草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

サヨクの退潮を象徴する哲学者田辺元の復活

2011年01月31日 | 思想家

 岩波書店もこれからまともになるのだろうか。西田幾多郎、田辺元らを中心した、かつて京都学派の牙城であったときの栄光を、ぜひ取り戻してもらいたいものだ。サヨクのお先棒担ぐ時代は、もう終わったのである。仕事で今日も東京に出かけてきた。文庫本でもと思って、新宿の紀伊国屋を覗いてみたら、岩波文庫の新刊コーナーに田辺元の『死の哲学』というのがあった。奥付には2010年12月16日と書いてあったから、まだ出たばかりである。ついつい、夜行バスの暗いなかで読みふけってしまった。そして、「仏性を実現して作仏を行ぜんとするばあい、単に平直に、潜勢を現勢化する意味において上向進歩するのは、絶対無たる真実を実現するゆえんではない。これは直接存在の生成であって、それだけでは無の無たるゆえんの自己否定を媒介としないからである」という文章にでくわした。かいつまんで言うならば、きれいごとでは、菩薩にはなれないというのだ。他の衆生を救うためには、自分が菩薩になりたいという思いも捨てて、絶対無となることを要求するのである。しかも、そこにとどまらずに「直接には自己作仏の障礙となる如き、ふつうに悪といわれる行為をも、不可避とあらば、善悪を超える無心清浄の立場で方便として敢行し」とまで書いている。かなり難解ではあるが、人生の非情さを味わいつくした哲学者の論理であり、サヨクの思想からは感じることができない、人間の肉声が伝わってくるから不思議だ。  

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民主党政権が続けば日本は第二のエジプトになる!

2011年01月31日 | 政局

 今エジプトなどで起きていることは、日本人にとっても他人事ではない。日本においても、権力を握っているサヨク勢力が、国民の支持を失っているからだ。政権を手放したくない一心で、自衛隊や警察を顎で使おうとしている。NHKが必死で民主党政権を擁護するのは、それだけ追い詰められているからだ。何かちょっとしことで、国民の怒りは爆発するはずだ。そして、袋叩きの目に遭うだろう。だからこそ、その前に解散総選挙をすべきなのである。自分たちを守ってもらおうと、民主党政権が中共と結託するようなことにでもなれば、日本は崩壊の危機に瀕するだろう。明治維新のときには、会津は始めとする親幕派は、西洋列強に付け入る隙を与えなかった。しかし、今の民主党政権は、中共の傀儡である。尖閣諸島での中共船と巡視船の衝突事件が、それを象徴している。気がかりなのは、中共のエージェントが、それこそ自衛隊や警察に入り込んでいないかということだ。自衛隊や警察の諸君に訴えたい。守るべき価値とは、三島由紀夫が絶叫したように、日本の国のかたちであり、そこで育まれた文化なのであって、詐欺によって政権を獲得した、サヨク民主党政権を守ることではないのである。  

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ソ連時代のプラウダと同じ御用マスコミNHK

2011年01月30日 | マスコミ評

 NHKはもはやソ連時代のプラウダと同じで、政府の御用マスコミになったようだ。プラウダという言葉は、ロシア語では真実という意味であるが、誰もそのニュースを信じなかったという。国会で予算とその関連法案が通らないと、子供手当が出なくなると、NHKは恫喝にも似た報道をして、世論を誘導しようとしている。やりかたがえげつなさ過ぎる。子供手当自体も、民主党が詐欺を働いたのである。一人あたり月々2万6千円とマニフェストには書いていたからだ。そのことを追及もしないで、野党が反対するから、子供手当が支給できなくなるというのは、責任転嫁以外の何物でもない。しかも、国民からすれば、子供手当だって、バラマキであり、経済の成長に結ぶつかないのを知っているので、無理して存続させる必要はないのである。各種の控除がなくなったことで、収入減になった子育て家庭すらある。ここ最近、民主党政権になってから、マスコミを利用したキャンペーンが多くなってきた。それに手を貸せば貸すほど、NHKは国民から愛想をつかされるのに、どうしてそれに気がつかないのだろう。ネットでは政権批判が徹底して行われているが、その方が自然なのである。ジャーナリストと無縁なNHKは、もはや存在理由がないわけだから、さっさと解散すべきではないか。

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占領政策への抵抗の歌であった「雪の降る町を」

2011年01月30日 | エッセイ

 会津は今日も雪である。それもぼさぼさ降っている。日曜日のせいか、車もそれほど走っておらず、まさしく「雪の降る町を」の情景である。「雪の降る町を」は、昭和28年にMHKラジオ歌謡として発表されたもので、戦後の歌なのである。それを知っている人は、ほとんどいないのではなかろうか。作詞は内村直也、作曲は中田喜直であった。内村は「進駐軍占領下の心情を吐露した」といわれる。民族独立への思いがこめられていたのである。だからこそ「おもいでだけが/通りすぎてゆく」のであり、「この哀しみを/いつの日かほぐさん」「このむなしさを/いつの日か祈らん」という歌詞になったのである。先の大戦で日本は、軍人と民間人を合わせて300万人以上の犠牲者を出した。昭和28年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効され、体面上は主権を回復したが、占領軍に押し付けられた憲法は今なお改正されていない。戦後体制がそのまま続いているのだ。さらに、国のために散華した者たちの慰霊も、なおざりにされたままだ。独立国家として保持すべき軍隊も、日陰者扱いである。日本人にとっての戦後とは、過去の日本を捨て去ることであった。しかし、それによって、失ったものも大きかったのである。

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清らかに野山を埋める雪なりし 5首

2011年01月29日 | 短歌

 君の背にかかりし雪はかなしけれしんしんしんと野山を埋める  

 亡霊が現れるとか山峡の集落ありて目をしばつかせしと  

 審判のハルマゲドンの雷鳴に雪を払いて死者は立ちたり  

 雪あらば野山も全て厳かに厳かななか魂は離れり

 萱葺きの青き明かりとほのかなる雪の白さに涙し流る

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アジア主義的ムードを排した現実主義者高坂正堯

2011年01月29日 | 思想家

 アジア主義的などというのは、危険な代物ではなかろうか。まかり間違えば、それが火種になって、日本と中共との間が決定的になってしまう。昭和47年12月号の「諸君!」で、高坂正堯が福田恆存と「条約が破られるとき」と題で対談しており、そこでの発言は説得力があった。アジア主義的なムードというのは、その頃とまったく変わっていないからだ。一つ違いがあるとすれば、それは中共が力をつけたということだ。高坂は「日本と中国とが共同してやっていくのがいいというムードですが、これは歴史が示しているように危険です。それは、日本が強い場合には、日本主導型になって、中国にいうことをきかそうとするし、向こうが強い場合には、向うのいうことをきいてもよろしい、ということになる。要するに、日本と中国は別の国だという国際関係の基本的な認識がない」と述べたのだった。さらに、そうした雰囲気を醸成させたのは、マスコミと財界であったと指摘している。その当時も、マスコミは自己規制をして中共寄りの報道をし、財界は金儲け至上主義丸出しであった。中共と付き合うにあたっては「別な国だ」ということから、出発すべきなのである。それを民主党政権は理解できないから、中共に翻弄されるのである。今でも日本人のなかには、中国大陸や朝鮮半島を自分たちを同一視する気持ちが強いが、あくまでも幻想でしかない。日本と中共との国益は衝突するのであり、どこで折り合いをつけるかが問題なのである。

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どうして日本のマスコミは人種差別に抗議しないのか!

2011年01月28日 | マスコミ評

 日本人が屈辱されているのに、へらへら笑っている場合ではない。毅然とした態度をとるべきではないか。それにしても、日本のマスコミの扱いは酷すぎる。韓国国内ですら、批判の声が上がっているのに、どうして黙っているのだろう。韓国選手をかばうにいたっては、言語道断である。旭日旗が掲げられていたからという弁明を鵜呑みにして、テレビで自虐的なコメントをした連中は、どのような責任をとるのだろう。そんなことばかりしているから、かえって日韓関係がそこなわれるのである。韓国選手がPK戦でゴールを決めてから、サルのまねをしてはしゃいだのは、明らかに日本人に対する嫌がらせである。それが大目に見られるようでは、日本人だって、堪忍袋の緒が切れかねない。どこの国であろうとも、人種差別は許されるべきではない。日本人に対しては、何をしてもよいというのだろうか。サヨク政権が一時韓国に誕生したことで、中共と同じような反日教育が行われた時期があった。その後遺症が残っているのだろうが、清に隷属し、暗黒専制の李王朝に刃向かった、独立党の金玉均を助けた福沢諭吉や玄洋社のことを、日本人自身がもっと学ぶべきだろう。あまりにも日本人が卑屈になってはいないか。言うべきことを言わなければ、真の友好関係は築けないのである。

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知人の死に接して 5首

2011年01月28日 | 短歌

 突然に目の前過ぎし君ゆえに声かけずして人混みに消ゆ  

 革命のほむら抱えしこの我をたしなめたまいし君にしあらん  

 生きてあるこのさみしさをあざ笑う君のまなざし天にありしか  

 痩身は病なりしを我知らず見知らぬ人のように振舞う  

 君死して二年の月日経つというさもしき我に雪降りしきる

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利害で道理を枉(ま)げる民主党政治はもう御免だ!

2011年01月28日 | 思想家

 小沢一郎がいくらジタバタしても、過去の人になりつつあるわけだから、今さら叩いても意味がない。しかし、今の民主党執行部のいい加減さは批判されるべきだろう。社民党を除く野党が、小沢の証人喚問を求めており、それに賛同するのが筋ではないだろうか。衆議院への政治倫理審査会への出席も拒否され、説得を買って出た岡田克也幹事長の責任は重大だ。事態が進展しないのは、菅直人首相も岡田幹事長も、政権を失いたくないからだろう。自分たちの損得勘定で、物事を判断しているのではないか。国家、国民などどうでもよいのである。見苦しいにもほどがある。保科正之公がさだめられた会津藩の家訓15条のなかには「政事は利害を以て道理を枉ぐべからず、僉議は私意を挟みて人言を拒むべからず、所思を蔵さず、以て之を争ふべし、甚だ相争ふと雖も我意を介すべからず」というのがある。朱子学における王道政治にあっては、道理こそが最優先されるのである。岡田幹事長が野党に約束したことは、道理にかなったことであり、忠実に守らなければならないのだ。民主党政権がどうなるかよるも、日本の政治全体のことを考えるべきなのである。ここまでくれば、強制力のある証人喚問以外にない。それを民主党が拒むようであれば、またまた国民に嘘を吐いたことになる。

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会津清酒笹正宗を飲みて 5首

2011年01月27日 | 短歌

 浮かれたる心なりせば最果ての雪明かりにも心踊れり 

 北方のはずれにありし酒蔵の雪の重さが香りに沁みて  

 懐かしき一升瓶をぶらさげて家路につくは昭和エレジー  

 会津なる大仏おわすかの霊地笹正宗の美酒もありしか  

 鼻をつく酒蔵なれば茶碗酒あおってみたし人の子なれば

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