風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「最後から二番目の恋」

2012-03-24 | 映画・芝居・TV
あまりテレビは見ないので
ドラマについて書くのはすごく久しぶり。
CX「最後から二番目の恋」
中井貴一、小泉今日子を中心に
うまい役者さん勢揃いの感があるドラマだった。
モチーフは「中年の恋」。

「一瞬でいい」を読んだときも感じたが、
人は歳とともに「中年」になり「老年」なるわけではない。
何歳になってもあくまで自分は自分。
その時々により20歳の自分だったり、50歳の自分だったり
恐らくこれから70歳、80歳の自分になるだけ。
右も左もわからず、鎧も纏わず、無防備な若い頃から
いろいろ傷つき、辛い思いもし、考えながら
だんだん自分を守るすべを身につけていった結果が
他の人から見れば「分別がついた」ように見えるだけだ。
実は内心は、いつも戸惑い迷う「自分」がいる。
それはいくつになっても変わらないのだろうな。

ただ「最後から二番目の恋」という概念はどうなんだろう。
ひとつひとつの恋が順番に来るわけでもないと
これまで50年間生きてきて思うのだ。
恋には様々な形がある。
同時に2つも3つも進行する恋もあれば
ひとつの恋が心の底でずーっと続きながら
別な恋がその表層を流れて行くこともしばしばある。
すっぱり切れる恋もあれば
いつまでもズルズル続いて行く恋もある。
華々しい恋もあれば、隠れた恋もある。
たぶんこのタイトルは
「まだ終わりじゃないよ」ってことなんだろうけどね。
小泉さんが仲間の2人と交わす会話の
「20代の頃は40や50の人の恋なんてあり得ないと思ってた」
にちょっと苦笑。

そして本当にこの脚本家が言いたかったのは
「恋だけじゃない」ってことだと思う。
年を重ねると生きる途上に置いてくるものも増えるし
忘れていくもの、諦めていくものも段々増えていく。
「もういいか」とつい思ったりしてしまう。
でも「まだ諦めちゃダメ」と
励まし、背中を押してくれるようなドラマだった。
40代までは確かにそうなんだろうね。

50を越えると
40代までとはまったく違う世界が見えてくる気がする。
ある意味諦観だろうか。
これまでを振り返り、整理をつけることも出てきた。
ワタシはそれを
「自分や自分の人生をようやく受け入れられた」と
ポジティブに思うことにしているのだが。
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