西部劇と懐かしのカントリー&ウェスタン日記

現代とはかけ離れたOld Countryの世界ですがずっと続けていきます。興味のある方は時々のぞいてみて下さい。

懐かしのカントリー&ウェスタン ー229ー (マック・ワイズマン )

2014年04月27日 | 懐かしのカントリースター
Mac Wiseman / Country Music Hall Of Fame に選ばれる 
  
兄と弟のマック・ワイズマン(1) 
日本盤 ビクターRCA-5191 Concert Favorites / Mac Wiseman
(1)Eight More Miles To Louisville (ルイヴィルへ8マイル) (2)Keep On The Sunny Side (陽気に行こう) (3)It Rains Just The Same In Missouri (ミズリーの雨)(4)Mama, Put My Little Shoes Away (5)City Of New Orleans (6)Will The Circle Be Unbroken (永遠の絆)(7)Sunny Side Of The Mountain (8)A Tragic Romance (9)Catfish John (10)Let's All Go Down To The River</front></front>
米国盤 Rural Rhythm Records RRMW-258 Mac Wiseman Sings Old Time Country Favorites 
(1)I Saw Your Face In The Moon (月に浮かぶ影) (2)More Pretty Girls Than One (3)The Georgia Mail (4)Mary Of The Wild Moor (5)Wreck Of The Old 97(97年型の大破) (6)Little Mohee (7)How Many Biscuits Can You Eat (8)Sittin On Top Of The World  (9)Roving Gambler(さすらいの賭博し) (10)Corina Corina (11)Little Blossom (12)Just Over In Gloryland (13)Grandfathers Clock (おじいさんの古時計) (14)Turkey In The Straw (藁の中の七面鳥) (15)The Waltz You Saved For Me (16)I'll Be All Smiles Tonight (17)Midnight Special (18)When They Ring Those Golden Bells (19)The Black Sheep (20)Sourwood Mountain </front></front>

数少ないブルーグラスミュージックの第一世代生き残りマック・ワイズマン(1925年~現在 ヴァージニア州出身 88才になるそうです)がアメリカの Country Music Hall Of Fame に選ばれたようです。アメリカのカントリーサイトに ”Country Music Hall Of Fame Taps Ronnie Milsap, Mac Wiseman, Hank Cochran ” と出ていました。 

ブルーグラス大好き人間だった亡くなった弟と話したことを思い出しながら書いていますが、私がかつて「 ブルーグラスの歌手は哀しい歌も感情を込めることなく淡々とアップテンポで歌うからなんだか物足りなくなるんだよ、ブルーグラスは5~6曲も聴けばあとはみんな同じと思えるんだよな。だから兄ちゃんはカントリーの方が好きなんだよ。ブルーグラスもね、Country song が歌えるような歌手がいいと思うんだ・・・・・ハイロ・ブラウン、マック・ワイズマン、ジム・イーンズ、チャーリー・ムーア等ね。レスター・フラットもカントリーが歌えるからいいよ。ビル・クリフトンも情緒があっていいね・・・・」 なんていう風な会話をしたことを覚えている。 今となっては皆んな古くなってしまってマックを除いて故人になってしまったけど自分の好みは今も変わらない。 

今日のレコードは私が持っているものと弟が残していったマック・ワイズマンのレコードです。 
最初のLPレコードは私ので、一番気に入っている曲は ”It Rains Just The Same In Missouri (ミズリーの雨)”。マック・ワイズマンの歌の中でどれが好きか-といわれたら私は断然この曲をあげます、まさに私にとってのマック・ワイズマン カントリーのベスト曲。Ray Griff という人の作品で内容もいいので他の歌手が歌っていないかと長年気を付けていたけれどマックだけしか歌っていないようで残念、マックはスティールギター、フィドル(カントリースタイルのバイオリン)、ドーブローギターを伴奏にしっとりと歌っています・・・・・”君はこのアイダホと僕から遠く離れて 傷つくことのないミズーリーへ去るという、でもねアイダホに降る雨もミズリーに降る雨も同じなんだよ・・・・” と歌う。 
このアルバムにはカントリーのスタンダードとも思われる曲が入っていることもさりながら マック・ワイズマンという人はわりとみんなが知っているような民謡的な Traditional Song を歌ってくれるのでそんなところもいいところ。 
 
それは2枚目にあげたLPレコードにも表われています、弟はなかなか珍しいレコードを買っていたなぁと思う・・・私が言ったことがちょっと頭にあったのかも知れないですが・・・・・Rural Rhythm レコードというのはアメリカの草の根のカントリーともいうべきマイナーレコード会社でスマートさはないんだけど発表したいアーチストの方針や聴く人の要望に応える優しいレコード会社という感じがします。今でも昔のレコードがCDになって出ているようで根強い活動をしているんでしょうね。(1)I Saw Your Face In The Moon という曲はマックは好きなのかよく歌っているようです、カントリーではたしか Webb Pirce が歌ったものがあったと思う。20曲も詰め込んであるレコードなので曲によっては短くなっていたりですが雰囲気は十分で、ドーブローギターが大活躍で時々オートハープやハーモニカが伴奏を付けてくれるものになっています。バンジョーとマンドリンは全く無しなので完全に Old Country を意識した作りになっている、ゆっくりめの曲が素敵でバーボンウィスキーやコーヒーを飲みながら仕事したり 汗を流す作業したりでバックにさりげなく低く流すにはいいかもなぁとー思っているもの。 マック・ワイズマンのCDとかは全く見たことがなくて博多タワーレコードに行ってもありませんでした、日本ではもう忘れられた存在なのかも。

ところで、先の英文で”選ぶ”と言うのは普通 elect という単語を使うと思うんですが tap という表現がしてあります。 辞書で調べてみると<米>[クラブのメンバーとして]・・・・を選ぶ、任命するーと使うようです、アメリカで使う表現らしい。勉強になるなぁ。
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つれづれに(四国の道)

2014年04月23日 | つれづれに
   
四国の道 
学生時代の友人からまったく久し振りに携帯にメールがあった・・・・・いま四国をお遍路で回っているという、全て徒歩の一人旅らしい。市役所を退職してから何回か手術を受けるような病気をして心境の変化があったのかも知れない? 健康の有り難味を感じたのかもしれない。 88ヶ所のお寺を巡るようなのでそれなりに体力が要る、本人は若い頃から山岳会に入ったりして山歩きは大好きだったようなのでやっと自由に動けるようになったことで嬉々として巡っている様子だ。 何回かに分けて巡るようで今回は和歌山に渡って高野山まで行き、その後は東北地方を旅するとのこと、全部歩く2ヶ月以上の旅スタイルだと江戸時代と変わらないことになる。 こちとらは日々の仕事に追われて休みの日はもっぱら休養につとめる日々が続いているのに何とも羨ましい。日本には東京から東北にかけて芭蕉の「奥の細道」どおりに旅する などのお手本があるからそんなのもいいかもーとメールした。   
 
写真はある情報誌に載っていたお遍路の旅図(88のお寺名が載っているカメラがオンボロで写りが悪いのが残念) 

平成26年10月19日(日)博多で結婚式があったとかで来福の友人に会った・・・・また来年残りのお寺を巡るという、目的のあるゆっくり旅は楽しいという。病みあがり間もない自分としても元気回復したら司馬遼太郎的な紀行旅に出かけるよと話した
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つれづれに(中身は大事)

2014年04月20日 | カントリー&ウェスタンの本
   
古いけれど情熱を感じる本 
天神に行った時にときどき寄る古本屋さんで珍しい本に出逢った。本というよりか会報誌ですがまあクラッシックカントリーが好きな人にはお宝に出逢ったみたいなものです。私は全くその存在すらも知らなかったものです。 
「アメリカ民謡研究会誌 Western Journal Jan.1959 新年号 Vol.2」と書いてあります・・・・昔関西地区にあったCountry & Western 音楽愛好会の会報誌なんでしょう。1959(昭和34)年となっていますが、その時代って私のような団塊世代が小学校4~6年生に当たると思うので日本の Country & Western 音楽にとっては相当に古い時代にあたるもので、私なんかはまだカントリーの”カ”の字も知らなかった頃のものなんですね。 
 
びっくりするのはその内容の濃さです、紙質は昔のワラ半紙で決してよくないのに載っている内容ときたらその何十倍で、情報が少なかった時代を思うと、こんな情報がどうして入手できたのだろう-と不思議に思えるくらいで 今から見ても内容の濃さは一級品だと思う。ジミー・ロジャースの表紙は幹部会員の方の手書きで秀逸。小さく目次を載せてみました、点線の右には執筆者の個人名があるので削りましたが皆さん熱心さの塊(かたまり)という感じです・・・・・この American Folk Music Society の会長さんがなんと昔から音楽評論活動されている清水敏夫さんです、私は清水さんからカントリーのLPレコードを頂いたことがありますが こんなに古くから活動されているとは思いませんでした、この会報誌をみて納得です。 氏は Hank Williams 総論という記事で他の人と対談されています。折りしも Hank Williams ジュニアがデビューするかもしれない-という頃の話で ”ランダル君(ハンクの息子)が大成することに期待はしているが、僕は必ずしも彼がハンク芸術の後継者でなくともよいと思う。寧ろ攪乱したウェスタン界をオーソドックスなサウンドに引き戻す立場の人になって欲しいと思うね。”といわれています・・・・・ 
 
その頃からすると随分年月が流れて 今はもっとカントリーミュージックが混沌としています・・・・私なんか新しいカントリーをほとんど知らなくなって 果たして自分はカントリ-ミュージックが好き、Country Music ファンです-と自信を持って言えるんだろうかと懐疑的になっています。 

この会報誌を見てよかったのは111曲の Jimmie Rodgers 全作品表が載っていて各曲にジミーが歌ったときのキー(CとかGとかEフラットなど)が書いてあることでした。それに、Folk Singer シリーズという記事でカール・サンドバーグ(Carl Sandburg)のことが載っていて彼の「 Cowboy Songs and Negro Spirituals 」というLPレコードの写真が載っていたことです(私は初めて知りました)。

最後に当時の関西地区の会員の方達の一覧表がありますがその数の多いことにびっくり、高齢になられても皆さん Country Music 魂は健在でしょうかね。

さて、載っているクイズコーナーもハイレベル、参考までにひとつはこんな具合です「 Porter Wagoner Trio は Satisfied Mind のヒットで俄然有名となりましたが Trio とは Porter Wagoner のほかに誰と誰でせう」ですって・・・・・どうでしょう。 まあ私達だって好きだったらベンチャーズやブラザーズ・フォーのメンバーを今だにいえるくらいだから当時の人達にとっても言えたんでしょうかね。 

古い本なのに刺激になりました、200円でした (写真は本の表裏と目次の一部です)
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西部劇ー32-(ゲイリー・クーパー西部劇 ”真昼の決闘”) Part4

2014年04月13日 | 西部劇映画

 
真昼の決闘( High Noon ) Part 4
主題歌を歌うテックス・リッターについて


トップの写真は1992(平成4)年にドイツの Bear Family Records 社から出されたテックス・リッターの「 High Noon 」というタイトルのCDです( BCD-15634 AH )。これに載っている解説はテックス・リッターのカウボーイ&カントリー歌手としての一大物語になっているので後日訳して載せてみたいと思っていますが、途中 西部劇「 真昼の決闘( High Noon )」の主題歌を歌うようになったいきさつが書いてあります。 丁度よい機会なのでこの部分だけ訳して載せることにしました、自分なりに補足・脚色を入れています・・・・・以下訳・・・・・

「1950年頃にはテックスは経済的に生き残るために国中を巡業してまわることに頼っていました。かつて自分が活躍した西部劇映画( B Western と表現 )はすっかり衰退してしまい かわって登場したテレビ西部劇にはお呼びがかかりませんでした。( 時代的に )Cowboy Song は売れなくなってしまい、彼のレコードももはやトップチャートに挙がることもなくなっていたのでした。こうした状況の中で 彼にはヒットレコードが必要になっていたのです・・・・そんな時に彼のもとに1本の電話がかかってきました・・・・ディミトリィ・ティオムキン( Dimitri Tiomkin )からのものでした。ある映画のサウンドトラックに唄を歌って欲しいと頼んできたのです。

スタンリー・クレイマーはゲーリー・クーパーとグレース・ケリーを使って新作西部劇 ” High Noon(真昼の決闘)” を完成させたのですが、試写の後この映画が静かすぎるということと 繰り返し出てくるクーパーが歩くシーンの退屈さを 何かで打破しないとお蔵入りになる-と判断したのでした。そこでディミトリィ・ティオムキンにこの映画を救ってくれるような曲を書いてくれ-と頼んだのです。ティオムキンはそうした退屈さをおぼえるような場面に一つの唄を繰り返し流したらどうだろうか-と考えました。 数日してメロディが出来上がると 作詞家の ネッド・ワシントン を呼んで歌詞を付けてくれるように頼んだのでした。二人は歌詞とメロディを抱き合わせて  ”High Noon ” を作ったのですが、それを 誰か Cowboy Singer にレコーディングしてもらう必要がありました。そこでティオムキンがテックス・リッターに白羽の矢を立てて電話して頼んだという訳です。
(CD解説に載っていた写真で白い服がディミトリィ・ティオムキン、真ん中がテックス・リッター、右がネッド・ワシントン) 

テックス・リッターはマール・トラヴィス( country guitar の名手 )他数人のミュージシャンを連れてスタジオ入りして サウンドトラックの下録音をしました。 録音が終わった後に、たとえ試写を見た人達にこの映画が評判悪かったとしても ティオムキンは Tex Ritter にキャピトルレコード社でレコーディングすることを提案しました。当時のキャピトルレコード社のプロデューサーは Ken Nelson でしたが、このアイデアに対する彼の反応は冷ややかなものでした。 そこで今度はティオムキンはコロンビアレコード社に話を持って行き、フランキー・レインとミッチ・ミラーがレコーディングする手はずを取りつけたのです。 ところが、それを聞いた Ken Nelson 等キャピトル社は心変わりして急遽 Tex Ritter をスタジオに呼んで ”High Noon ” を録音して6月21日に発売したのでした(19522=昭和27年5月14日録音)。 それはコロムビアレコード社のフランキー・レイン盤が出される1間前のことでした(フランキー・レインは1952年5月15日にニューヨークで録音)。 

キャピトルレコード社の連中はすぐにミスったな-と気付くことになります。 
というのは、当時のカントリーのミュージシャンやファンはドラムが好きではありませんでしたので、現在映画内でお馴染みになっている重苦しいドラム音は最初のテックス・リッター録音盤には入れられていませんでした・・・・・ところが、フランキー・レイン盤の方はドラムが入ることで歌に印象深い効果をもたらしていたのです。 そこで ケン・ネルソンはドラムをオーバーダビングしたテックス盤を発売し直したのでした、それが今に聴かれるキャピトル盤 ” High Noon ” というわけです。 
 
イギリスでは Decca Records 社が米キャピトルレコードの版権を持っていましたので そこのプロデューサーDick Rower は「 真昼の決闘 」を見てその挿入歌の効果にすっかり魅了されてしまいました。イギリスでは既にドラムなしのオリジナルレコーディング盤が出されていました。その歌の忘れられなくなるほどの効果はレコードにはなかったので Dick Rowe はそれをいじるような選択はせずに新しく録音し直すことにしたのです。

テックス・リッターがイギリス公演にやってきた時に Decca スタジオでの録音セッションを企画しました。この時の録音は他のどの録音よりもアレンジ、サウンド共にオリジナルに近いものでしたし、テックスの最高のレコーディングになりました( Master No.MSC126、Release No.CL13778 )。 不幸なことに、このイギリス録音盤はアメリカのキャピトル社からは発売になりませんでした。 
テックス・リッターが初めてこの歌を聴衆の前で歌ったのは この時のイギリス公演のロンドンが初めてだったのです。テックスはキャピトル盤LPレコード ” Tex Ritter : An American Legend(SKC-11241)” の中で1973(昭和48)年5月にスコットランドとイングランドを巡る31日間の演奏ツアーをした時のある夜のコンサートで、聴衆の前で-この歌を初めて歌ってから21年経つけれど今でも最もリクエストが多いのは ” High Noon ” なんです-と述べるにいたっています。

アカデミー賞授賞式の時にテックスは ” High Noon ” を歌うように要請されました。しかし、彼は Academy 賞選考ほどにはその歌にそれほど感銘を受けませんでした。式の間中その唄を歌うことになったいきさつについて喋らされなければならなかったからです。アカデミー賞では 「 真昼の決闘(High Noon)」はベストソングと最優秀作品賞、ゲーリー・クーパーの男優賞、ベスト制作を受賞しました。かくしてテックス・リッターは再び国中の注目を浴び、Cowboy singing talent の栄誉に輝いたのでした。」

<ここで私の想像をちょこっと>
キャピトルレコードの Ken Nelson がはじめ ” High Noon ” のレコーディングに冷淡だったのは映画そのものを観ていなかったからではないでしょうか・・・・見てはじめてこれはすごい映画だ-と感じて あわてて Tex Ritter のレコーディングに踏みきった・・・・と想像します。今に轟く名作ですから当時 鑑賞してみて驚いたとしても想像に難くないですね。ちなみに、このCDにはここで出てきた Tex Ritter 録音盤の全てが入っています

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西部劇ー32-(ゲイリー・クーパー西部劇 ”真昼の決闘”) Part3

2014年04月07日 | 西部劇映画

    
真昼の決闘 ( High Noon ) Part 3  脇役 2

4人の無法者たち について


「真昼の決闘」に出てくる悪漢4人はいずれも面構えがいかにもそれらしくて凄みがあって画面に緊迫感を与えています・・・・・なかなか Good です。
  
登場順に リー・ヴァン・クリーフ演ずる痩せ型でするどい目つき、精悍な感じのコービー(2挺拳銃で、汽車を待つ間にハーモニカなんかを吹いている)。 Lee Van Cliff はこの頃は映画、テレビを含めてたくさんの西部劇に出ていておなじみさんという感じで、彼が出てくると何かをやらかす-という緊迫感があります。「 High Noon 」 のタイトルの後にすぐ現れるので 悪役とはいえ印象に残って得してます・・・・本人にとっても後年イタリアのマカロニ・ウェスタンで主役級の俳優になるなんて思いもしなかった時代なんでしょう。 次にシェブ・ウーリー、そしてボブ・ウィルク、アイアン・マクドナルド。 
おまけとして悪漢ではないですが保安官事務所の牢屋に収監されていてケインが対決に行く前に開放される酔っ払いのちょい役でギョロ目のジャック・イーラムが出ていました。往年の西部劇にはお馴染みさん的人なので ”あっ!出てるよ ” みたいな一服の清涼剤です.....写真は前回(smile)、気になるのはちょっと意地悪そうなホテルの支配人の役者さん名前は判らないですが・・・・・ダラダラとした冗漫さのないよく練られた無駄のない展開で引き締まっています。当時としては超低予算の作品だったようですが 西部劇専門ではないフレッド・ジンネマン監督の作品が群を抜いた素晴らしいさであることを思うとお金をかければ大作になるなんて単純な思いは吹っ飛んでしまいます。 
繰り返しになりますが4人の悪漢(ワル)達の功績?に乾杯・・・・・・smile
今では廉価のDVDがたくさん発売されているから簡単にお目にかかることが出来ます

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西部劇ー32-(ゲイリー・クーパー西部劇 ”真昼の決闘”) Part 2

2014年04月07日 | 西部劇映画

  
真昼の決闘 ( High Noon ) Part 2  脇役 1

監督:フレッド・ジンネマン 1952年リパブリック映画制作 1953(昭和28)年日本公開 モノクロ


「真昼の決闘」をいつ頃見たのかはっきりしないけれど 自覚できて見たのは中学か高校時代にリバイバル上映された時が初めてだと思う。3~4回は映画館の大きな画面で見たはずで( うち1回は図書館の映画上映会 )、それぞれ時間がたっての見直しですがその都度いい作品だ-と実感します。その後 色々と知識を得たりビデオなどのソフトが発達して画面をストップできたり出来るようになると(俳優の名前など)より深い観かたができるようになっていっそう面白みがわいてきたものです。

先日T社が出しているDVDの正規盤( トップの写真 )を買えたのでまた見直してみた・・・・・これにはメイキング映像が入っていて フレッド・ジンネマン監督、俳優のロイド・ブリッジズ( 副保安官のハーヴェイ役 )等が作品について話しています。1950年代末のインタビューでゲーリー・クーパーが語っているのも珍しいし、主題歌を歌ったテックス・リッターの息子が「 父はアカデミー賞の授賞式に招かれて ” High Noon ” を歌ったのが嬉しかったようですよ 」との話も入っています。 もっと多くの関係者に登場して語ってもらいたいところでしたが1952(昭和27)年制作ですから残念ながらほとんどの人が故人なんですね-それでも興味をそそられるものです。印象に残ったことはジンネマン監督(メイキング映像の写真から)が ” 恐怖感を出すのにつとめた、時計が出てくるたびに徐々に大きく写していったりしてね。いつの時代でもあるような普遍的な内容の作品は時代を経ても色褪せないと思います ” と云っていたことです。

<ストーリー>
西部の町ハードレイヴィルのある日曜日、保安官ウィル・ケイン(ゲイリー・クーパー)が任期を終えてエミー(グレース・ケリー)と結婚式をあげて引退する日でもあった。町の有力者達に祝福されているところへ5年前ウィルが監獄へ送り込んだ町の厄介者フランク・ミラー(アイアン・マクドナルド)が釈放されて正午に着く汽車で仕返しに来る-という情報が入った、しかも弟のベン・ミラー(シェブ・ウーリー)、子分の(ロバート・ウィルクとリー・ヴァン・クリーフ)が迎えに来ているという。皆は2人で町から去るようにすすめ、一旦は馬車で逃げるもののウィルは逃げおおせない と考えた末に引き返す・・・・・昔のように対決しようというのだ。しかし、昔の状況とは違っていた、町民の協力を得られずに次第に孤立してゆく保安官ウィル・ケイン・・・・・ケインの運命は・・・というわけで進行していきます。あらすじは簡単なんですが、ウィルをめぐる色々な人間模様と残された時間が1時間半しかないという状況が加味されて緊迫感のある引き締まった映画であるのが素晴しい。
 
ここではDVDから俳優陣の写真を撮ってみました・・・・・
順にロイド・ブリッジズとケティ・フラド( 彼女もこの映画で一気に有名になったそうですが、テレビ西部劇 ” ライフルマン ” にも出ているので後日の載せようと思います・・・・・・綺麗ですね )、 悪漢フランク・ミラーの釈放の電報を受け取る駅長( テッド・スタンホープ ) 
   
保安官を嫌っているちょっと憎たらしいホテルフロントマン(俳優名?)と 昔の西部劇ではお馴染みさんのギョロ目のジャック・イーラムが酔っ払いで留置所に収監されているチョィ役で出ているのがご愛嬌、若いのでやせています 
   
その他、酒場にたむろする連中の顔ぶれをよく見ると「ライフルマン」にも出てくるような俳優さんがいるようです。最後の写真は真ん中が悪漢ボブ・ミラー( シェブ・ウーリー)で右はくせのある酒場の亭主( ラリー・ブレイク ) 

端役の俳優さんたちの名前は前回の本「 西部劇大鑑 」( 児玉数夫さん著 )のおかげで知ることができました。
ところで、ビデオの表紙の写真ハットをかぶらずにエミーを抱き抱えながら拳銃を構えているシーンは映画にはなかったと思いますがなぜこんな写真を表紙にしているのか不・思・議! 

最後に「 真昼の決闘 」の時代設定がいつ-という疑問・・・・・ある雑誌に ” 時は1870年~ ” と出ていましたが映画の中でどこかに時代をはっきり示す何らかの描写があったのかどうか・・・・・?? さて探して見るのも一興かな・・・・・

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