のように繰り返すと論じて話題になっている。彼がピケティらの研究を意識していることは明らかだ。

 さらに、最近の欧米の経済論壇の話題といえば長期停滞論である。これはそもそも米国の元財務長官で現在でも政策論争をリードするラリー・サマーズ(1954-)が復活させたもので、経済危機後の世界経済の停滞を持続的な需要不足と診断したことがきっかけである。現在では、ロバート・J・ゴードン(1940-)が生産性の停滞を強調し、論争が起きている。興味深いのはどちらも経済停滞、経済成長と所得分配との関係を指摘していることだ。サマーズは、所得の不平等化が総需要を減らす経路を指摘し、ゴードンは所得の不平等化は生産性向上を阻害すると警戒している。

 本書から始まるピケティの不平等研究は経済学に一大潮流を作った。この研究は現代の政策論争に多大な影響を与えつつ、なお継続中である。本書はそうした経済学の潮流の現代の古典というべきであり、味読に値するといえよう。
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