西部劇と懐かしのカントリー&ウェスタン日記

現代とはかけ離れたOld Countryの世界ですがずっと続けていきます。興味のある方は時々のぞいてみて下さい。

医療の仕事(氷川きよし は元気の素?)

2017年01月31日 | 医療の仕事
 
氷川きよしは元気の素? 
朝早く博多から移動で鹿児島へ・・・9時から仕事。ちょっと辛い感じでスタートしたものの珍しいおばあちゃんが娘さんに伴なわれて来院。以前 脊椎圧迫骨折で3か月ほど入院していたSさんで89歳になる。入院中は 痛みが軽くなってきてからは一日中氷川きよし( 若手の演歌歌手 )のコンサート DVD を見ていたのでよく覚えている・・・・よくも飽きないもんだというくらい見ていたおばあちゃん。 娘さんの話ではつい先日も鹿児島に氷川きよしが来たので ”見に行くんだ ”とせがまれて仕方なく連れて行ったんですよ・・・・と笑って話された。マア 頭も口も達者で悪いのは脚だけという感じ・・・・半年ぶりくらいだったのでどこか悪くなって来られたのかと思ったけれど、娘さんに-先生の顔を見に行く-と言われたらしい。おっとどっこい年寄りに好かれたか?と思ったら、入院中に私が氷川きよしのポスターを持っていってあげたから有難うを言いたかったということらしい。 
 
そのポスターというのは 膝が悪くて月に何回か関節注射に来ている50歳代の女性Nさんが私に託してくれたものだった。この女性も氷川きよしの大大ファンで、いつも注射の時間よりも氷川きよしの話ばっかりで時間を費やすような人・・・「 貴女と同じファンの人が入院しているよ、おばあちゃんだけど・・・ 」 と話したら ポスターとブロマイド写真をたくさん持ってきてくれてわざわざ病室までそのおばあちゃんを見舞いに行ってくれたのでした。  氷川きよしのコンサートには九州内だったら追っかけてコンサートのハシゴをするんだとか・・・・まあ大変な元気者の女性がいるもんだ、氷川きよしのことになると嬉々としている。 因みに ” 旦那さんは何て思っているんですか? OKしてくれるんですか? ” と言ってみたら ”OKしてくれないと何にも面倒みてあげない ” といって有無を言わさずOKをとっているんだとか・・・・これには看護婦さんたちも笑っていた。 こんな人たちには薬とか注射とかは要らないなあ・・・氷川きよしのCD、DVD、ポスターとかの方がずっと効果があると思って自分も元気をもらった次第。  氷川きよし・・・って女性にもてるんだ、世の中わからないこと 知らないことがいっぱいだ(smile)
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西部劇 君の名は? 14

2017年01月28日 | 西部劇 君の名は? ...
 
西部劇 君の名は? 14.
おいらはね90歳まで生きたよ。アメリカではね ほとんどといっていいくらい男のスターは最低何本くらいかは西部劇に出演しているもんさ。私もね その例にもれずにいっぱい西部劇には出たよ、いい作品もあればどうでもいいような作品もあったな。でも西部劇っていうのはアメリカ建国の一部であってさ、西部開拓時代にテーマをとっているから多少フィクションがあっても大まかな歴史を知っていれば楽しく見れるもんだよ。私の作品もね最近は日本でけっこうDVDになっているというじゃないか・・・・・おいらのこの写真の西部劇はDVDで出ていたかなあ?? いい作品だったんだけどね・・・・・・と本人が言ったかどうかは判りませんが(smile)。ちょっとコメディタッチの映画にも出演歴があるようです。 
 
私は佐賀県の鳥栖に2年くらい住んでいたことがありますが(I病院というところ)、鳥栖駅前にレンタルビデオ屋さんがあってそこでこの写真の西部劇ビデオ(VHS)「 シマロン 」 が置いてあるのを見ました。 でもたまたま誰かが借りていてそれっきりお目にはかからなかったです・・・だから未見の西部劇。 ビデオ時代の大量のVHS映画作品はいったいどこへ消えてしまったのでしょう、古本屋さんに行っても見かけません
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医療の仕事(アコーディオンを買ったんですよ)

2017年01月27日 | 医療の仕事
   
”先生、アコーディオンを買ったんですよ ”
私の常勤先は鹿児島のHD病院・・・・・そこに私よりも9歳年配の整形外科のU先生がおられる。 私自身も他の人から見たらベテランといわれるような年になっているけれど、それでも自分よりかずっと上のU先生のような方が元気で頑張っておられるのを見るととても勇気づけられます。  
不思議なもので、自分よりも先を歩いている人(先輩)がいると幾つになっても何か安心感のようなものがあります。  
1/27(金)診療が終わっていよいよ博多に帰ろうという夕方、そのU先生に  
「 U先生、年とってくると何かしら淋しくなりますね・・・・・仕事が無かったら気が狂いそうになるくらい淋しいんじゃないですかね 」と言ってみた。  
「 A君、君もやっと僕の気持ちが解かるようになったか・・・・5~6年前に僕は君にそう言ったはずだよ。そんなもんだよ 」・・・・と 
「 A君はアコーディオンがあるじゃない! 」 
「エッ、何で知ってるんですか?」 
「この前淋しくなって買ったて言ったじゃない」・・・・・ 
「そうでしたかね」 
「そうだよ、僕はゴルフと絵描きが支えだよ」 
「先生が元気だから励みになります、じゃまた」 
U先生は以前よりも診療の仕方が粗くなっている印象が強くなった、でもそこにいるだけでスタッフ皆に安心感を与える存在になっている。
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つれづれに (カントリーの新年会)

2017年01月26日 | つれづれに
 
鹿児島カントリーの新年会 
1/25(水)は鹿児島のCountry Music 好きの人達が集まっての飲み会。おじさんたち13人に、若い女性4人が集まってのワイワイ新年会となった。私の勤め先HD病院の近くにある ”助さん ”という居酒屋さん。7時までの診療が終わってからの後であることと前日もH君、Mさんとのギター伴奏カラオケ店「W」での夜更かしだったこともあり、さすがに疲れ気味だった。でも初めて参加される方もおられたのでちゃんと皆さんと話をして9月の鹿児島Country Festaに向けての話をしたのだった。博多から持参した自分なりに作ったカントリーと日本の歌が入ったCDを皆さんに配ったものの選曲に難があったかもナア・・・・・と反省。 でもね、最近はカントリー&ウェスタン音楽だけを通しで聴くのが苦痛になってきていてどうしても叙情的な歌謡曲だったり、ラテン曲だったりを間に挟みたくなります、特に昔ながらの日本的なセンスのある曲をね。 だから昔よく聴いた野路由紀子さんが歌う「 北上夜曲 」なんて曲を入れたりしました・・・・・シミジミに弱い私としてはとても気に入っている曲。 
写真は野路由紀子さん、博多での勤め先HRS病院の看護婦さんにちょっと似ている
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つれづれに (ギター伴奏のカラオケ)

2017年01月25日 | つれづれに

小さな新年会 
H29.1/24(火)、終日鹿児島のHD病院での仕事。 
仕事を終えて久し振りにH君に会う・・・・・H君はライブハウスを経営していたが2年前に辞めて今は医療関係の施設に勤めている。彼が言うのはいつも自分で経営しているといつもお金のことが気にかかっていて(地代などの)安心感が無かったという。アマチュアのフォーク好きの人達に演奏場所を提供して喜ばれていたが、やはりただ音楽好きということと現実の経営とは並立しないところがあったのだと思う。今はキチッと給料がもらえて、休みもあるから健康にもよくなったとのこと。そうだろうなーと同意、小料理を肴にビール、焼酎を飲みながら昔話に花を咲かせる。 
 
彼が経営していた店で歌っていたMさんという若い女性も同席、ひとしきり話のあと「W」というお店に移動・・・・・マスターがギターの名手でどんな曲でも伴奏をつけてくれるので歌うことが出来る。私よりも年長のマスターと話をしていると何と私の母親の故郷( 鹿児島神宮がある小さな田舎町 )と同じ出身だった。我々3人のほかに会社のグループと思われる5~6人組がいて、私達を含めて好きな曲を入れ替わりたちかわり歌ったのだった。 
私が行くとマスターがいつも歌えという ”倖せはここに ”( 昔のハワイアンスチールギター奏者&歌手 だった大橋節夫さんの曲)をマスターのギター伴奏で歌ったのだった。 高音を歌うのがだんだん苦しくなってきたけど歌いやすくて好きな曲、ちょっと古めなのが玉にキズだけど味わいがある曲、それに調子のよいカントリー曲も歌ってとよく要望される。 H君はグループサウンズ時代の 名曲 ”長い髪の少女 ” を歌い、Mさんは好きだという ”涙(なだ)そうそう ” を歌ってくれたとても上手くてさまになっていた。  こんな時間も自分にとってはストレス解消にいい時間だ   H君、Mさん有難う
写真は亡き弟が大学に入学した時に父から買ってもらったヤマハの生ギター、私がしばらく借りた時に黒い下敷きを切ってピックボードをカントリー風な派手なスタイルにしてボンドで張り替えたところ、彼から喧嘩腰の猛烈な抗議を受けたのも今となっては懐かしい想い出
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医療の仕事(仕事上での話)

2017年01月23日 | 医療の仕事
仕事上での話 
私は医療関係の仕事をしています。一代限りの整形外科医・・・・・これまでは自分の趣味に関することがほとんど(ブログの主題名の通り)で、仕事に関する色々なことは意識的に採りあげてこなかった。でも最近はやはり毎日のように同じことを繰り返している日常の生きている出来事が欠かせないと思うようになって、すこしづつでも載せていこう・・・・・と思うようになった。 「医療の仕事」というカテゴリーをひとつもうけて 自分が出逢ったり感じたりするほんとに些細な日常の出来事、自分の気持ちに触れるような事柄・・・・・健康で元気に仕事が出来る有難さを感じながら載せていこう。 過去の数少ないその方面の記事もカテゴリーに入れ込んで
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つれづれに (いい歌だなあ)

2017年01月21日 | つれづれに
   
吾亦紅(われもこう) 
年末のギリギリまで仕事をしたので年が明けては去年の疲れがドッと出てきて体調もいまいちで記念にオートで撮った自画像もそんな疲れ気味の顔をしている。 (H28)12/29に以前勤めていたT病院時代に知己を得ていたO君( 今は理学療法士 )と二人で鹿児島天文館で今年最後の小さな忘年会がてら飲んだ。その後に二人でカラオケで歌える店に行き、お互いの好きな曲を数曲づつ歌いあった・・・・・店のマスターの十八番(オハコ)を- と奨めたら歌ってくれたのが 「 吾亦紅(われもこう) 」 という歌だった。 たしか数年前の紅白歌合戦で歌われていたはずの曲で、その時に久し振りに琴線を振るわせる歌だなあ-と感じていた。 その後それを歌った歌手ともども忘れていた・・・・・その夜マスターの歌を聴いて感激、「 何という歌ですか? 」 と問うと割り箸入れの紙に「 吾亦紅、すぎもとまさと 」 と書いてくれた。 情報をもとに彼の3曲入りのCDを買った、日本のフォーク演歌ともいえるような久し振りに買ってみたいと思った歌だった。 それ以前買ったのは井上忠夫の自作自演の「 水中花 」 という歌だったから自分にとってはめったにないこと。 ジャケットに母に捧げる哀悼歌と書いてある・・・・聴いてみるとちょっと暗めだけど実にしみじみとした歌で納得(私はシミジミに弱いから)。人は誰れだって親に謝りたいと思うことがひとつやふたつあると思う、その親だってまたその親に謝るようなことがあっただろうな・・・・と考えると鎖の繋がりみたいに ”親の心子知らず ” の連続が人生かも・・・・・ と思ったりする。 自分にとっては母親よりも父親に謝りたいことの比重が大だな。 
吾亦紅( われもこう ) というのは秋の野草で暗い赤紫色で小さい俵のような花( 塊のようなので花といえるのかどうか? )なんだそうです、 一度見てみたい、写真は関係なくて キンカンの木 。  ホントに身につまされる歌だ・・・・・でも気に入った
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ある日の昼食

2017年01月18日 | つれづれに
 
 
ある日の昼食 ミニトマトだけ 
前日夜にちょっと重いものを食べ過ぎてウィスキーと焼酎を呑みすぎたので朝食は定宿にしているホテルのバイキングで軽めに、昼食は近くの市場から買ってきたミニトマトと日本茶のみ。ミニトマトの構成が面白くてついカメラに・・・・・枝にギッシリ生っている、味もトマトらしくてgood
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今年初めての古本屋さん巡り

2017年01月15日 | つれづれに
CDが目的だったのに   
お正月らしさが抜けていつもの日常にもどっての初めての日曜日、博多の古本屋さんとBook off数件に行ってみた・・・・・年末年始はよく○○%引きなどのセールスがあるので歩いての天神の街ブラがてらに覗いてみた。昔レコードで買ったバロック音楽レコード(写真)と同じ内容のCDを探すのが目的だったけれど思ったような収穫はなし・・・・というかレコードと違ってCDの小さな文字を見ながら目当ての歌手など探すのがとても苦痛である。洋楽ならABC順、邦楽ならアイウエオ順なんだけど大量にあるものの今の区分の仕方がどうもよくわからなくてジャンルだけでの分類ではないようで 何処にあるのかの判断がつかなくて苦労します。思わぬめっけものが108円とか200円とかで買えることもある反面、自分が探すのは もう感で探して偶然出逢う-なんてことがほとんどだ。 今回は探す根気がなくて結局本のコーナーにいって買ってきたのが写真の4冊、歴史に関係あるものと好きな司馬遼太郎さんの本・・・・今年初めての買い物でしめて1000円なり。 
     
こうして並べてみるとなんだかうさんくさい本だなぁと我れながら思う。去年 佐賀県唐津市近くの山城 岸岳城()を訪ねた経緯があってちょっと豊臣秀吉の九州制覇~朝鮮出兵と九州の諸大名との関連などに興味が出てきての買い物・・・・まあ移動の時にJR新幹線で見るため。歴史に興味ある人には面白いんでしょうがそうでなければゴミのような古本(smile)。 内容に面白そうなところがあったら紹介しようと思っている 
 
年年歳歳お正月らしさ、お正月の雰囲気というのが変わってきたなあと感じます・・・・これはもうずっとずっと思っていたこと。バスやタクシーにお飾りがない、ちょっとした公共の大きな建物に門松がない、日の丸国旗を揚げる習慣がなくなった、しめ飾りすら飾ってない家がたくさん・・・・などなど。これは何も今の若い人達のせいではなくて 私達のような戦後の世代が伝統を引き継いでこなかったりないがしろにしてきたせいかなあ・・・と思ったりもする
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成人の日 映画”海賊と呼ばれた男”を見た

2017年01月09日 | つれづれに
  
映画 「海賊とよばれた男」 を観た 
 
「 海賊とよばれた男 」という日本映画が上映中なので見に行った・・・・・きっかけは本屋さんに話題本のさわりだけ載っている無料小冊子が置いてあって何気なく見ていたらなんだか面白そうだった・・・・というもの。 岡田准一君が主演だけど綾瀬はるかさんが出演しているとのことでひとつは彼女見たさに・・・ということもあって。彼女の出番は少なかったけれど今輝いている女優さんだから・・・・見て良かったなと思った。 
 
知らなかったけれど この映画の主人公は戦後に出たすごい日本人のひとりかもしれないと思う・・・・”海賊と呼ばれた男 ”、どこかで見た覚えが・・・・と思っていたら 毎月JR九州が出している 「 Please 」 という車内誌の中にある ”九州もの知り学 ” という連載記事の過去号に載っていたのでした。切り取ってファイルしていたものの全く気を付けて読んでいなかったものだった。 今の福岡県宗像市出身の奇想天外の実業家(石油)、外国のメジャー石油会社に排斥されている中、戦後自社のタンカー日章丸をつかってイラン石油輸入を強行して敗戦と占領で打ちひしがれていた日本人の心を奮い立たせた・・・・・という出来事(日章丸事件)がクライマックスになっていますが、ほとんどゼロから事業を起こした出光佐三(1885=明治18~1981=昭和56)がモデルになっており、彼の一代記と思われる内容の映画・・・・見ていて途中緩慢でダレるようなところもあったけれど後半になるほど見ごたえのある内容だった。 「 綾瀬はるか 」 さんは けな気な最初の妻役・・・・自ら身を引いていく・・・・
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