まずこの旅行記③を書き始めるにあたっての前置きから。これを打ってるのは11/6の午後、自宅のPCからです。再入力なんです。昨日6時過ぎに乗った新幹線の中で2時間ちょい文作ったんですよ。新横浜が近いというので、保存に行った時、新幹線内のWiFiがおかしくなったか、慌てて処理間違えたか、変な感じはしたんだけど、もうどうしようもなかった。「保存されてますように」と祈りつつ、家に戻って確認したら、全て消えてたんですね。だからこれから、昨日何書いたっけを思い出しつつ、気分は一からスタートで打ち直すんです。
予定では今日から白州に行くつもりだったんですが、この記事を始末してしまいたいのと、昨夕が睡眠不足なのと、どうも疲れがありそうなので、白州行きは1日延期したんです。
さて、では紀行文に。
2日目の宿泊ホテルは島の南東の端に有る。ちなみに豊島から着いた土庄港は島の西の端です。距離では20km弱でしょう。車で1時間弱でしょうか。
いつものように5時前には目が覚める。今日は朝風呂優先にして散歩には出なかった。そのかわり紀行文②を打ち込んでました。6時に3人で風呂に行って、7時から朝食。バイキングの朝食というからここではホテルの朝食を選択しました。とは言っても「地場物らしい食材」をチョイス。朝から魚の煮付を頂いたり。めだったのは醤油ですかね。小豆島って醤油生産が盛んな土地なんですね。なんでこんなところに醤油製造が? でちょっと調べてみたら、「塩」が手に入りやすかったことが大きい要因だったようです。そんなことだけかい? なんですが、島には何軒もメーカーがあって、特に泊ったホテルの近くには「醤油街」と呼ばれる一帯があり、大きな樽が並んでるんだろう倉庫の長~い屋根が町を作ってる、そしてその一帯は醤油臭いんです。 で、食事に出て来る醤油も6種類(甘め、辛め、その中をさらに分類してたな)あって、解説がされてて、お好きなものをどうぞ となってました。僕にはどれも「クセが有るな」で、別にこれでなくっちゃはなかったです。たくさんあるメーカーの中で差別化したいから、いろいろ作るんだろうな。
8時半出発。まず「道の駅小豆島オリーブ公園」に向かいました。小豆島に行った人は絶対訪れる場所のはず。だいぶ前ですが、NHKの「駅ピアノ」でここの「ギリシャ風車」の前にピアノ置いてロケやった番組を見たし、この風車の前で箒を股に挟んでジャンプし、写真撮るのが有名なので知ってる方も多いでしょう。なのに「道の駅」の一部で入場料はないんです。 昔映画「魔女の宅急便」を撮影したところとしても有名みたい。
当然僕達も飛んでパチリしてきました。飛ぶ、写真を見る、大笑いする、この時周りで見てる人も笑い顔になる。「おやりになったらいいじゃないですか」と声かけると、やらない人いないですね。そしてまたみんなんで笑う。老若男女関係ないです。みんなやってました。飛ぶのが怖い人は片足あげて、上体でポーズを作る それでも面白い絵になるんですね。これはですね動画はダメです。一瞬を切り取った写真だから笑えるんですよ。静止画だって静止画としての強み有るもんだなを勉強しました。
当然オリーブの畑であって、収穫し、オイル、食材、化粧品に加工して出荷してる施設なんですよ。ちょうど実がなってたので、まだ緑の奴と少し茶色くなってるのと2つかじってみた。いや~ひどい味でした。これまで経験したこういう「お試しかじり」でこれほど不味い、その不味さの表現すらできないのはこれが初めて。美味しいと思う頃合いってのがあるんかいな?
園の中に昭和25年3月15日 昭和天皇がご自身で植えられたという木がありました。まだしっかり生きてる木だったですよ。樹齢は75年ほどになるのかな。植えられた日が私が生まれた日の一か月ちょっと後だというので、どこか親しみを持ったりして。
今は観光農園になってるが、元々はほんとの、ただの畑だったんですね。100数年前日本でもオリーブをとなって欧州から種か苗を貰って、国内数か所で試験した。しかし生き残り、育ったのは小豆島だけだったという歴史を知りました。
そこから国立公園「寒霞渓」を観に行った。こんな小さい島に国立公園? 日本三大渓谷美だ? ちょっと信じられないんだけど、それなりの渓谷でした。ちょうと紅葉が美しい時季だったのも良かったな。土がむき出しになってる崖肌からはこの地層が昔は海の下の堆積層だったことを簡単に想像できるものでした。隆起して、浸食されてこうなったんだが解り易い。
後で分かってちょっと後悔するんですが、寒霞渓の頂上は車で行けちゃうんです。なのに、我々はガイドに従い往復1人2700円のロープウェイを使ったんですよ。勿体なかったな。 頂上からは北に岡山県の東部から宇野あたりまでが見える。南は讃岐の山が見える。これは霞んでて見えなかったが、東には淡路島が、西には瀬戸大橋が見えるんだそうです。瀬戸内海って穏やかな海なんですね。なんともゆったりしてる。
寒霞渓を降りると次の予定はない。やはり小さい島だから行きたい場所ってそんな無いよ。直島、豊島のように「芸術で島お越し」みたいな文化もないしね。だからだろうけど、あんな小さい2つの島にあれだけ外人さんがいたのに、ここにはほとんどいない。直島豊島にいた外人さんたちの思考、求めてるものが見えてくる気がする。
寒霞渓は島の真ん中、帰りのフェリー乗り場は島の北東の端。出発時刻までまだ3時間ちょっとある。港に1時間前に着くとして、行くあてもなく、大回りのドライブに出た。本来なら東に向かうのだが、ここは西に山越えで向かった。そしたらさっきいた寒霞渓頂上の駐車場があったってわけ。昨日昼を食べたカレー屋さんの北側だと思えるあたりまで西へ。そこから北に向かって海岸線に。ここからは海岸沿いに東へ。ひたすら一本道で福田港に行ける。時間はたっぷり。
道の駅「大阪城残石記念公園」があって立ち寄った。暇つぶしのつもりだったのが、思わぬ収穫が。大阪城を作ってる石積みの石って小豆島から切り出したんですってね。その歴史資料館が併設されてたんです。どんな工具を使って、どんな手順で切り出し、大阪に運んだかが理解できました。全部人力だが、よくやったもんだよな。火薬で発破して、崩すんだが、火薬を詰める細い穴 深いのは5mもあるようだ。鉄棒のノミを叩き込んで掘ったらしい。気が遠くなる話。 うん、いい物にであったな、勉強になった。
この道の駅では地元の素麺を提供してるようで、昼の軽食にといただいた。 出汁が関西風、薄味で美味かった。こういうのが美味いよな。
ちょどいい頃合いかな、福田港に向かう。港でレンタカー乗り捨て。ほんとに乗り捨てなんです。営業所なんて無い。この駐車場に入れて、窓は全部閉じ、運転席のドアは鍵掛けないで、キーは運転席の上の日除けカバーの裏に隠す。 最後にその旨電話連絡する そういう指示だったんです。今現在何も言ってこないから、無事回収できたんだろうな。 田舎、島らしいな。
福田港で出発までの1時間暇つぶし。お茶できるお店を探すが何処にもない。コンビニもない。聞きにはいったお兄さんに「この近所にどこかないか?」と聞いたら「ないんです。すみませんね。」と謝られた。それくらい何も無い漁村でした。それでも姫路に行くフェリーはここから出てる「小豆島フェリー」だけらしく、船の発着時は人があつまってくる場所。そんなもんだね。
フェリーは1.5時間乗ってる。乗るまえから、畳の部屋で横になって寝ると決めて乗船。寝ました。寝れました。定刻の5時に姫路港に上陸。イヤイヤここから一つ思い出ができたんですよ。港からJR姫路駅に行くバスを利用したのですが、バスの発車が17:35、所要時間が25分、新幹線の発車が18:11。すんなり行っても駅で10分しかない。夕食のお弁当を買うのも難しそうとなった。信号でやたら止まるは、田舎のくせにやけに車が多いは。 イライラした、ハラハラもさせられた。どうにか定刻に駅についたが、改札口が分からんは、遠いは。とうとう走りだした。どうにか改札を通って、つぎは新幹線乗り場を探す。「新幹線」「大阪方面」の2つをよんでここだーでエスカレーターでホームへ。違うぞ、ここは在来線だ。降りろ! 新幹線何処だ? あそこ! 走る走る。ホームに駆け上がった。後ろから「ひかり520号」が入線してきた。横を行き過ぎる12号車をおいかける。乗れた! なにも買ってこなかった。 そういえば新幹線って車内販売辞めたよね。えっ飯無し、酒無しの3時間かい? 紀行文作りに没頭だ。 それがどうだ、2時間の労作が無くなる結果になるんですよ。 辛いな。
新横浜から横浜線、田園都市線と乗り継いで中央林間に。コンビニで何か買ってと考えてたが、駅前の東急ストアがまだ営業してる。しかもお寿司の詰め合わせなんか50%引きになってる。売り切っちゃいたいもんな。世の中の知らなかった一面を見た感じ。
(写真はこちら)
予定では今日から白州に行くつもりだったんですが、この記事を始末してしまいたいのと、昨夕が睡眠不足なのと、どうも疲れがありそうなので、白州行きは1日延期したんです。
さて、では紀行文に。
2日目の宿泊ホテルは島の南東の端に有る。ちなみに豊島から着いた土庄港は島の西の端です。距離では20km弱でしょう。車で1時間弱でしょうか。
いつものように5時前には目が覚める。今日は朝風呂優先にして散歩には出なかった。そのかわり紀行文②を打ち込んでました。6時に3人で風呂に行って、7時から朝食。バイキングの朝食というからここではホテルの朝食を選択しました。とは言っても「地場物らしい食材」をチョイス。朝から魚の煮付を頂いたり。めだったのは醤油ですかね。小豆島って醤油生産が盛んな土地なんですね。なんでこんなところに醤油製造が? でちょっと調べてみたら、「塩」が手に入りやすかったことが大きい要因だったようです。そんなことだけかい? なんですが、島には何軒もメーカーがあって、特に泊ったホテルの近くには「醤油街」と呼ばれる一帯があり、大きな樽が並んでるんだろう倉庫の長~い屋根が町を作ってる、そしてその一帯は醤油臭いんです。 で、食事に出て来る醤油も6種類(甘め、辛め、その中をさらに分類してたな)あって、解説がされてて、お好きなものをどうぞ となってました。僕にはどれも「クセが有るな」で、別にこれでなくっちゃはなかったです。たくさんあるメーカーの中で差別化したいから、いろいろ作るんだろうな。
8時半出発。まず「道の駅小豆島オリーブ公園」に向かいました。小豆島に行った人は絶対訪れる場所のはず。だいぶ前ですが、NHKの「駅ピアノ」でここの「ギリシャ風車」の前にピアノ置いてロケやった番組を見たし、この風車の前で箒を股に挟んでジャンプし、写真撮るのが有名なので知ってる方も多いでしょう。なのに「道の駅」の一部で入場料はないんです。 昔映画「魔女の宅急便」を撮影したところとしても有名みたい。
当然僕達も飛んでパチリしてきました。飛ぶ、写真を見る、大笑いする、この時周りで見てる人も笑い顔になる。「おやりになったらいいじゃないですか」と声かけると、やらない人いないですね。そしてまたみんなんで笑う。老若男女関係ないです。みんなやってました。飛ぶのが怖い人は片足あげて、上体でポーズを作る それでも面白い絵になるんですね。これはですね動画はダメです。一瞬を切り取った写真だから笑えるんですよ。静止画だって静止画としての強み有るもんだなを勉強しました。
当然オリーブの畑であって、収穫し、オイル、食材、化粧品に加工して出荷してる施設なんですよ。ちょうど実がなってたので、まだ緑の奴と少し茶色くなってるのと2つかじってみた。いや~ひどい味でした。これまで経験したこういう「お試しかじり」でこれほど不味い、その不味さの表現すらできないのはこれが初めて。美味しいと思う頃合いってのがあるんかいな?
園の中に昭和25年3月15日 昭和天皇がご自身で植えられたという木がありました。まだしっかり生きてる木だったですよ。樹齢は75年ほどになるのかな。植えられた日が私が生まれた日の一か月ちょっと後だというので、どこか親しみを持ったりして。
今は観光農園になってるが、元々はほんとの、ただの畑だったんですね。100数年前日本でもオリーブをとなって欧州から種か苗を貰って、国内数か所で試験した。しかし生き残り、育ったのは小豆島だけだったという歴史を知りました。
そこから国立公園「寒霞渓」を観に行った。こんな小さい島に国立公園? 日本三大渓谷美だ? ちょっと信じられないんだけど、それなりの渓谷でした。ちょうと紅葉が美しい時季だったのも良かったな。土がむき出しになってる崖肌からはこの地層が昔は海の下の堆積層だったことを簡単に想像できるものでした。隆起して、浸食されてこうなったんだが解り易い。
後で分かってちょっと後悔するんですが、寒霞渓の頂上は車で行けちゃうんです。なのに、我々はガイドに従い往復1人2700円のロープウェイを使ったんですよ。勿体なかったな。 頂上からは北に岡山県の東部から宇野あたりまでが見える。南は讃岐の山が見える。これは霞んでて見えなかったが、東には淡路島が、西には瀬戸大橋が見えるんだそうです。瀬戸内海って穏やかな海なんですね。なんともゆったりしてる。
寒霞渓を降りると次の予定はない。やはり小さい島だから行きたい場所ってそんな無いよ。直島、豊島のように「芸術で島お越し」みたいな文化もないしね。だからだろうけど、あんな小さい2つの島にあれだけ外人さんがいたのに、ここにはほとんどいない。直島豊島にいた外人さんたちの思考、求めてるものが見えてくる気がする。
寒霞渓は島の真ん中、帰りのフェリー乗り場は島の北東の端。出発時刻までまだ3時間ちょっとある。港に1時間前に着くとして、行くあてもなく、大回りのドライブに出た。本来なら東に向かうのだが、ここは西に山越えで向かった。そしたらさっきいた寒霞渓頂上の駐車場があったってわけ。昨日昼を食べたカレー屋さんの北側だと思えるあたりまで西へ。そこから北に向かって海岸線に。ここからは海岸沿いに東へ。ひたすら一本道で福田港に行ける。時間はたっぷり。
道の駅「大阪城残石記念公園」があって立ち寄った。暇つぶしのつもりだったのが、思わぬ収穫が。大阪城を作ってる石積みの石って小豆島から切り出したんですってね。その歴史資料館が併設されてたんです。どんな工具を使って、どんな手順で切り出し、大阪に運んだかが理解できました。全部人力だが、よくやったもんだよな。火薬で発破して、崩すんだが、火薬を詰める細い穴 深いのは5mもあるようだ。鉄棒のノミを叩き込んで掘ったらしい。気が遠くなる話。 うん、いい物にであったな、勉強になった。
この道の駅では地元の素麺を提供してるようで、昼の軽食にといただいた。 出汁が関西風、薄味で美味かった。こういうのが美味いよな。
ちょどいい頃合いかな、福田港に向かう。港でレンタカー乗り捨て。ほんとに乗り捨てなんです。営業所なんて無い。この駐車場に入れて、窓は全部閉じ、運転席のドアは鍵掛けないで、キーは運転席の上の日除けカバーの裏に隠す。 最後にその旨電話連絡する そういう指示だったんです。今現在何も言ってこないから、無事回収できたんだろうな。 田舎、島らしいな。
福田港で出発までの1時間暇つぶし。お茶できるお店を探すが何処にもない。コンビニもない。聞きにはいったお兄さんに「この近所にどこかないか?」と聞いたら「ないんです。すみませんね。」と謝られた。それくらい何も無い漁村でした。それでも姫路に行くフェリーはここから出てる「小豆島フェリー」だけらしく、船の発着時は人があつまってくる場所。そんなもんだね。
フェリーは1.5時間乗ってる。乗るまえから、畳の部屋で横になって寝ると決めて乗船。寝ました。寝れました。定刻の5時に姫路港に上陸。イヤイヤここから一つ思い出ができたんですよ。港からJR姫路駅に行くバスを利用したのですが、バスの発車が17:35、所要時間が25分、新幹線の発車が18:11。すんなり行っても駅で10分しかない。夕食のお弁当を買うのも難しそうとなった。信号でやたら止まるは、田舎のくせにやけに車が多いは。 イライラした、ハラハラもさせられた。どうにか定刻に駅についたが、改札口が分からんは、遠いは。とうとう走りだした。どうにか改札を通って、つぎは新幹線乗り場を探す。「新幹線」「大阪方面」の2つをよんでここだーでエスカレーターでホームへ。違うぞ、ここは在来線だ。降りろ! 新幹線何処だ? あそこ! 走る走る。ホームに駆け上がった。後ろから「ひかり520号」が入線してきた。横を行き過ぎる12号車をおいかける。乗れた! なにも買ってこなかった。 そういえば新幹線って車内販売辞めたよね。えっ飯無し、酒無しの3時間かい? 紀行文作りに没頭だ。 それがどうだ、2時間の労作が無くなる結果になるんですよ。 辛いな。
新横浜から横浜線、田園都市線と乗り継いで中央林間に。コンビニで何か買ってと考えてたが、駅前の東急ストアがまだ営業してる。しかもお寿司の詰め合わせなんか50%引きになってる。売り切っちゃいたいもんな。世の中の知らなかった一面を見た感じ。
(写真はこちら)
そして本旨。僕の性格を誉めてらっしゃるが、誉められるほどのことじゃないです。この歳になると簡単に諦め、自分の中で収めちゃうんだな。怒ったって、泣いたって何か変わるわけじゃなし、出現した状況に「分かりました」と納得して先に行く。 それが一番楽だからです。 全てを望んだって全部手に入らんのが世の中ですよ。 流して行こう です。
まず単純に料金、 509円と410円で東急にメリット。大和直通の電車本数 1時間に2本なんだね。上手くあえばだけどね。
所要時間は電車時間だけで比較すると、長津田経由が24分、大和経由が21分 相鉄が若干いい。
トータルで長津田をせんたくですね。
さて、福井に帰る場合に話がふくらんだが、これも東海道まわり、米原経由という従来法で変わらんな。
うん、恐竜博物館は行く価値有りだ。
紀行文全体から感じたのは、予想からかけ離れた事態が生じても、じきに立ち直って、修正する岳さんの変わり身の早さである。自分なら、腐って、あきらめてしまうところだが、岳さんにはそれがない。逆境へ立ち向かうか、かわすかしながら、乗り越えてゆく。しかもできるだけ、結果的に、思いが叶うよう最善を尽くす。まあ、対応力の早さと言ったらいいのか……そうだ、俺は岳のように強くありたい‼ そう思いました。
最後に余計なことを言います。奥様と、娘ささんのたたずまいを書いてください。紀行文が立体的になります。地理の説明は省いてもよろしい。なんちって、これからか……④があるのかな……しかし、よかった……
新幹線を降りてからの在来線との格差を感じません。旅の疲れを感じずに家路を辿れます。
相鉄線沿線住民のひいき目ではありません。
流石お嬢さん、良いことにお気づきでしたね。
来年開業の敦賀行き北陸新幹線の利用でも、新横浜・東京駅間は値段は張りますが「こだま」利用で
、恐竜博物館を見に行きたいと思います。
相鉄利用は横浜線に乗ってから娘が言い出した。時刻表も確認してくれた。たまたまあの時間だと相鉄線経由にいい電車があったよう。3分早いとか言ってたな。
本数が少ないこと、昔から長津田経由がルートになってること まっ変えなくてもいいんじゃないか。そう違わんでしょう。なんか遠回りするような感覚はある。
昔、姫路駅でひかりが停車駅で、止まった正面に駅弁売りのスタンドがありましてね、私が躊躇していると、売り子のおばさんが「大丈夫よ、買いに来て!」と大声で誘われるままに買いに行きまして、滑り込みセーフだったけれど、とても美味しかったんですよ。
それ以来穴子寿司ファンです。
帰りは長津田周りでなく、新横浜から、相鉄西谷まで二駅、そこから特急で二俣川経由大和まで、そこから小田急で南林間の方が早かったと思います。新横浜、二俣川、大和でレストランのチャンスもあって、3時間の飯無し酒無しが報われたかも。
大阪から西はJR西日本なので、車内販売はやっていると思いますけれど。お腹空いたでしょ。