大日本赤誠会愛知県本部ブログ版”一撃必中”

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エチオピア エチオピア国軍対ティグレ人民解放戦線

2021年09月24日 16時34分57秒 | アフリカ

東をソマリア、南をケニア、西を南スーダン、北西をスーダン、北をエリトリア、北東をジブチに囲まれた内陸国。なお、隣国のエリトリアは1991年にエチオピアから分離した国家である。
兵力 総兵力13.8万(陸軍13.5万及び空軍0.3万)

注:ティグレ人民解放戦線=Tigrayan People's Liberation Frontで、TPLF
エチオピアがまだ帝政であった1970年代初頭、ティグレ族の革命家により結成された反政府勢力ティグレ民族機構(TNO)が前身。TNOは地下活動を行い、アムハラ族中心の帝政に対し、プロパガンダなどを通じた反政府活動を実施した。1973年から1974年にかけて東部のオガデン地方のソマリ族の反政府闘争、および干ばつによる10万人餓死という惨状、オイルショックによる物価高騰が引き金となり、アディスアベバでデモ騒乱が発生すると、TNOはティグレ族の反政府活動の中心的役割を果たすようになった。1974年9月には陸軍の反乱が起こり、皇帝のハイレ・セラシエ1世が廃位されたが、今度はメンギスツ・ハイレ・マリアム率いる軍事独裁政治が始まり、TNOは再び反政府活動を開始した。1975年2月、政治・軍事的に勢力を拡大したTNOは、ティグレ人民解放戦線(TPLF)へと改組し、より広範な反政府活動を行なうようになった。

エチオピア北部のティグレ州では、昨年11月から政府軍と反政府勢力の戦闘が続き、人道支援が断たれて久しい。政府軍に包囲され通信網も遮断されて陸の孤島と化したティグレ州の一部では、もう何カ月も虐殺や性暴力、飢饉が続いているとされるが、戦闘の原因や詳しい現状は外にはほとんど伝わってこなかった。現地のあるリーダーが助けを求めて州当局に送った手紙で、惨状が一部明らかになった。
AP通信が入手した6月16日付の手紙には、隣国エリトリアの支援を受けたエチオピア政府軍と少数民族ティグレの軍事部門の戦闘が、現地に壊滅的な影響をもたらしたことが綴られている。手紙によれば、現地では5000棟の民家が略奪被害に遭い、少なくとも440人が死亡。性暴力の被害に遭った者は少なくとも558人にのぼるという。

@中々日本とは縁の少ない遠い国で、エチオピアと言えばアベベ。それにしても、スコープ使っているハンターに裸眼で標的を指示しているんだからから凄いよね。