風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

忘れられぬ友

2007-12-18 | 風屋日記
「で?お前の夢は何だよ」
Tはグラスの氷をカラカラいわせながら、
彼のアパートの部屋の暗い照明の下で聞いてきた。
「高校時代はモノ書きになりたかったけどな。
 『詩だけでメシが食える詩人になりたい』と
 今考えると随分青臭いことを言ってた気がするよ」
周囲を畑に囲まれた、駅からもかなり離れた東京都下。
幹線道路からも外れているため
首都圏とは思えないほど窓の外は静かだ。

「今は?」
とTは自分が吸うタバコの煙に顔をしかめる。
「今は・・・そうだなぁ。
 モノ書きも含めて、何かを表現したいなぁ。
 映像でも、文字でも、芝居でもいいや。
 だから大学1年では演劇やったし、TV局も経験した。
 具体的には・・・まだわからんな」
Tは鼻でフンと嘲い、
自分の空になったグラスにウイスキーを注いだ。

「オレは自転車で世界を回りたい。
 だから言葉を身につけようと英文科に入ったし、
 バイトしてひとつひとつパーツを買い揃えてきた。
 ここにある1台はせいぜい20万円ぐらいの実用車だが
 こっちのヤツには100万ぐらいかけて、まだ未完成だ」
交通の便が悪く古いため、安い家賃でも広い彼の部屋の片隅には
スポーツ型の自転車が2台壁に立て掛けてあった。
「オレの夢は中学時代から変わってない。
 金にはならないが具体的だぜ。
 ホントはそういうものを夢というんだ。
 お前のは夢じゃなくてただの憧れだろう」
私は黙って、居酒屋のバイトで覚えたという
彼が作ったツマミを箸でつついていた。

    ☆      ☆      ☆

あれは確か大学4年の頃だったかな。
町田の市街地からかなり奥まった、
高校時代一緒にワルいことばかりした同級生Tのアパートで
2人でボソボソ朝まで飲んでたことがある。
その後ヤツは六本木のディスコ(^^; の黒服のバイトから
賭博バーの雇われ店長などもしたらしい。

私が大学を卒業して帰省した後、
彼が突然750ccのバイクで故郷の町に現れた。
「飲むべ」と誘われ、
私は当時つき合っていた母ちゃんと一緒に店に出向いた。
母ちゃんも同級生だが、Tとは話したことがないと言っていた。
「オレさ。今カナダから来ているモデルとつき合ってる。
 彼女が一緒に帰ろうと言うから、カナダに渡ることにした。
 親に伝えに帰って来たんだけど、やっぱり話せなかったな。
 明日東京へ帰って、今月中にはカナダに行くから
 まぁあっちから家に手紙でも書くワ」
「そうか」とだけ私は言い、3人とも言葉少なに飲んで帰った。

Tがカナダのどこかの湖で
彼女とともにボートでひっくり返って行方不明と聞いたのは
さてそれからどれぐらい経った後だったろう。
最後に花巻で会ってから1~2年だったような気がする。
彼の親父さんが家を売った金で大掛かりな捜索をしたが
結局見つからなかったと聞いた。

数年前、彼の葬儀があったと風のウワサで聞いた。
行方不明になってからもう20年。
老いた親父さんも、ようやくその気になったらしい。
今はTの妹さん家族とともに暮しているということだった。

Tを思い出す時、
私はいつもあの薄暗いTのアパートの部屋が目に浮かぶ。
コメント
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