殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・24

2024年08月22日 10時26分55秒 | みりこん流

『面会の難』

母が精神病院へ入院した翌日から、私は面会に通うようになった。

家に居る時と同じく、病院の公衆電話で呼ばれるので

仕方がないのだ。

 

面会するにはまず、受付で面会申込書を書いて提出する。

それを受け取った受付の人は病棟に連絡し、看護師の許可を仰ぐ。

OKであれば面会申込書に受付の印が押され、面会者に渡される。

面会者はそれを持ち、エレベーターで病棟へ。

そして病棟へと続く鉄の扉の横にあるインターホンを押して

患者の氏名を言う。

すると看護師が出てきて面会申込書を受け取り

ロビーにある面会室のドアを開けてくれる。

面会者はそこから面会室に入って待つのだ。

 

一方、患者は看護師に連れられて

病室に繋がる反対側のドアから面会室に入る。

面会室には面会者の入るドアと、患者が入るドアが

向かい合わせに二つあるということだ。

面会者と患者が揃うと、看護師は両方のドアに鍵をかけて去る。

どちらの鍵も、中からは開かない。

面会者と患者は、鍵のかかった部屋で面会をするというシステムだ。

 

面会が終わると面会室のインターホンを押して、看護師を呼ぶ。

看護師が来てドアの鍵を開けてくれ、面会者はロビー側のドアから出る。

そして患者は看護師のボディーチェックを受け、病棟側のドアから出る。

ボディーチェックは、面会者から妙な物を渡されてないか調べるためだ。

妙な物とは自◯や自傷、他傷に使えそうな物や

酒、タバコ、お金など持ち込み禁止の物のこと。

精神病院における面会は、このように厳重だと知った。

 

そういえば面会者の移動手段はエレベーターのみで、階段は使わない。

階段の存在すらも公開されてないので

公共の建物の天井からぶら下がっている

避難経路を示す緑色のプレートも、ここには無い。

移動経路が複数あると、患者の脱走が防ぎにくくなるからと思われる。

だからエレベーターの点検中に行った時は、長い時間、待たされた。

 

そういえば玄関の自動ドアも、一般の病院とは何だか違う。

二つの自動ドアを通らなければ、病院への出入りができない。

そして入る時は普通に開くが、出る時はドアが開くのが遅い。

入った時と同じ感覚で外へ出ようとしたら

未だ空いてないドアにぶつかるだろう。

おそらく玄関の自動ドアは、脱走の最終関門。

よく考えられているものだと、感心しきりである。

 

さて、母は毎日、私に面会要請の電話をかけてくるようになったが

それは決して私に会いたいからではない。

「家に連れて帰って」、「頼むから退院させて」

これを言うためである。

自分から望んでおきながら、思っていたのと違えば

元に戻ることを強く望む…昔から彼女の悪癖である。

帰ったら、また私に世話をさせる気満々。

 

面会2日目、3日目…母の帰りたいという要求は

日増しに強くなっていった。

身をよじりながら時に泣き、時に私を拝み

「連れて帰って」を繰り返す。

どうにもならないことで駄々をこね続ける…それが母である。

 

しかし、救いはある。

幸運なことに病院の面会規則は

毎日午後2時から4時までの15分間と決まっていた。

往復する時間は実家通いの倍だが、母のお守りをしていた頃よりは

拘束時間がかなり短い。

何を言われても15分間、耐えれば

看護師が迎えに来るので解放されるし、15分より早く帰りたければ

面会室のインターホンを押したらいい。

看護師が来て、面会は中断される。

 

とはいえ認知症には、一度に二つのことを考えられないという

便利な特徴がある。

別の話題を振れば、母の意識はそっちへ飛ぶのだ。

で、しばらく別の話しをした後

また「帰りたい」と言い出すので、また別の話題を振る。

これを2〜3回繰り返したら、15分の面会時間は終わる算段。

 

が、敵もさるもの…

誤魔化されているうちに面会時間が終わると気づいたのだろう。

私の顔を見るなり、一晩考えた新案を提示するようになった。

「A先生の所へ行って、私をここから出してくれるように頼んで!

よう考えたら、最初はあの人が言い出して

入院する羽目になったんじゃけん!元はあいつよ! 

ここから出さんかったら一生恨む、言うて!」

一生ったって、もうあんまり残ってないのはともかく

あれほど恋慕っていたA先生をボロクソに言う。

不本意が起こると悪者を作らなければ気が済まない…

それが母である。

 

「何を言いよん…そんなこと言いに行けるわけないが」

「どして?!どうして?!ねえ、どうして?!」

目を釣り上げ、いきり立つサチコ。

「A先生は心療内科を紹介してくれただけじゃんか…

あ、そうそう、心療内科から入院費の請求が来たけん

払いに行っといたよ」

「…ナンボじゃった?」

「1万2400円」

「高いん?安いん?」

「一泊じゃけん、そんなもんじゃろ。

検査を色々したけん、ほとんど検査料金じゃった」

「ふ〜ん」

こうして別の話題を振り、時間を稼ぐ私である。

 

2日後、A先生犯人説が一段落すると

今度は心療内科の女医先生がターゲット。

「あの女医め!

年寄りを騙して、変な所へぶち込むのが仕事なんじゃ!

退院したら怒鳴り込んでやる!」

「私の住んどる町でそんなことしたら、ふうが悪いけん連れて行かんよ」

「タクシーで行くわいね!」

「あ、そうそう、昨日コーラスの◯◯さんにバッタリ会うたんよ。

入院中と言っておいたけんね」

「◯◯さんが?あの人はね〜、いい人なんよ。

いつも私に気を使うてくれてね〜」

 

2人の医師をひとしきり恨むのが終わった数日後

次の新案は、私が病院と喧嘩をするというシナリオだ。

「どうしても私を連れて帰ると、病院に言うてくれたらええんよ。

お母さんをこんな所へ置いておけません、いうて

ちょっと大きい声出して暴れたらええんじゃけん、簡単じゃが」

我が子にはみっともなくて、させられないことも

他人にはやらせたがる、この卑怯。

 

「どこが簡単じゃ…私まで入院させられるわ」

「どして?どしてやってくれんのん?!

私がこんなに苦しみようるのに、あんた、平気?!」

伸びてきた髪を振り乱して、ゴネるサチコ。

 

同じことをマーヤに言えるんか!

継子をバカにするのもええ加減にせえ!

と言ってやりたいが、この方針で何十年も生きてきた母のこと。

今さら言ったって、本人は何が悪いのか、わかりはしない。

そんなだから、人生のラストシーンで不本意な生活を強いられるのだ。

 

翌日、面会に行ったら、敵はいよいよ本丸に突入してきた。

マーヤと祥子ちゃんの電話番号を教えろ…

これである。

《続く》

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする