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甘えていた。「孤立と孤独」の世界に戻ります

未唯へ。スタバで考えてこよう。トラウマを乗り越えるために。25年前のように頭の中にあるものを出します。今回は「なぜ」シリーズです。


Q)なぜ、ブログ・ツイッターに何でもかんでも書くのか?

自分がここにいることを誰かに知ってもらいたいから? その誰かは誰なの? 「知り合い」はいないでしょう。知ろうともしていないでしょう。

書くことが好きだから、書いている。雑記帳を20年前から書いていたのは知っている。書いている時に思ったのは、中学時代のトラウマに落ち込んでいたときに、考えていたことを知りたいと思った。何も思い出せない。

雑記帳には、その時に思っていたことをすべて書いていた。考えていたことを自分に納得させるために。


Q)そうはいうけど、それをなぜ、公開するのか? 人の心を信じていないのに。ろくなことにはならないよ。

人の心を信じていないので、公開するのでしょう。雑記帳を書き始めたのも、自分の意志というよりも、大きな力を感じたからです。「あなたの考えはあなただけのものではない」啓示のような感覚だった。

未唯が二十歳になるまでは、すべて、内部にため込んでいた。出す手段もなく、二十歳の誕生日に渡すことだけを考えていた。その日になった。未唯はまったく異なる世界にいた。では、未唯的な人に渡そう!


Q)「報われる」「報われない」もテーマです。

なぜ、こんな他動的なことを感じるようになったのか、わからない。「孤立と孤独」の自己中心の私にはなかった感情です。仕事も誰かのためではなく、皆を幸せにするため、みたいなところがあります。そんな人間が報われるはずがありません。自分が決めたことをやるだけやって、去っていくだけです。人からの評価は関係ないです。

家族との関係、電算部の仕事、研究開発部門のパートナー、ボランティアの時も、報われたことはありません。あるとしたら、研究開発部門を去るときに、副所長から「いい仕事をした」の一言ぐらいです。今回は季節の変わり目の落ち込みの単なるトリガーです。


Q)次に、ヒアリングのまとめをどう分からせるつもりですか?

まとめる方はイメージがあります。それさえあれば、いろいろな人が集まってきます。かなり、いいものができます。それを組織の連中に分からせる部分が面倒だと思っています。

「思考」の私の仕事ではないということと、組織の連中の心理からすると、彼らも分かるのが仕事ではない。この反発する力を逆転させるのは販売店からの支援しかない。私の力はあくまでも販売店に向けていきます。真のインタープリターが現れるはずです。


Q)そんなことをしていて、身体と精神が持つのですか?

精神の方は、「報われる」「報われない」で、自分の中の甘えが確認できた。従来の「孤立と孤独」に戻ることができます。その世界なら耐えられます。身体の方はいつどうなるか、さっぱり分かりません。やせたら、糖尿がよくなるということで7Kg減らしたが、血糖値はマックスになっていた。身体の中で何が起こっているか不明です。
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今週は東名道路集中工事で昼間のバスが運休です

未唯へ。元町のスタバで、ケータイポットが300mlと200mlの組み合わせでグランドドリップ(約480ml)を入れてもらった。こんなこともできるんだ。当然、カップ値引きは1個分です。

2週間、東名工事の関係で昼間の高速バスが運行しません。朝の3本はいいけど、帰りが19:55からです。それより前だと、電車で豊田市に出て、バスか歩きになります。

19:55まで、名古屋にいることを考えています。会社での定時勤務を考えると、17:30から19:30をポメラで考えて過ごすことになります。場所はスタバにしましょう。2杯目なら100円で済みます。考えるネタはポメラに入れておきます。これは、出張時と同じパターンです。思考中心の私には丁度いい。

帰宅が21:30になります。夕食は食べたら、寝る時間の22時です。食べてから寝るまでが近すぎます。ブログをアップは翌朝3時からにします。

来週の月・木、再来週は火・木は名古屋のスタバで夕食、来週の火・水、再来週の水は外食、両金曜日はは電車で豊田市図書館経由にします。つまり、金曜日以外は家での食事なしです。奥さんは喜びますね。

昨日、μ(グローバル)、もう(ローカル)の関係に気づき、サファイア循環が成り立つ予感がした。ならば、グローバルからローカルへのファシリテーションは何で、ローカルからグローバルへ向かうインタープリテーションは何になるのか。ファシリテーションは、μからもうへの「緊急メッセージ」のような、全体を見た、先を見たコメントなんでしょう。ローカルにいながら、方向を見失わない。インタープリテーションは、もうからμへの現場報告をする事です。全体を思考するμに、部分で行動するもうからの報告です。本を読んだ感想なども含みます。もうが図書館のことを報告することで、μが図書館クラウドを構想する。その循環から持続可能性につなげていく。

トラウマから脱する手段として、記憶を書き換えることにした。舌のトラブルで「松皮せんべい」を食べても、甘く感じるし、辛いとか熱いとかに過敏になっています。事実と感覚は別物です。都合のいいように加工すればいい。そして、悲しみを抱いて、死んでいくだけのことです。

そう考えると、宗教はすごいビジネスです。昨日、文鮮明の自伝を読んでいて、キリスト教女子大学から、一斉に改宗してきたと書かれていた。人が変わりたいと思っているときに、奇蹟などの裏付けを渡せば、変わります。

火曜日の福岡でのヒアリングはやっかいなものになりそうです。時間が1時間半に限定されている。ネットワーク会社の部長が1ヶ月、交渉してどうにか確保した。その分、成果に対する思いがあるでしょう。

さらに、メーカーのネットワーク管理部署から二人が同席します。私のヒアリングを聞いたことがありません。ヒアリングの成果をドンドン織り込んでいるので、決めつけ傾向にあります。販売店の社長が過剰反応したら、すべて台無しです。

明日、資料を当たり障りのない方向に変えておきます。今までも、相手の反応を予測して、資料を変えたり、ヒアリングの仕方を変えてきました。ベースは複雑性の考え方です。こんな芸当は、他の人では無理でしょう。

「記憶を置き換えた」はずだけど、歩いていると、浮かび上がってきます。その都度、精神が不安定になります。μ、助けて! 豊田市に行くつもりだったけど、とりあえず、家に帰ります。
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日曜の早朝は本を読みましょう。参考になります

未唯へ。6時から本を読んでいた。土日は本ですね。

『ロボット兵士の戦争』:ロボットで戦争は終わらない。相手は個人を狙ってくる。ロボットは命を救うが、敵に対して、メッセージを送る。アメリカ人は「私たちと戦わせるために機械を送り込んでくる臆病者」に見える。「男らしく戦おうとせず、戦うのを怖がっている。アメリカの兵士を何人か殺すだけでいい」

ソ連侵入に対する、フィンランド戦争でも、スオミはシスの精神で、スキーでソ連戦車に立ち向かった。殺すことが目的の軍隊は弱いものです。


『アップルvs.アマゾンvs.グーグル』:同じことをずっと、繰り返して言っている。コンテンツのプラットホームを作り出したところが勝つと。そうではなく、グローバルの役割は力ではない。ローカルを支援する優しさです。主役はローカルと気づいたところが勝つと思います。

コンテンツ・プラットフォームを販売店環境で作り出していきます。店舗・スタッフを直接、支援します。これは5年前にサファイアの考えで、ネットワークを作ったときからの計画です。中身は映像ライブラリとカルテ情報です。アップル、アマゾン、グーグルの次のターゲットは企業情報です。グーグルのメール・ドキュメントが化けてくる。アプリそのものをクラウド化しているSFがどう動くかです。

考えること自体は難しいものですね。考えることは破壊することです。自己否定の連続です。安定しません。気づいたら、それまでのすべてを変えないといけないかも知れない。メーカーは、ある範囲の中で、作ることで成果をあげようとする。「自己完結」が好きです。何か見えるものがあれば、何かに使えるんではないか。それで差別化できる商品になるのではないか、と甘い期待をします。生まれるのはゴミだけです。「使う」ことではなく、「作る」ことから始めるとループができません。捨てるだけです。


『iPad最新活用ガイド』:詳細に見たけど、5年前にMSからもらったタブレットぐらいの意味しかなかった。超アナログを狙うのであれば、アナログとデジタルの変換機能が欲しい。本のページの間に挟むと内容をスキャンして、PDFとテキストに変換してライブラリ化するようなものです。

日本の電子ブック環境は当面変わらない。著者に70%の印税が戻ることは難しい。本は本のままでよくて、必要箇所を個人がOCRして、持ち寄ればいい。その時に、ザナドゥ空間を作り、著者にお金が入ればいい。つまり、書籍のYouTube化です。

本に書かれていることはきっかけにすぎない。本のアイデアは活用されてこそ意味がある。本のYouTube上でアイデアを加工すればいい。「資本論」の注釈本のチェーンを作ればいい。皆で考えてこそ、本は生きる。生涯学習ともつながっていきます。その本のYouTubeを図書館クラウドが権威づけます。時空間での「輪読」も可能になるし、個人の著作も可能になり、作家も生まれる。

iPadの最大の欠点は寝ながら操作ができないことです。ポメラもケータイもそれが可能です。新幹線でiPadを見かけるけど、入力しにくそうにしている。最低でも片手でもって、入力できないとまずい。


『経済成長なき社会発展は可能か?』<脱成長>と<ポスト開発>の経済学:セルジュ・ラトゥーシュはエコロジカル・フットプリントを縮小させるべきだと言っている。これには賛成です。構造を変えずに個人の生活に負担を強いて、やった振りをしている余裕はない。八つの再生プロジェクトの一つ、再ローカリゼーションを核にしてほしい。そこから再配置が可能になる。「作る」ことではなく、「使う」ことが基本になれば、サファイア循環につながる。インタヴュー部分をOCRしておきます。
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