殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・3

2024年08月01日 08時52分25秒 | みりこん流

“歌姫”の電話攻撃は、3日、4日と続いた。

日に何度も携帯、あるいは家の電話にかかり

1時間単位で拘束されては同じ相槌を繰り返している私に

家族は「またか」と呆れつつ、同情するのだった。

 

何日目だったか、母の姪の祥子ちゃんから電話があった。

その内容は、母の電話に辟易しているというもの。

「私はあの人が37であんたとこへお嫁に行くまで

一緒に暮らしてたんだから、難しい性格はわかってるし

できるだけ合わせてきたけど、もう限界」

その気持ちはよ〜くわかる。

 

「私が一番近くにいるから、叔母さんが困った時には

手伝うつもりだったけど、リタイアしてもいいかな?

本当にごめん」

と言うので了解し、着信拒否を勧めた。

母は頼りの姪に、サジを投げられたのである。

 

となると母が頼るのは…

実の娘は関西在住なので、距離的に無理。

一つ下の妹も、広島市在住で無理。

そういうわけで、今後は私のワンオペ決定。

 

その後、祥子ちゃんが電話に出なくなったので、私にかかる回数は倍増。

「コーラスを辞めたら生きていけない!」

相変わらずの歌姫語録に加え、祥子ちゃんが電話に出ない疑問も加わったが

「子供の所へ行ったんじゃないの?」

「旅行じゃろう」

などと言って切り抜ける。

 

励ましたり、なだめたり、すかしたり…

私は渾身で歌姫の嘆きに取り組んだ。

さっさとコーラスに戻らせないと

電話責めの日々が永遠に続くんだから必死さ。

 

やがて、歌姫の心は決まった。

先生に詫びを入れる勇気が出たのだ。

 

そもそも、この先生がとても厳しい。

70代の美人で、かなりの女王体質だ。

母は彼女に強い尊敬と畏怖の念を持ち、接する時は緊張していた。

一方で母はコーラスの練習のたび、その厳しい先生に送迎してもらう。

練習は車で10分余り、私が住む町の公共施設で行われる。

先生と母は同じ町に住んでいて、うちの前を通って行くからだ。

気兼ねではあるけど電車よりマシなので、ずっとその厚意に甘えてきた。

その負い目もあり、先生はこの世で唯一、母が恐れる人物なのだった。

 

母は意を決して先生に連絡した。

カムバックの願いはすんなり受け入れられ

次の練習日から、また先生の送迎で参加することになった。

「行ったら、みんなが拍手して迎えてくれた。

やっぱり私がいないとね」

興奮し、明るい声でまた電話をかけてくる母であった。

 

やれやれ…

胸を撫でおろした私だったが、それはいっときであった。

数日後、歌姫から涙声で電話。

「私はね、コーラスを辞めたくないのよ!」

「…辞めなきゃいいじゃん」

「大変な思いをして戻ったんだから、続けたいのよ!」

大変な思いをしたのは確かこっちだったと思うが

それが母なので、今さら驚かない。

 

「続けりゃいいじゃん」

「私はね、ずっと歌っていきたいのよ!

歌が生き甲斐なんだもの!」

このやり取りを何回も繰り返したあげく、ようやく本題に入る。

長年愛用していたテープレコーダーが、壊れたらしい。

 

母は音符が読めないので

歌を覚える時は手のひらサイズのテープレコーダーを使う。

集まって練習する時に録音し、家で再生してメロディーを覚えるのだ。

テープレコーダーが壊れると、新曲が覚えられない。

それで絶望し、泣いているのだった。

 

「新しいのを買えばいいじゃん」

「こんな田舎に売ってないわいね!」

「買いに連れて行ってあげるよ」

「いつ?ねえ、いつ?

練習日までに使い方を覚えたいんよ!」

さっきまで泣いていたのが、早くも喧嘩腰だ。

つまり今日、これから迎えに来て

私の住む町にある大きい電器店へ連れて行けと言いたいらしい。

 

行ったさ。

明日…なんて言ったら、ずっと電話をかけてくるので

すぐ行動するしかない。

もはや脅迫だ。

 

が、電器店に行ったら問題発生。

大きなカセットデッキとボイスレコーダーならあるけど

手のひらサイズのテープレコーダーは

メーカーが製造をやめているので存在しないそうだ。

 

母はスマホを使わないので、録音といったらボイスレコーダーしか無い。

ネットで個人的に探せばあるかもしれないが

今日頼んで今日来るわけもなく、ひとしきり嘆いた母は

ボイスレコーダーを買うしかなかった。

 

このボイスレコーダーが、またもや私の前に立ちはだかる。

テープレコーダーとは使い方が違うので、母には難しかったのだ。

電器店でさんざん使い方を聞き、メモにも書き

試しに録音となると、店頭で高らかにコーラスの曲目を歌って吹き込んだ。

店員のあっけに取られた顔に、つい下を向く私であった。

 

無事に録音再生ができたので、母は上機嫌だったが

夜になると電話が…。

「どうしても録音できんけど、機械がおかしいんじゃないのっ?!

明日、電器店で説明を聞くと言うので、また連れて行く。

そして家に帰るが、また夜になって泣きながら電話がある。

数日、この繰り返し。

 

結局、ボイスレコーダーの習得はコーラスの練習に間に合わず

「あんたがテープレコーダーも無いような

ボロの電器屋へ連れて行くけんよ!」

何度も恨み言を賜わった。

私が暴言に動じないとしたら、母で修行を積んだせいである。

《続く》

コメント (3)
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