太平洋戦争真っ只中の昭和17年生れの私。戦中戦後の物資不足時代の子ども少年期を過ごす。戦後10年の55年体制や次の復興期も、都会知らずの田舎中山間地の暮らしや世の中しか知らないで過ぎた。
そして18歳。よりよい暮らしや社会を求め上京。4年の自立苦学を経て就職。相変わらずの”その日暮し”をつづけ、高度成長期を迎えた。しばらく世の中の進歩に遅れて過ぎると、周りは「何でもやってくれる」自分とは距離のあるAI&ITの社会に入ろうとしていた。
いつの時代にあっても「何か”足ら(り)ない" 」人生や世の中に”汗” することが安心 の生き方をしてきた自分。イヤだった社会化なのだ。自分にとって、信頼や安心の無い世の中になりそうだ。AIやI Tとかが手伝う偽善や偽物や嘘などを見破る作業(リテラシー)など 余計な汗をかきたくないのだ。
本当なら、マイナンバーカードやスマホなど持ちたくないのだ。リテラシーなどの学習もしたくないのだ。少々の不便や不足がある世の中のほうが、安心できるからだ。<そういう私、きのう超高齢者(?)の82歳になる。>
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