今日大和から白州に移動する間「自死を選択するってなんだろう」を考えながら来た。
(仮)結論は 「今の世の中 生き辛いんだろうね、相談もできないんだろうな」 です。
生みの親にも相談出来ないほどなんですよ。
そして何故? を考えるじゃない。 「自己責任」論が強すぎるんと違うかな。
何もかにも「自分が悪い」んだからで理解しようとさせられる。
「誰が助けるの、救って行くの?」を考えると、「公」「共」「自」がある。
これ以外にない。だからバランスだと思うのね。
多分このバランスが狂ってるんだよ。 「自」が大きくなり過ぎたんだと思うな。
「公」、「共」 がもっと見える形で存在してたら救われるんと違うかな。
それしかないと思うんだ。 これは「社会力」とでもいうものだよ。
「がんばって」でいい。でもその先に「ほんとに駄目だったら、助けてあげるから」が
見えてないと。 「公」が逃げたのよ、捨てたのよ。捨ててはいけない部分を。
世の中 一定数はいらっしゃるんですよ、皆で救う、周りが助けていかなきゃならん人が。
なんでもかんでも十把一絡げにし過ぎたんと違いますかね。
「新自由主義」の暴走だったんじゃないかな。
大坂では そんな社会からはじかれそうになってる人を救ってた医師が殺された、
潰された男の「自死選択」によって。
(仮)結論は 「今の世の中 生き辛いんだろうね、相談もできないんだろうな」 です。
生みの親にも相談出来ないほどなんですよ。
そして何故? を考えるじゃない。 「自己責任」論が強すぎるんと違うかな。
何もかにも「自分が悪い」んだからで理解しようとさせられる。
「誰が助けるの、救って行くの?」を考えると、「公」「共」「自」がある。
これ以外にない。だからバランスだと思うのね。
多分このバランスが狂ってるんだよ。 「自」が大きくなり過ぎたんだと思うな。
「公」、「共」 がもっと見える形で存在してたら救われるんと違うかな。
それしかないと思うんだ。 これは「社会力」とでもいうものだよ。
「がんばって」でいい。でもその先に「ほんとに駄目だったら、助けてあげるから」が
見えてないと。 「公」が逃げたのよ、捨てたのよ。捨ててはいけない部分を。
世の中 一定数はいらっしゃるんですよ、皆で救う、周りが助けていかなきゃならん人が。
なんでもかんでも十把一絡げにし過ぎたんと違いますかね。
「新自由主義」の暴走だったんじゃないかな。
大坂では そんな社会からはじかれそうになってる人を救ってた医師が殺された、
潰された男の「自死選択」によって。
死・ 家族の記憶
19日(日)BSプレミアムドラマ 生きて、ふた
たび(第4回)
共に大変考えさせらる番組でした。その後、沙也加さんの報道!岳さんのブログ。
岳さんに勧められて見た 100分DE名著 「老い」が鮮明に思い出されました。
100年前に、ボーヴォワールが指摘した 「老いは個人が乗り越えるべき問題ではなく、文明が引き受けるべき課題である」
人類の課題は大変多くあり、対処方法も過去から色々提起されている。個人の問題、家族の問題、近隣の問題、国家の問題、社会の問題等、問題にあたるたび真剣に対応したい。
ただ、自死で以ての解決だけは、やってはならない。生きてこその人生と信じて。
でんさんがおっしゃるように、はやり生きないとね。ありきたりですが、授かった命、自ら縮めるのは絶対間違い。「いじめられた」ら逃げろ、「学校行きづらかった」ら休め、「死にたくなった」らどうする? 行き場は? そういうことなんじゃないかと思うんですが。
「劇中劇で、チェーホフのワーニャ伯父さんのセリフが心にしみた。泡と消えた人生!ああ、気がくるいそうだ・・・母さん、ぼくはもうダメです。人生を棒に振った中年男の悔恨と絶望の嘆きがあふれている。スクリーンを抜け出して、現代の光景と二重写しになって見えた。「人生を終わらせてほしい」「死刑にしてくれ」無関係な人々を巻き込んで、自分のみならず他人の人生をも終らせようとするおぞましい犯罪。彼らが抱える闇とはなにか?
ワーニャには心優しい姪が語りかける。「生きていきましょう。長い長い日々を、長い夜を生き抜きましょう。」
岳さんに機会があれば見てほしい映画なので長々と引用しました。
これだけ有名になってる映画ですからね、見た方がいいだろうとは思ってました。「絶対見るぞ」ではなかったんです。
流れでね だったんですが、見ます。決めました。世界的賞を取る前に見ましょう。
なんかすごく哲学的、考えるポイントをくれそうな予感。楽しみにします。