魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

星の実体

2010年02月03日 | 世相史観

今日は節分、九紫・己丑年も今日まで。明日の立春から八白・庚寅年が始まる。
干支はだんだん深まっていくものだから、明日からと言っても、がらりと変わって寅年になるわけではない。丑年の余韻は最大2~3ヶ月は続く。しかし、それはあくまで余韻であって、寅年になったことには違いない。

例えば、今年の2月、3月生まれの人は寅年だが、価値観やタイプが丑年に似ている。日本の場合、早生まれは前年の学年になるから、実際、前年生まれと共に育つわけで、ますます前年の傾向が強くなる。

例えが悪いが、大きな事件で意味深いから、オーム事件の松本智津夫の例を挙げると、
昭和30年3月2日生まれで、九紫・乙未年だが、行動を見ると、むしろ前年の一白・甲午年のやり方だ。
一白は髭を生やした風貌などで神秘性を演出し、「兜町の風雲児」などと、もっともらしい顔をした例もある。
しかし、人を指導するのは九紫だから、生まれ年昭和30年の九紫で生きるのに、前年の一白の方法を活用したと言える。

九星や干支は変わり目の後も影響が残るが、西洋占星術の場合はむしろ、変わり目の前から影響が出始める。
一つの星座30度のうち、25度を過ぎると次の星座の傾向が出始める。今年の場合、木星が実際に魚座に入る前の、年末から魚座事件が目立ち始めていた。

干支や星座のどちらが正しいか、信用できるかと考えるより、
どちらにも共通する事柄や、期間を考える方が有意義だ。
占う方法が違っても、同じ事を指しているはずだからだ。