魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

柿のタネ

2012年01月04日 | 兄弟関係

新春早々、笑える記事があったので一言。

朝鮮日報2012/1/1の記事で、
「韓流は1500年前の日本ですでに始まっていたのです」
日本の韓民族史探訪第28回
と言う記事があった。既に28回で、毎回同じ視点で書かれている。

要は、古代日本に教えてやった物、古代日本が略奪していった物が、日本にあり、その韓国文化を巡るツアーなのだそうだ。この参加者は教員であり、こうした考え方は韓国の常識になっている。

日本では、渡来人が文化をもたらしたことは誰でも知っている。しかし、重要なことは、百済、高句麗の国を追われた難民が、高度な技術を持って大挙、日本に逃れてきたが、その後、朝鮮半島に帰ったことはなかった。
つまり、日本人、日本の文化こそが、その末裔と言える。

日韓が家族のように相まみえることができるのなら、それは、全く素晴らしいことだ。
しかし、自分たちが叩き出した者が苦労して花開かせた文化を、元々、柿の種は自分のものだったという「サルカニ合戦のサル」のような都合の良い論法で、日本に接してくるなら、根本的に受け入れることができない。
「お前の女房はオレが昔遊んだ女だから、嫌いじゃないよ。仲良くしよう」と愛想のつもりで言われても、親しくしたいと思うだろうか。
これは嫌韓とか親韓とか関係のないケジメ、筋道論だ。

百済、高句麗滅亡の時以来。日本こそが百済であり、高句麗なのだ。
いや、そんなことは断言できることでも立証できることでもないが、サルカニ合戦を挑まれるなら、あえて言わざるを得なくなる。


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