因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

パラドックス定数 第48項『四兄弟』

2023-03-19 | 舞台
*野木萌葱作・演出 公式サイトはこちら シアター風姿花伝 26日終了(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28,29,30
 公演チラシの表は明らかに日本ではない外国の街並み、裏はこれも外国であろう、一面の向日葵畑のセピア色の写真である。さらに表には地球らしき丸いものを囲む4人の人間、燃える火やハート、骨付きの肉のイラスト。裏には「暗い。寒い。腹が減った/このままでは死ぬ。」等々、切羽詰まったつぶやきが詩のように記されている。物語冒頭、父親に支配され、暗闇で寒さと飢えに苦しみながら生き延びるためにあることを決意する四兄弟の台詞である。いつの時代かもどこの国かも特定せず、固有名詞を一切出さないで進行する野木萌葱独特の手法による物語だ。

 長男(小野ゆたか)は知的で冷静。弟たちへの責任感ゆえに苦悩する。次男(西原誠吾)は血の気が多く、言動も暴力的で支配欲が強い。三男(井内勇希)は手先が器用でいろいろなものを作り出せる。お調子者の面もありか。四男(植村宏司)が大切にするのは畑と家畜である。このように性格も得意分野も異なる四兄弟が父親を亡き者とし、村を都市に成長させ、大国の侵略にも負けず国を栄えさせようと奮闘し、一人ずつ失脚してゆく。

 ロシアによるウクライナ侵攻に触発された作品であることは明らかだ。最後まで登場しないものの父親は存在する人間として語られるが、兄弟たちに母親の記憶はない。この辺りも何かを象徴するのだろう。皆が手を取り合って団結し…というわけにはいかず、兄弟同士で一服盛ったり猟銃で撃ったり軟禁したりと、さながらパラドックス定数版「鎌倉殿の13人」の様相を呈す。決して殺さないところは救いであるが。

 ひとつの家族に起こった出来事が、いつのまにか村から都市、そして国家の問題に発展していく過程はスリリングで不気味であり、コミカルでもある。終わりの見えないウクライナ侵攻を生身の兄弟の物語に落とし込み、遠い外国ではなく、目の前で行われている諍いと捉え直すこと、血のつながった兄弟であっても敵対すれば殺し合いも起こり得ること、しかし決定的な亀裂の寸前で思いとどまること等々、希望の見える終幕だ。

 政治的言語、力による権威、社会を富ませる物、無くてはならない食べ物。それぞれを得手とする四兄弟の描き分け、俳優の造形がおもしろい。外見は全く似ていないのに、ちゃんと兄弟になっている。が同時に、母の存在が極めて希薄なことからも、「兄弟を演じている他人同士」のようでもある。互いを信じつつ裏切り、傷つけあいながら生き抜こうとするこの世の在り様の象徴にも見えて、場面によってファンタジーとリアルがミラーボールのように観客の目を晦まし、終演後の心持を複雑にする。

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