殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・25

2024年08月23日 13時39分33秒 | みりこん流

次の面会では、ものすごくにこやかに現れた母。

「あんたも忙しいのに、毎日来てくれてありがとね」

自分が呼んでおいて、これなのはさておき

笑顔に猫なで声は一番危険なんじゃ。

裏がある証拠だと、私は長年の経験で知っている。

狡猾なサチコは今回も一晩、考えたのだろう。

 

「あんた、マーヤの電話番号、知っとるじゃろ?

連絡したいことがあるんよ」

母は面会室の椅子に腰かけるなり

身を乗り出して、軽〜くのたまう。

やっぱりな。

 

マーヤの電話番号を教えるわけにはいかない。

彼女は母親の電話を怖がっている。

仕事の合間や疲れて帰った時、あの調子でやられたんじゃあ

たまったモンじゃないわい。

私は母の電話、面倒くさいけど怖くはないので

どこまでもガードする所存だ。

 

「携帯忘れたけん、わからんわ」

持っているけど、そう言う。

「ええっ?!」

「あんたが早よ来い言うて焦らすけん、家に忘れた」

「何で忘れるん!やっぱりあんたって子は!」

何とでもお言い。

 

「じゃあ祥子の電話番号は?覚えてない?」

「電話したこと無いけん、知らんのよ」

母の姪、祥子ちゃんの携帯番号も家の電話も知っているけど

そう言う。

「んもう!役に立たん!」

「自分の実家の電話番号じゃろ。

あんたこそ、覚えてないんかい」

「そんなん、覚えてないわいね!」

「何の用事があるんね」

「あの子らを呼ぶんじゃ。

血のかかったあの子らなら、私の姿を見てかわいそうになって

どうでもこうでも連れて帰るはずじゃ!」

「なんね、その用事か」

「あの子らは、私をここへ置いてよう帰らんわ!

連れて帰る言うて、泣くわいね!

あんたは他人じゃけん、平気なんじゃ!」

「ハハハ!その他人にさんざん世話させたの、誰?」

「今はここへぶち込んで、せいせいしとろうよ!」

「どこが?

毎日ここへ呼びつけられて無茶言われるのに

せいせいどころじゃないわ。

あ、そうそう、家の水道メーターがおかしい言うて

検針の人から手紙が入っとったが、どこの業者に頼む?」

ここでまた別の話を振って切り抜け、その日はそれで終わった。

 

『脱走計画』

さらに次の日。

母から、また明るく電話が。

「あ、みりこん?

あんた、悪いけど黒い糸と針、持って来てくれる?」

「裁縫でもするんけ?」

「入院した日に着て行った服がクリーニングから戻っとるんじゃが

ボタンが取れとるんよ。

わたしゃ大分元気になってきたけん、もうパジャマはやめて

服にしたいんじゃが、ブラウスのボタンが取れとるけん着られんが。

面会の時に、ボタンを付けてちょうだい」

依然として明るさを保ったまま、ペラペラとしゃべる母。

危険信号だ。

 

精神病院に針はNGと、初心者の私でもわかる。

まぁ荷物になる物でもなし、言い出したら聞かないので

一応持って行って面会の前に看護師に聞き

母を納得させようと考えて準備した。

 

少しして、また母から明るく電話。

「わたしゃ小さいマスクしか持って来てないけん

大きいマスク、持って来て」

はいはい、わかった…と言ったものの、これも実はおかしい。

 

母は全身が、小学生サイズ。

マスクも小さい物を使わなければ、目まで隠れてしまう。

だから小さいマスクは、入院の時にたんまり持って行った。

それに入院する時、消耗品のストックが切れたら

介護士に地下の売店で買ってもらうことにしている。

何か変だけど、これも荷物にはならないので

家にあるのを持って行くことにした。

 

少し経って、また母から電話だ。

「あんた、ファンデーションを持って来て。

素顔じゃと、顔がパリパリするけん」

やっぱりテンション高め。

 

化粧品は禁止だったはずだ。

入院した時に持って行った化粧品は返されたので

私が持って帰った。

これも看護師の指示をあおいで母を納得させようと思い、承諾。

 

午後になり、母に言われた品々を持って面会に行った。

病棟のインターホンで面会に来た旨と

面会の前にチェックして欲しい物があることを伝え

応対に出てきた看護師に見せた。

 

「マスクは…

病院でお預かりしているのが、たくさんあるんですけど…」

「大きいマスクが欲しいと言うんですが

病院では大きい方がいいんでしょうか?」

「いえ、そんなことは…

まあ、ご本人が必要とおっしゃるなら、お預かりします。

あ、ファンデーションはダメです。

お持ち帰りください」

 

それから、裁縫道具を見た看護師。

顔色が変わった。

なぜなら私が持って行った透明のジプロックからは

糸切り用の小さなハサミが見えたからだ。

 

「ハサミはダメですね…お持ち帰りください。

こっちの小さいケースには何が入っていますか?」

「針と糸です」

沈黙する看護師。

 

「あの…こういう物を患者さんが持って来るように言われたんですか?」

「はい、着て行った服のボタンが取れたから付けて欲しいと…」

「服のボタンが取れたら

クリーニング業者が付けることになってます。

病院で縫い物はできませんから、お持ち帰りください」

 

実は針と糸は母から言われたが

ハサミは私が勝手に持って行ったものだ。

万一、許されてボタンを付けることができたとしても

糸を切る時にどうするんじゃ?と思い、気を利かせたつもりだった。

 

しかし病院の方は、ハサミと針という危険物を複数

確認したことになるらしい。

急に厳戒態勢になり、看護師が2人、面会に立ち会うことになった。

一人はこんな物を持って来るように頼んだ母を見張るため

もう一人は、こんな物をホイホイと持って来るバカな家族…

つまり私を見張るためかもね。

《続く》

コメント
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