ひとりの作家の存在、というものに気づいて、
その人の作品を追って何冊も何冊も読む、ということを僕が一番初めにしたのは
多分、小学校低学年の頃で作家は 星新一だったと思う。
今現在みたいに古本屋やブックオフで文庫本なら何百円で買えるような時代ではなかった。
古本屋はもちろん存在したのであろうが、子供だから知らなかった。
本屋といえば新刊本屋しかこの世にはない、と思っていた。
だからどうしてたんだろう?図書室に何冊もあった気がする。
星新一はとても面白かった。センス・オブ・ワンダーで、後から考えればSFの要素もかなり濃かったと思う。
僕が今でもSF小説好きなのは、この頃の「三つ子の魂」なのかもしれない。
次は誰だったんだろう?宮沢賢治かな?とも思う。教科書で「やまなし」を知ってじんわり感動して、
(小学校の卒業アルバムには僕の「やまなし感想文」が載っている。)
その後、賢治作品を当時手に入る限り読んだ。これも小学校の時。
だからほとんどの賢治作品を知ってるつもりだったが、後年、ラジオの朗読番組で
「なめとこ山の熊」を知って、衝撃を受けた。あれは賢治作品の極北で・・・「童話」ではないよね。
次は誰だったか?
中学生の頃だったが、「スローなブギにしてくれ」が流行って、映画も良くて、
だから原作小説を買ってみたら衝撃的にお洒落・・というかカッコよくて、当分、片岡義男を読み漁った。
ハードボイルド、というのか、カラカラに乾いたそっけない文体で、
短編がほとんどだった。深く精神的に突っ込まないのがまたカッコ良かった。
あれのせいで潜在的に、バイクにも憧れ始めたかもしれない。
高校に入ってから、村上春樹を知る。1982年くらいなので、長編では「羊をめぐる冒険」が出たばかり・・だ。
今と違って、村上春樹の存在なんて(本好き以外は)、ほとんど誰も知らなかった。
念には念を入れて僕は、1作目の「風の歌を聴け」から読み始めた。衝撃だった。
で、「羊」以降、新作が出れば必ず買った。ずっとそうしてきたし 当然、今でもそうだ。
同時期に雑誌「宝島」で中島らもが連載ページを持っていた。かまぼこの宣伝ページだったのだが。
でも面白くて、その後らもさんが本を出すようになって、それも残らず読んだ。
ランブルフィッシュで東京にツアーに行ったときに知り合ったお客さんの女の子から
サリンジャーの初期短編集(希少本だったと思う)をもらったのがきっかけで
サリンジャーにも拘泥し結局、
訳されているものは全部、読んだ。作品数自体、少ないのだけれど。
(逆に(?)サリンジャーの初期短編は今では日本語訳でしか読めない、ので有名である。)
O・ヘンリーにはまってた時期もあったな。
あとあとにはP・k・ディックにどハマりする。この時期は長かった。
そう、僕が村上春樹を知るきっかけがミステリアスで、自分にとっては一種、運命的で面白くて。
畏友、ランブルの佐治くんが後年になって、
「俺の姉貴(実姉)が、ミチくんが本好きなら村上春樹読んだらいいよ、ってすすめたんや」と
(関西弁で)言った。
そして
もうひとりの畏友、学生寮で3年間一緒に暮らした清治も後年、
「俺の姉貴(実姉)がオマエに村上春樹すすめたんだぜ」と(関東弁で)言ったのだ。
ちなみに佐治くんの姉と清治の姉はお互い面識は ない。近隣にお住まいでも、ない。
す、すごい面白い偶然で不思議。そして不覚にも僕はどちらの件も覚えていないのだ。
(スイマセン。)
当然だが、佐治くんと清治と二人とも間違いなく真実を語っている。両方、実際にあったのだ。
だから必然的に僕は春樹さんにたどり着いたのだ。
でもすごいよな、と思う。お姉さん方2人とも。
1982年の時点で、村上春樹のすごさに気付くなんてね。当時は20万部くらいしか売れてなかったはず。
普通の世界(読書好き以外の世界)で話題に上がることは絶無だった。
そしてそれを、ほかでもない僕(道郎)に、勧めてくれるなんて。奇蹟だと思う。
アヤコさん、キキョウさん、アリガっとございます。
春樹さんつながりで僕はその後、カート・ヴォネガット・ジュニアにも拘泥し、多くの彼の作品を読んだ。
春樹さんつながりではないが、ガルシア=マルケスも好きになった。
しかし、人に本や、作家を勧める、という行為はなかなか微妙なのである。
、というのは多くの人は、勧められてもその本やその作家の作品を読まないから。
それは当たり前では、ある。なかなかすんなり、読めるものではない。
だから僕は、勧められることがあれば積極的に読む、という姿勢を持っていたいと思う。
でもそう思う僕だって、勧められたもの全部読めるわけではない。
ロシア文学とかはやっぱ、ハードルが高かった。読みにくい、登場人物の名前が長く、ややこしい。
加えて言えばロシアに親近感も持っていないのだ。
でも、いつか「カラ兄」(カラマーゾフの兄弟)を読破するぞ、マジで。
近年、僕は ラジオで 作家の高橋源一郎がおススメしていたのをきっかけに、
ブレイディみかこの「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」を単行本で読んで感激した。
出版からまだ、そんなに日は経ってない頃だったはず。
それ以降、出ているブレイディみかこの他の本も、何冊も読んだ。全部良かった。
この本(「ぼくはイエローで・・・」)はかなり話題になって、ベストセラーみたいになって、
しばらく経つと文庫化され、
ブックオフとかに古本が並ぶようになった。だから僕はブックオフでこの本を見かけるたびに購入して、
読んで欲しい、と思った友達何人かに、進呈して回った。6~7冊は買って、配ったと思う。もっとかな。
そんなことをしたのは・・・リチャード・バックの「イリュージョン」以来だ。
あれはリアルタイムで出版時話題になった、とかではないのだが文庫本が、
古本屋でよくあったので、見かけたら必ず買って、トモダチに進呈していた。
それくらい、とてもとても気に入っていたのだが 後年になって、
その「イリュージョン」は村上龍の翻訳に問題が発覚したらしく、今はもう、ない。
誤訳、というか原作にない文章が無断で付け加えられていたらしいのだ・・・・・すごいことするよな。
それでも断然、面白かった。もし誰か、店頭で村上龍訳の「イリュージョン」見かけたら、買っておいてね。
さて今回、
最近、しょちゅう一緒にライヴやってる、というかライヴ企画に僕を呼んでくれるありがたい存在、
尊敬する酔いどれバンドマン、ザ・マンガンズの前田ジュウオさんが
「原田マハ」というひとの小説を2冊ほど、おススメしてくれた。
自分ではよく他人に本をおススメしてるのだが、最近は・・僕におススメしてくれる人は少ない。
なのでとても嬉しくて、すぐに2件ほど古本屋とブックオフを回ったのだが
(新刊本屋は近所にはもうないのです。)
おススメしてくれた本はなくて、だから代わりに原田マハ著「常設展示室」という
短編集を買ってきた。そしてそれは、良かった。ピカソ、ゴッホ、フェルメール、ETC。
有名絵画にまつわる話が多く、切ない。なんか、妙に上手い。
フィクションなのだが、登場人物がこんな人、どこかに実在していそうだな・・と思わせる。
そういうのって大事だ、と僕は思う。かの賢治さんも、何かの序文で
「ほんとうに、こんなことがありそうな気がして仕方ないのです」というようなことを書いている。
ジュウオさん、おススメ アリガっとございます。有意義でした。あと何冊かマハさんの本、読んでみよう。
で、それに刺激されたわけではないのだけれど昨日、天王寺でやっている
「ゴッホ展」に行ってきた。ゴッホの絵の実物を見たのは恐らく僕は、初めてである。
「油絵は生きている」ということを実感した。
本物の絵、実物を見るのはそういう意味で大事なことなのだと、僕は思う。
彼に「会う」、という感じだった。