殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・30

2024年08月28日 10時07分43秒 | みりこん流

1ヶ月ぶりに電話してきた母は、長袖の服を持って来いと言ったが

いったい何が目的なのか。

また何か企んで、服を口実に私を呼んでいるのか。

それとも単に友だちができたのか。

思い浮かぶのは、二つだけだった。

 

企むとしたら、どんなことなのか…

これはぜひ予測して対策を講じておきたいところだが

認知症になったことがないので

彼女がどのような手を考えるのか、見当がつかない。

私はうっかり寝過ごして一夜漬けすらできなかった

受験生のような気分で病院に向かった。

 

はたして面会室に入ってきた母は、晴れ晴れとした表情で

とても元気そうだ。

なんか、ふっくらしてるみたい。

「みりこん!よう来てくれたね!」

声も元気そのもの。

不安神経症や鬱病の薬を飲んでいた頃の

ロレツの回らない暗〜い話し方ではなく、完全に若い頃の母だ。

 

そうそう、昔は機嫌のいい時はこうだった…

私は懐かしく思い出す。

歌うように話す母は可憐で華やかな、ミニ薔薇みたいな人だったっけ。

小さくてもトゲ、あるし。

 

病院の薬がバッチリ合ったのだろうか。

あるいは一時的な高揚なんだろうか。

それを見極める間も無く、母は嬉しそうに言った。

「友だちができたんよ!」

「おお!良かったじゃん!」

「毎日おしゃべりができて、楽しいわ」

カンは当たった。

友だちの方だった…ホッ。

 

友だちは二人いて、一人は同室の人、もう一人は別の部屋。

どちらも年下だが、ほぼ同年代だそうで

親しくなって1ヶ月ぐらい経つと言う。

友だちができた興奮で、私のことは忘れてくれていたのかも。

 

母は同室の友だちと一緒に、二人部屋にいると言った。

ということは、継子の陰謀説で母を洗脳していたあの百婆は

1ヶ月に部屋を移動したことになる。

母が不安定になるので、引き離されたのかもしれない。

 

「他にも嬉しいことがあったんよ!」

母は続ける。

夏休みということで、病院には中高生が10人ぐらい入院したのだそう。

「今どきは中学生や高校生も、こんな病院へ入院するんじゃね」

母は驚いたそうだ。

 

その中にモモカちゃんという高校1年生の女の子がいて

その子と仲良くなったらしい。

「長い髪を三つ編みにして、垂らしとる子なんよ。

“おばさんが女学生の頃は、両側の長い三つ編みを二重に巻いて

耳の後ろで止めて、リボンを付けとったんよ”

そう言うて、やってあげたら

“こんな髪型、全然知らなかった”いうて喜んでくれてね」

 

モモカちゃんは2週間、入院して前の週に退院したが

その時、母に手紙をくれたんだそう。

《私を娘みたいに可愛がってくれて、ありがとうございました。

髪型も教えてくれて、ありがとうございました。

おばちゃんが優しくしてくれたので、入院が悲しくなかったです。

元気でね》

手紙には、そう書いてあったという。

 

「良かったねえ」

「ほんと、何でなつかれたんか、わからんのじゃけどね」

「だってあんた、学生は得意分野じゃん」

そうなのだ…母はうちへ嫁に来た当時

学校事務の職員として中学校に勤務していた。

公務員生活の後半は役所関係でお金を相手にしていたが

前半は紛れもなく、学生相手の商売だったのだ。

 

「わたしゃ学校におった?ほうじゃったかいの…?」

前半のことは、忘れてるみたい。

入院する際の聞き取りでも、学校事務の職歴は飛ばしていた。

 

ちなみに私が小学1年生だった頃、彼女は我々の小学校で事務をとっていた。

職員室で仕事をする彼女を覚えている。

2年生になったら他校へ転勤したが

5年後にその人が自分の父親と結婚するなんて、夢にも思わなかったぞ。

 

ともあれ母は、新しい友だち2人とモモカちゃんのお陰で

入院ライフをエンジョイしているようだ。

1ヶ月前の通帳と鍵のことなど、すっかり忘れているのに安堵した私は

母との面会を初めて楽しめた。

そうよ、いつも執拗で意地悪なばかりではない。

この人、調子のいい時は、話がけっこう面白いのだ。

 

長袖の服を届けて以降は、再びパッタリと音沙汰無し。

…と思っていたら先週末、電話があった。

「もっと厚手の服とベストを持って来て」

 

持って行ったら、また友だちの話で盛り上がった。

母はやっぱり元気そのもの。

しかし、気になることが一つ。

「9月の末に退院じゃけんね」

な、なんですと…?

 

そりゃあ入院したら一応の目安として、入院期間は3ヶ月とされる。

3ヶ月経ったら継続か退院か、あるいは施設入所のどれかに決まるのだ。

入院の際の話では、鬱病を改善して施設入所を目指すと言われたけど

それが本当なのか、建前なのかは不明。

病院からは、入院したきり何のお達しも無い。

来月の末、つまり3ヶ月が経過したら、何らかの方針を示されるのだろうか。

 

翌日、マミちゃんに会ったので、このことを相談したら

「妄想よ」

と一蹴。

「認知症なのに退院させるわけ、ないじゃん。

うちのお父ちゃんも、何月何日の何時に退院じゃけん迎えに来いって

いかにもホンマげに言いようたわ。

それが認知症なんよ」

 

「妄想で帰るつもりになって、それが違うと知ったら

お父さんは暴れた?」

私の質問に、マミちゃんは優しく微笑んでシビアな返答。

「認知症じゃけん、自分が言うたことは忘れとるわいね。

もし暴れたら、薬でおとなしゅうさせるんよ。

そういう薬があるのが、精神病院じゃが」

「……」

 

はたして来月末は、どうなるのだろうか。

完全に退院して家に帰ることは、もう無いと思う。

鬱病の方はともかく、認知症で一人暮らしは無理だ。

となると、考えられるのは退院の延期か、施設入所。

とにかく家に帰りたい…その希望が絶たれると、荒れるのは必至だ。

 

入院が伸びたとしたら、また振り出しに戻って

面会の要請、恨み言の羅列が再開するかも。

が、施設も危ない。

だって施設は精神病院と違って制限が緩いので

携帯電話は本人に返却される。

そうなりゃもう、電話魔復活は決定じゃんか。

チ〜ン。

 

さて、どうなるのか。

ちょっとドキドキしながら、その時を待つ私である。

《続く》

コメント
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