カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

堂々としたいじめとはこのようにやる   ヒトラーの忘れもの

2018-12-08 | 映画

ヒトラーの忘れもの/マーチン・サントフリート監督

 戦後ナチスから解放されたデンマークで、捕虜となったドイツの少年兵たちを使って、海岸線に埋設されていた地雷を撤去する作業を行っていた。ナチスの蛮行に苦しめられた人々を代表するかのようにデンマーク人の鬼軍曹が、罵倒しこき使いながらドイツ兵を苦しめていた。地雷の撤去なので事故も多く、犠牲者は増えていく。ろくに食べ物も与えられず、疲弊してもいく。そういう中にありながら、鬼軍曹の心情に変化がみられていくのだった。
 戦争といのは戦後も続いて簡単に終わるものでは無い事が描かれている。ドイツの敗戦後、ドイツ人は多くの犠牲者を出している。それは復讐という事だったのだろうし、犠牲者とされる人々が起こした第二の戦争である。結局戦後処理の名において、多くのドイツ兵を含む敗戦国の捕虜はなぶり殺しに近い虐殺を受けたということだろう。何と処罰も無いのだから、事実上の容認リンチ殺人だったのかもしれない。
 戦後もこれだけの時間がかかり、そうしてこのような映画が撮られるようになった意味は深いものがある。鬼軍曹の執拗な罵倒やいじめは軌道を逸した狂気だが、それはナチスに対してなすすべが無かった自分に対する怒りを、何の罪もないドイツ人であるというだけの弱き青年に向けられる激しい憎悪である。戦後の一般大衆の持っている怨みを代表して、私的に個人を懲らしめているのである。なんとも矮小で唾棄すべき人間像なのだが、それが戦争に苦しめられたものの怒りの本質なのだろう。
 何度も憎悪の葛藤に苦しめられる人間をしつこく描いて、絶望的な気分に陥れられるが、はっきり言って名作である。嫌な気分になりながら僕ら人間を見つめ直そうではないか。
コメント
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