殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・20

2024年08月18日 09時50分17秒 | みりこん流

駐車場の車に着くと、母は車椅子から降りて

車の後部座席におとなしく乗る。

彼女は助手席に乗ってドライブするのが好きだが

しばらく前から助手席には乗れなくなった。

背が縮み過ぎて、シートベルトをしたら首吊り状態になるからだ。

 

介護士に見送られ、転院先の◯◯精神病院へ向かう。

山越えをして、20分余りの道のりだ。

「どこへ行きょうるん?」

途中、何度もたずねる母。

「大きい病院で検査をしてもらうんよ(嘘じゃない)」

「ふ〜ん…検査が済んだら家へ帰れる?」

「検査の結果が良かったらね。

悪かったらもう少し先になるけどね(嘘じゃない)」

「あの病院へ戻るのは、嫌じゃ…」

「あそこへはもう戻らんよ(嘘じゃない…追放されたんだから)」

「ほんま…?」

「あんたが戻りたい言うても、戻られんのよ」

(嘘じゃない…もう受け入れてもらえない)」

「えかった…」

 

“検査”の二文字に助けられ、母を騙すという行為は

からくも回避できた私。

しかし、こうも普通に素直だと、あるや無しやの我が良心はチクチクと痛む。

 

母の世話をするようになってから、彼女は私に言うようになった。

「あんたのお母さんは、ええ子を残してくれたもんじゃ」

「あんたと出会えた幸せに感謝しとるんよ」

けれども私はそれを聞いて

「努力が実った」と感激するようなタマではない。

それらは、子供の頃から言われ続けていた言葉の真逆だからだ。

「あんたらのお母さんは、ロクでもない子を産んで死んだ無責任な人」

「あんたらさえおらんかったら、私はもっと幸せになれた」

 

母は元々、前言撤回の多い人物だ。

本人は無意識だが、聞いた方は

前に言ったこととあまりに正反対なので

「どの口が言う?!」と誰もがびっくりする。

それが母である。

 

母は趣味の俳句を70年続け

入院する前の月まで、句会にも参加していた。

娘を思う母心を詠んだ甘口の句の他は

豪快、時に繊細な情景描写を得意とし

全国ネットの同人誌には毎月欠かさず三句ほど投稿。

ほぼ毎回、選出されて掲載された。

 

しかし彼女の場合、こよなく愛した俳句が

良くない方向に進んで行った。

自身をヒロインに設定してドラマチックを追い求め

自身の発する言葉で人の意識に爪痕を残したい…

若い頃から、その願望が強まる一方だったと私は分析している。

 

言うなれば歯の浮くような真逆のセリフは

無給の家政婦と運転手を維持するためのリップサービスに過ぎない。

だって便利じゃん。

老人は、無料と便利が大好きだ。

そのためなら何だってやる。

 

しかし素直は、うがって考えなくてもわかるというもの。

本来はこういう人だったのかもしれないな…

と思い、ガラにもなくセンチメンタルな気分になってしまう。

「行かんったら行かん!人◯し!恩知らず!それでも人間?!」

「やかましい!それ、ぶち込んでやる!」

この方が、よっぽど気が楽じゃないのさ。

 

ひょっとしたら私がもっと頑張ることで

彼女はまだ一人暮らしを続けられて

浮世の暮らしを満喫できるのではないか…

たびたびそんな錯覚をおぼえるが、いいや…と首を振る。

この素直は、本当に具合が悪いから出現したのだ。

今はやはり、一人で置いたら生命に関わる。

 

前日、心療内科へ入院するために迎えに行った時

「入院費はこれで払って」

母はそう言って私に年金の入る通帳を渡し、暗証番号を伝えた。

親子なら普通のことかもしれないが、疑り深い母と

信用されてない継子の間ではあり得ないことだ。

やっぱり彼女が通常モードでないのは、明らかだった。

 

母親を背負って姥捨山へ向かう息子のような気分を味わいつつ

車は◯◯精神病院へ着いた。

手を引いて玄関まで歩く時も、母は黙って素直に付いて来る。

うう…。

 

受付で書類を渡し、少し待っていたら

若い女性の看護師が迎えに来て、母を検査に連れて行った。

そして私は若い男性看護師に案内されて、応接用の個室へ。

昨日も長くやって疲れた、聞き取りというやつだ。

 

看護師の聞き取りが終わったら、今度は相談員の聞き取り。

物事の柔らかい中年女性だ。

母の入院中は、この人が担当になって家族の相談に乗ってくれる。

 

私が看護師の聞き取りを受けている間に

母は認知症テストを受けたようだ。

相談員はすでに、テストの結果を把握していた。

「テストで認知症がはっきりしました。

こちらで介護申請をするので、書類を書いていただきます。

ご本人からの申請ということにして、代筆してください。

サチコさんの印鑑はお持ちですか?」

ハイ!持っていますとも!

三文判を持って来て、本当に良かった。

忘れたら、昨日のようにまた二度手間になるところだった。

今度の病院はちょっと遠いから、また来るのはかったるい。

 

続いて相談員が言うには、入院はひとまず3ヶ月を目安にして

回復したら施設入所に切り替えるという話だ。

病院は隣の敷地で老人施設も運営しているので

そっちへ行くことになるのかもしれない。

 

となると、病院側が知りたいのは患者の支払い能力。

それを確認するためか、母の職歴を聞かれたので

公務員だと答えたら「うらやましいです〜」と言いながら

安心した様子。

 

もっとも患者の年金額は、病院で調べることができるそうだ。

介護申請をしたら、年金額のわかるサイトに入れるのだと

相談員が教えてくれた。

年金事務所か市役所の税務課か

それとも別の機関なのか知らないけど

アレらが病院や介護施設とグルなのはわかった。

 

やがて看護師に連れられて、母が検査から戻って来た。 

今度は母を交えて相談員と少し話したら

次は女性介護士の聞き取りだ。

この頃になると、もう話し疲れてあんまり記憶が無い。

 

それが終わったら、さっきの相談員と共に診察室へ移動して

いよいよ担当医との面談。

入院と言われたら、泣いて嫌がるだろうな…

まんじりともせず身構えて、母と一緒に先生のお出ましを待つ。

さて、母の運命やいかに!

《続く》

コメント
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