サチコがしおらしく謝った翌日、日曜日の昼下がり。
珍しくサチコの姪、祥子ちゃんから電話があった。
70才の祥子ちゃんは、サチコの実家の跡取り娘。
54年前、父がサチコと再婚した時は高校生で
彼女の両親共々、急に親戚になった我々姉妹に優しく接してくれた。
伯父さんにとっては厄介なハイミスの妹
伯母さんにとっては気性の激しい小姑
祥子ちゃんにとっては意地悪な叔母さんだったサチコを
うちが引き取ってくれた喜びを差し引いても余りあるほど
そりゃもう良くしてくれたものだ。
その祥子ちゃんと話すのは
サチコが精神病院へ入院していた時以来なので、半年ぶりである。
「久しぶり!何で電話したか、わかる?」
祥子ちゃんは言い
「書類じゃろ」
私は即答した。
「そうなんよ〜!一体どうなっとるん?」
サチコ、泣きながら謝った昨日のことは、早くも忘れた模様。
「サチコ叔母さんは、あんたが盗ったの一点張りじゃけど
両方の話を聞いてみんことには、わからんじゃん」
「ありがと」
「叔母さんには何回も言うたんよ。
立ち退きの書類はぜ〜んぶ向こうが用意しとるけん
こっちが勝手に何か書いて出すことは、一切無いんよって。
でも聞かんね〜」
祥子ちゃんは立ち退き経験者なので、事情がわかっているのだ。
そして長い間、自身の父親を世話した介護経験者であり
さらに赤ん坊の時から高校生までサチコと同じ屋根の下で暮らした
サチコ経験者でもある。
だから彼女にとって今回の問題は
わけのわからん者が身内感情で口を出す類いではなく
すこぶる真剣なテーマだった。
「マーヤが説明したら納得して、昨日は私に泣き泣き謝ったけど
今日はもうこれよ」
「き…昨日?!
ちょっと、それ昨日のこと?」
「そうで」
「こりゃもう末期じゃね…そこまで進んだか〜」
「見事なもんよ。
警察へも2回、言われたわ」
「ええ〜?!そこまで?!
まあ、うちの姑も似たようなモンだったけとね」
それからしばらく、彼女の姑さんの話を拝聴。
広島市内に暮らす姑さんは警察派でなく、救急車派だったそう。
「もうね、しまいには狼少年になってしもうて
電話しても来てくれんようになったんよ。
やっと去年亡くなって、私も楽になったけど」
「アハハ!」
祥子ちゃんは気を取り直して問う。
「親を放っといて、マーヤちゃんはどうしよるん?」
「別に何も」
「え?!去年の正月から帰らんまま?」
「忙しいんじゃろ」
「親の面倒を見るのに、忙しいも何も無いわいね。
私、あの子の年賀状見て、そうじゃないかと思ってたんよ。
関係ないあんたに世話させて、自分はあちこち旅行しとるじゃないの。
何考えとるん!あの子!」
「母親が恐ろしいんよ」
「私もあの人が尋常でないのは、よう知っとるよ。
それでも親じゃん…今までお金いっぱい出してもろうて
孫にも良うしてもらようたのを私も知っとるけんね。
手がかかるようになったら知らんなんて、許されんよ!
私、マーヤちゃんに電話して、叔母さんを引き取るように言うわ!」
祥子ちゃんは鼻息も荒く言い、電話を切った。
1時間後、再び祥子ちゃんから電話が。
「引き取れって、言うてやったけんね!
マーヤちゃんが一回、こっちへ帰ると約束してくれたけん
日にちを決めて会うて、今後のことを話し合いんさい。
私も立ち会うわ」
祥子ちゃんは言ったが、マーヤは帰らないと思う。
帰ったら引き取りの話になるのだから、帰るわけがない。
しかし、祥子ちゃんの気持ちは嬉しかった。
やがて夜が来た。
また祥子ちゃんから電話だ。
「ちょっと…みりこんちゃん…もう大変…」
「どしたん?」
「サチコ叔母さんがジャンジャンジャカ、ずっと電話かけてくる。
警察が相手にしてくれんけん、どっか訴える所知らんか、言うて
もう何十回。
こっちが何言うてもダメ。
私、怖いけん、さっきかかった3回は電話に出んかったんよ」
「悪かったねえ、すぐ着信拒否しんさい」
「拒否してもええかねぇ?」
「ええよ、危ないけん、もう関わらん方が身のためよ」
「あんた、あんな人の相手をしようるんじゃね…
マーヤちゃんが恐れる気持ちも、よ〜くわかったわ」
「じゃろ…マーヤに押し付けても、サチコはすぐ飽きるわ。
生まれた土地で死にたいとか言い出して
それこそ警察でも何でも使うて、何としても帰って来るけん
弱るのを待つしか無いんよ」
「こわ…怪談じゃが」
「フフ、そうよ」
「じゃあ、ごめんけど、拒否させてもらうね。
あ…でも、私が電話に出んかったら
どこかよそへで変なことを言いふらさんかね?」
「そうするかもしれんけど大丈夫、私は何を言われても平気じゃけん」
「いや、あんたは平気でも、私はあの人と同じ町内で暮らしよるし
あの人と血がかかっとるのも知られとるけん
あんまり変なこと言われたら困るんじゃけど」
…あ、そっちですかい?
祥子ちゃんは近所の保育園で保育士のパートをするかたわら
県や市のナントカ委員や講師を務め
息子と娘は結婚していて、孫もいる。
捨て身の私と違って、守りたい物がたくさんある人なのだ。
「何とかしてくれん?」
「わかった、何とかしてみるわ」
「ごめんね…
どうにかして、あんたを助けてやりたかったけど
とてもとても…私の手には負えんわ」
「ううん、色々考えてくれて、ありがとう。
こちらこそ迷惑かけてごめんね」
警察2回、親戚を恐怖に陥れる電話責め1回。
「何とかしてくれ」とも言われたことだし、そろそろいいか…
私は精神病院に相談することにした。
ただし、病院の3ヵ月ルールを考えておかなければ。
今年の年末年始もデイサービスは休業するだろうから
年末に入院させるためには、退院を9月下旬に設定する必要がある。
退院したら、また元の木阿弥は決定事項だが
後のことはまた考えることにして、私は月曜日の朝を待った。
《続く》
あやうく モンスターサイコ!と書くとこやったわ
ホント 人間を超えた思考回路ですね!
誰もかなわない手を出さないサチコを上手く病院送りにできますように!
みりこんさん 頑張れ〜
人を苦しめられずにいられないから
誰も相手にしなくなって一人ぼっちに
なり
その一人ぼっちが最高に気に入らなくて
ますます壊れる…しんどいと思います。
お陰様で今日、入院させて来ました。
応援してくださって、ありがとうございます。