魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

トランプ

2016年04月28日 | 日記・エッセイ・コラム

トランプ現象は、アメリカの政治不信だが、政治不信は世界中に広がっている。
日本で民主党政権が生まれたのも大阪維新も、政治不信だったが、アラブの春も、欧州の極右台頭も、政治不信だ。

物事が上手くいっているときは、政治なんかどうでもいい。どうでも良いから無能な政治家でも自分が世の中を動かしているような顔をしている。
しかし、順調な流れに便乗していると、やがて経済循環の歪みが溜まり、そこに気候など自然の波が重なって、人心が荒み、争いが起きる。
とりわけ、グローバル化の現代では、こうした影響が、直ちに世界中に伝播する。

荒廃の波は、数年単位の短期にも繰り返すが、百年単位の大波もある。
今、世界は、200年のサイクルを終え、全てを新しく描き直さなければならない大転換の時を迎えている。
生産消費の原理が、根本から変わろうとしている。当然のことながら、それをマネージメントする政治の仕組みも、抜本的な変革を迫られている。それが、政治不信の背景だ。

したがって、政治家を誰に替えてみたところで、上手く行くわけがない。国家、経済、民族、宗教・・・全ての概念を変えなければならない時が来ている。
かといって、突然新しい方式が現れるわけではなく、「雨降って地固まる」試行錯誤の中からしか新しい形は定まらない。
こういうドサクサの中では、必ず偽物が現れる。ソ連崩壊後のエリツィンや、第一次大戦後のヒトラーもその例だ。

トランプも、その例だが、彼を大統領にするかしないかは、アメリカの民主主義の正念場だ。ヒトラーだって無能だったわけでは無い。常識破りの、ある意味で天才だ。しかし、結局は大混乱を招き、結果的に新秩序を生産した。もしかすると、トランプもそういう天才なのかも知れない。ヒトラーより相当、老けているが。

日本ではカードのことをトランプと呼ぶが、トランプの元の意味は、カードの切り札のことだそうだ。
トランプと聞いたとき、手塚治虫のキャラの一人、ランプを思い出した。ローソクを立てたランプの個性は、悪人なのか善人なのか良く解らないところが面白いのだが、むしろ、トランプは、アメリカのトラップなのかも知れない。