魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

再生可能

2013年01月09日 | 日記・エッセイ・コラム

人類の特長は道具を使うことだと言われているが、近頃、サルやカラスも道具を使うことが分かってきた。

だが、「火」は人類にしか使えない道具だ。
プロメテウスのお陰で、人間は地上唯一のエネルギー使いとして生きてきた。人類の歴史はエネルギーの歴史でもある。

もとより、生命の進化そのものが、エネルギーを燃やす進化であったわけだが、人類は、その生命が他の自然物を燃やして活用するという飛躍的な次元を切り開いた。
そして、その利用方法、燃料の争奪戦こそが人類史となった。

産業革命パラダイムが始まると、人類は猛然と地球を燃やし始めた。
それまで、地表の森林程度だったものが、燃料を求めて、至る所で地球を掘り、汚染や地盤沈下はお構いなく、それを電気に変えて、地球の裏側まで光で覆われている。闇の光は、地球が燃える姿だ。

そして、石炭や石油が尽きそうになると、今度はシェール燃料やメタンハイドレートを燃やすのだという。
まだまだ、100年や200年は充分燃やせると鼻息が荒いが、地球温暖化の解決策が見つかったわけではない。

既に、燃やすエネルギーの限界は見えているし、インチキ、クリーンエネルギーの原発廃棄物はどんどん蓄積されている。

この産革パラダイムの仕組みを使って、覇権を握ろうとする中国は、使えるものは何でも使おうとするから、傍若無人な資源確保はもとより、面白いことに、再生可能エネルギーにも徹底的に注力している。

大転換はエネルギー転換だ
古代帝国は鉄を造るために森を焼き尽くした。産革パラダイムでは化石燃料を燃やし尽くした。そうして帝国が興亡を繰り返した。
エネルギーとテクノロジーこそが、パラダイム変遷の本質だ。

再生可能エネルギー産業こそが日本を救うのだと、執拗に言ってきたのだが、日本は完全に立ち後れている。
情けないことだが、このままで行けば、再生可能エネルギーで覇権を握るのは中国になるかも知れない。

エネルギーを制する者は世界を制する。
目先の需要だけを追い求めて、使える物を使っていると、気がついた時には、己が化石になっている。

極端な話、自動車も家電もすべて投げ打ってでも、再生可能エネルギー産業に特化することが、次の時代の昇る旭になれるだろう。
それができるのは、日本ではないのかも知れない。

恐竜時代の脇役だったほ乳類のように、コレといった産業のない国こそ、可能性があるからだ。
ローマも、イギリスも、アメリカも、もとは、誰も意にも留めない植民地や小国だった。