まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第15回四国八十八所めぐり~今治の個性と教育を歩く

2018年02月13日 | 四国八十八ヶ所
11日の朝、今治駅前に降り立つ。着替えその他を入れたバッグをコインロッカーに入れて、金剛杖をケースから取り出し、白衣を身に着ける。雨はもう上がったが、どんよりした雲が広がり、冷んやりした感じがする。今回は白衣を着た上から防寒着を羽織ったのだが、こういう時はどちらが上に来るべきなのかなと思う。誰が見てもすぐわかるように防寒着の上から白衣を着けたほうがよいのかな(前回はそのようにした)。駅の海側に前回巡拝した55番の南光坊があるが、今回は今治駅から山側にある56番の泰山寺を目指す。今回は59番の国分寺までバスを効果的に使える区間がないので、歩き通すことになる。

駅の待ち合いスペースでは、白衣に金剛杖姿の年配のご夫婦がベンチで朝食の最中である。ふとその上を見上げると、岡山理科大学の今治キャンパス、獣医学部の広告が出ている。世間には昨年「加計学園疑惑」として連日騒がれていたあのキャンパスである。前回、54番の延命寺から55番の南光坊へ歩いた時に、わざと遍路道から外れて工事中のキャンパスの前を通った。この4月には開校するわけだし、地元の人たちの思いはいろいろあるだろうが、今治の地図に新たに載る場所である。これはこれで受け入れることだと思う。後は、実際に充実した教育が行われて、獣医学の発展に寄与するのかという面を検証すればよいと思う。少なくとも、獣医学会から献金を得ている四国出身のナントカ党の代表が何か言うことではないし、大学のほうも、どこぞの幼稚園のような「安倍首相ガンバレ!日本ガンバレ!エイエイオー!!」などというアホな教育はしないだろう。

・・・広告一つに話がそれて、さすがに早よ行けやと7時半に駅を出発。泰山寺までは3キロほどというところで、地図で見れば駅前の道をずっとまっすぐ行ったところにある。ただ早速、今治明徳高校の角を右折して、今治北高校の前に出る。

高校に隣接するようにして建つのは今治城・・・ではなく、高井城というマンションである。城山ハイツという名前で、実際に人が住む現役の建物である。ネットでは珍スポットとしてもさまざまな記事が出ている。城好きのオーナーが自分の夢?として、最上階に天守閣を模した建物をこしらえたものだ。1970年代の建造だからマンションとしては古い物件なのだろうが、本物の城は手入れが良ければ400年現役の建物があるぐらいだから、築40~50年で驚いてはいけないのかもしれない。それどころか、この後に本物の今治城に行って驚いたのが、現存する模擬天守ができたのが1980年だったこと。つまり、城山ハイツのほうが古いわけで、いくばくかの期間は、今治城の天守閣といえば城山ハイツだった・・となるのか。

まあ、現役のマンションなので勝手に中に入るわけにはいかないのだが、入居者の部屋は別に武家屋敷風に造られているわけではなく、普通のマンションの間取りだという。まあ、駅からも近いし、いわゆる遍路道からも少し寄り道するだけなので、一度外観を見るのも今治見物の一つと言えるだろう。

改めて泰山寺への道を歩く。この辺りはかつての城下町のエリアから外れているだろうが、狭い道の中に民家が密集している。そんな中に建つのは今治西高校。今治市内、いや愛媛県の中でも有数の進学校である。今治の高校には東西南北の全てがあり、あまり偏差値で語るのはよくないのだが順番でいうと「西北南東」となるそうだ。ただ県外から見れば、今治西高校は甲子園にも何度も出場している学校として知られる。現役では西武の熊代がいるが、少し前なら元ヤクルトの藤井秀悟、さらに昔なら代打本塁打の記録を持つ高井保弘がOBだという。校舎の壁には、残念ながら高校野球の幕はなかったが、いろんな部活動の全国大会出場を祝う横断幕が掲げられている。文武両道を重んじる伝統ある学校とうかがえる。先に触れた岡山理科大学獣医学部に進む生徒もいるのだろうか。

・・・ここまで、泰山寺の記事といいながら城山ハイツと今治西高校のことが中心である。沿道のみどころといえばみどころだと思うが、地形にアップダウンや変化があるわけでもなく、淡々と進む感じである。まずは助走というところかな。

8時すぎに目的地の泰山寺に着く。境内を囲む石垣が結構新しい感じに見える・・・。
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