因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

座☆吉祥天女 第十六回公演 久保田万太郎劇場『螢』『大つごもり』

2020-11-13 | 舞台
*公式サイトはこちら  深川江戸資料館 15日まで
 座☆吉祥天女は、俳優の高橋典子と井口貴子によるユニットで、2004年の旗揚げ以来、山本周五郎、久保田万太郎、北條秀司など、一貫して時代物、和物を上演している。年1回の公演を地道に積み重ね、周五郎作品は『さぶ』や『柳橋物語』などの長編や中編も手掛けている貴重なユニットだ。ことに今回はコロナ禍のなか、旗揚げ演目と同じ久保田万太郎の『螢』が上演される。作り手の感慨も一入ではないだろうか。
 
 深川江戸資料館の2階の小ホールは、同ユニットが2015年から続けて公演を行っている。江戸情緒豊かな演目は、会場や周辺の街並みの雰囲気にもぴったりであるし、はじめて足を運んだ自分にも、常打ち小屋のような安定感が感じられた。客席は9割近く埋まっており、常連の固定客をしっかりと得ている印象だ。

 ☆『螢』…久保田万太郎作 鈴木龍男(前進座)
 この演目は観劇の機会が多く、初めて観たのは当ブログ開設前の2003年冬の文学座勉強会、次に2016年夏の文学座自主企画公演、2017年春の劇団朋友のリーディングと続き、今回が4度めとなった。
 浅草は鳥越神社近く、船木榮吉の住まいの表の通りに続く辺りの風情、人物の鬘、衣装、家具調度なども丁寧に作り込まれている。単純に言えば、ひとりの女(とき)を挟んで、今の亭主(榮吉)と元の亭主(重一)、元亭主の今の女房(よし子)と、情婦(しげ)の話であるが、人の心というものがいかに厄介で、本人にすらどうしようもないこと、不幸になりたくてなる人などいないのに、相手を思えば思うほど悲しみが増すほかない様相が描かれている。短編戯曲ながら、人物の相関関係や背景は実に複雑で、陰影の深い物語だ。
 
 ときと重一が向き合った場面で、突如音楽が流れはじめた。かなりの音量で情感たっぷりのメロディである。本作ならば鳥越神社祭礼の祭囃子や、『釣堀にて』の一文獅子の太鼓の音など、舞台の中での音曲以外で、久保田万太郎作品に音楽が使われていた記憶が無いこともあり、その意図や効果を云々する以前に、びっくりしたというのが正直な印象であった。

 「しげ」という人物の重要性を改めて考える。更生したはずの重一は酒と賭け事に溺れ、女房の献身をよそに、髪結いのしげと深みに嵌ってしまった。前半で榮吉ととき夫婦が、「よっぽどしっかりした人らしい」、「三十四五にもなるまで、人の髪を結って、これという浮いたこともなく、一人でいままでやってきた女」と噂し、当の重一は自嘲気味に「突っかい棒のはいる同士が互いに突っかい棒になり合うんだ」と言い、「おしげという女は、手めえで手めえを知りすぎるほどよくしってる女だ」と言い切る。幸せにはなれないと知っていながら、重一のために、「すっかり評判を落として」までも、ついていく。他の人物の台詞でこれほど想像を掻き立てられる女が最後の最後、わずかに姿を見せる。間違っても「待ってました!」と大向こうがかかるような登場ではない。観客が息をつめて見守るなか台詞もなく、ものかげから出て来て、重一の先を歩いていく。あっさりし過ぎても物足りず、かといって思わせぶりはあざとい。演出も俳優も非常に難儀な役どころであり、場面ではないだろうか。今回のしげ、一緒に去っていく重一の造形には疑問が残る。

☆『大つごもり』…樋口一葉原作 久保田万太郎脚色 鈴木龍男演出
 こちらも96年に逝去した杉村春子の追悼として放送されたラジオドラマ(放送は68年)はじめ劇団文化座公演「朗読新派」など、大切な作品のひとつである。大地主山村家の勝手元に「女には無理だ、縄の長さだけで二尋あるんだから」と台詞にある立派な内井戸が作られ、奉公人の「みね」が辛そうに水を汲む場面に始まる。あるじと奉公人という封建的で絶対的な力関係と、人間を縛り、翻弄し、その生死を左右する金という魔物に対して、それに取り入る亡者(山村家の御新造)、一見自由で開放されているかに見えて、それが無くては一日も生きられない者(石之助)、ひたすら耐えつづけるしかない者(みね、その伯母夫婦)それぞれの様相が描かれる。

 御新造に前借を断られたみねがあるじの金に手をつけるまでの苦悩と悲しみ、あわや発覚かと息をつめたところに訪れる予想外の救いに胸をなでおろしながら、新しい年が来ても続く奉公人の暮しを思うと胸が痛む。原作の最後の一文「後の事知りたや」に込められているのは希望だろうか、それとも?
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 第17回明治大学シェイクスピ... | トップ | 小西耕一 ひとり芝居 第八回... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

舞台」カテゴリの最新記事