東電の原発事故は、100歩譲って、自然災害を考慮するとしても、
復旧作業員の被爆は「完全に人災」だ。
この被爆事故によって、原発事故そのものが「完全に人災」であることが証明された。
敬虔な「設計思想」も、基本的な「管理思想」もない。
こんな連中に「核」をゆだねてきたのだ。 背筋が寒くなる
昔知っていた東電の人々はみな、家庭的で穏やかな「いい人」達だった。今も変わっていないと思う。
東電だけではない。電気会社のような、独占企業の人々は、金持ち喧嘩せずの、仏さんのような人々だ。つまり、極楽トンボなのだ。
そして、その結果のFUKUSIHMA50には、複雑な心境になる。
日本のシステム社会を支えてきた、官公と大企業こそが、大転換の時代に、日本の大きな足かせになっている。
そして今、その足かせを、天災がさらけ出した。
もはや、足かせを復活させてはいけない。いけないのだが・・・
原発も石油も無い島に
日本の石油は100%輸入であり、原子力は自然界には存在しないエネルギーだ。
日本のすごさは、こんな「無理」で、世界の上位まで経済発展したことだろう。しかし、石油利用も原子力利用も、サルのマネだ。
100年後の世界には、石油も原発も無い。原発は核融合等に変わるかも知れないが、とにかく、現在のような「デキ損ないの原発」は確実に消える。
ネットの片隅で飽きず叫ぶ
「脱化石、脱原発で、真のクリーンエネルギーを~!」
前世紀エネルギーを、今すぐ止めることはできないが、次世代エネルギーに大きく梶を切ることはできるハズだ。
次世代エネルギーは、太陽電池や風力発電だけではない。
先ず、今までの集約型「発電所」の発想を、改める事から始まる。
マイクロ発電のように、電気は至る所で作れる。
ミニ水車やミニ風車、ミニ太陽熱、ミニ地熱・・・もちろん各戸の太陽電池から、地域の生ゴミバイオ発電まで、
あらゆる可能性をかき集めて、ハイブリッドシティーを構成する。
もちろん集約型も様々に転換できる。太陽熱発電から、潮位や波力発電、地熱発電、非食物系のバイオ発電もある。宇宙発電だって・・・
こうしたものを日本全域に展開すれば、原発は要らなくなるし、今のような停電の心配もしなくていい。
しかも、この為の技術革新は、産業を担う太い柱になるはずだ。