殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・22

2024年08月20日 10時08分08秒 | みりこん流

『ドクターストップ・part2』

M先生が母をうまくあやしてくれているうちに

母の実子マーヤと打ち合わせていた11時40分になった。

関西で教師をしているマーヤが電話に出られるのが

この時間だった。

 

母は心療内科の入院に引き続き、今回の◯◯精神病院にも

同じ医療強制保護入院の措置で入る。

その措置を執行するためには親族の承諾が必要だが

私と母は養子縁組をしてないので、戸籍上はあかの他人。

心療内科は他人の私で大丈夫だったが、ここは厳密で

入院するにはマーヤの承諾が不可欠だそう。

 

マーヤの手が空いた時、彼女から病院へ電話すればいいようなものの

そこも厳密で、必ず病院側から電話することになっている。

そういうわけでM先生は、マーヤの授業が一段落した休憩時間に

電話をかけるのだ。

内容を母に聞かせないためだろう、M先生は別室へ去った。

 

数分後、戻ってきたM先生は言った。

「今、娘さんとお話しして承諾してもらったので

サチコさんの入院が決まりましたよ。

ハキハキして、しっかりした娘さんですね。

あ、学校の先生だから当たり前か。

先生が頼りないと困るよね」

愛娘マーヤを褒められてご機嫌の母だが

なぜ電話をしたのかは、おわかりでないご様子。

「娘さん、電話があるまで気が気じゃなかっただろうな〜。

生徒さんは、今日の先生、何かおかしいって思わなかったかな?

ハハハ」

どこまでも明るいM先生である。

 

マーヤの承諾があって初めて、母は上階の病棟へ移ることができる。

彼女は迎えに来た病棟看護師に連れられ、診察室を出た。

「じゃあね、また面会に来るからね」

「うん、来てね」

そう言って別れ、残るように言われた私はM先生と面談だ。

 

「先ほど娘さんが承諾されたので

サチコさんの医療保護入院の手続きが完了しました」

心療内科では医療強制保護入院という表現だったが

ここでは医療保護入院と、少し短め。

どっちでもいいらしい。

 

M先生は続ける。

「サチコさんは鬱病ですが、認知症も進行しています。

先ほどの認知症テストの結果は、30点満点の15点でした。

15点以下は、完全な認知症です。

脳の写真では前頭葉の萎縮があって…

ほら、前の方がスカスカになってるでしょ」

M先生はCT写真を指差しながら、説明する。

 

「だけど真ん中から後頭部にかけては、頭蓋骨の中身が満タンでしょ。

新しい記憶は消えるけど、他のことはしっかりしているという

マダラボケの状態です。

だから、好きなことや楽しいことはよく覚えてて

どんどん話すでしょ。

コーラスの話をする時なんか、目がキラキラしてたもんねえ。

だけど鬱病の方も深刻で、一人暮らしはもう無理と判断したので

ドクターストップをかけました」

 

またドクターストップだよ。

2回目ともなると、ありがたみが薄れるわ〜。

その一方で

「じゃあ私はドクターストップをかけられるランクの病人を

ずっと面倒見てたわけ?バカでねぇの?」

という思いも湧いた。

地元の内科医A先生が、私にストップをかけてくれなければ

今日も母を連れてウロウロしていたことだろう。

やっぱりバカでねぇの?

 

M先生との面談が終わり、帰ろうと診察室を出たら

さっき母を連れて行った病棟看護師が、駆け足でやって来た。

「お母様が、どうしても娘さんに会うと言っておられるんですが

ちょっと病棟まで来ていただけますか?」

ずっと我々に付き添ってくれていた相談員は

「どうなさったんですかね?」

と首を傾げているが、私にとってはさもありなん。

精神病院の看護師まで手こずらせる、それが母である。

 

相談員に案内され、エレベーターで病棟へ上がると

そこはロビーになっていて

病棟の入り口には頑丈そうな鉄製の扉がある。

我々部外者は病棟には入れないそうで

患者に会う手段は、ロビーにある二つの面会室のみ許されている。

病棟の扉も面会室も鍵がかかるようになっていて

看護師は皆、それぞれの扉を開閉する鍵を腰にぶら下げていた。

 

母は2人の看護師に支えられ

鉄の扉からヨロヨロとロビーに出てきた。

「何もかも取られた…」

そう言って泣きじゃくっている。

ちょうど面会時間が始まっていたので

面会室は二つとも先客で塞がっている。

そこで病棟の扉の前にある小さな椅子に母を座らせ

看護師立会いのもとで話すことになった。

 

「何もかもって、何?」

「着る物も、化粧品も、ぜ〜んぶ取られた…」

相談員が小声で私に説明する。

「患者様の私物は全部、看護師が管理する規則になってるんです。

持っておられる私物を使って

ご自分や周りの方を傷つけることもあるので

予防のために仕方がないんですよ。

お母様は、大切な物を取られたような気持ちになられたんでしょう。

あ、それから化粧品は一切ダメなので、後で持って帰ってください」

まあねぇ…化粧品も危ないわよね。

飲んだりしたら大変だものね。

 

「必要な物があったら、その都度、看護師に伝えてくださいね。

許可できるものであれば、お渡ししますからね」

相談員は泣いている母に話しかけ、2人の看護師もウンウンとうなづく。

 

「じゃあ、ケイタイ…」

母は小さな声で言った。

「え?」

「携帯よ!

携帯も取られたんよ!

あれはお金が関わる物じゃけん、他人が勝手にできんはずよ!」

急にしっかりして怒り出す母。

相談員は困り顔で私に説明する。

「携帯も私物の扱いなのでね〜

入院直後は看護師の管理になるんです。

ご本人に返すかどうかは、医師の判断になります」

 

「返して…携帯、返して…

あれが無いと私は生きられん…◯んでしまう…」

再びワッと泣き出す母。

 

生きられんじゃの◯ぬじゃのと、昔から簡単に言う癖があるけん

鬱病認定されたんと違うんか…

私から見れば、母はうちへ嫁に来た当初から何ら変わりは無い。

だけど今になって、人は病気だと言う。

やっぱり不思議な気持ちだ。

高齢になって、仮面の自分と本来の自分の区別がつきにくくなり

それで人の知るところとなったのだろうが

ともあれ母がゴネている理由は、携帯だとわかった。

《続く》

コメント
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