草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

自民党を支持するのは安全保障上の観点からだ!

2013年06月30日 | 政局

 自民党の国会議員への集中砲火が続いている。いくら探しても、安倍晋三首相のスチャンダルは出てきそうもない。そこで国会議員が狙われているのである。奢れる者は久しからずで、ここは絶対に手を抜いてはならない。ネットに下手な書き込みをするような政治家は、敵に塩を送るのと同じだ。ペナルティが課せられても文句は言えない。「蟻の一穴天下の破れ」ではないが、ちょっとしたことで、雲行が変わる場合だってある。断じて気を緩めてはならない。私は簡単に自民党が過半数を取れるとは思っていない。都議会議員選挙の余勢を駆うというのは、なかなか難しいのである。そして、自民党がネットを支配しているのではなく、今のところは、ネットが自民党を支持しているのだ。ネットは自民党を丸ごと支持しているわけではない。TPPや新自由主義的経済政策には異論が多い。それでもこだわるのは、それ以外の政党があまりにもひどいからだ。とくにそれは安全保障面において著しい。塩野七生も『マキアヴェッリ語録』のなかで、マキアヴェッリの「自らの安全を自らの力によって守る意志をもたない場合、いかなる国家といえども、独立と平和を維持することはできない」(『君主論』)の言葉を引用している。自ら防衛するという強い決意がなくて、運に頼るということは無責任もはなはだしい。その一点において自民党を選択するしかない。そこまで日本の政治は悲劇的なのである。

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奈良京都にて 5首

2013年06月30日 | 短歌
白鳳の薬師三尊おろがみて造法の世の祈り切なし

大和路の声なき声は祖国への熱き思いを山河に刻みし

飛鳥から会津までの道のりの御仏それは日本の目覚め

ようやくに辿り着きたる阿修羅像たった一人の我を見つめん

叡山の宿にて朝を待っときは日本仏教ありがたきかな


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今は天武持統朝と同じく国家意識が試される時代だ!

2013年06月29日 | 歴史
 古代史を見ても、日本が日本たらんとするときに、日本人は立ち上がるのではないだろうか。大化の改新にしても、その根本は迫りくる危機への対処ではなかったろうか。渡来人の影響力がある蘇我氏を一掃することで、日本の国内をまとめる必要があり、それを断行してから中大兄皇子は朝鮮半島に大軍を送った。663年に自村江で唐と新羅の連合軍の前に敗れたが、その後は日本が侵略されるのを恐れて、九州に防士を置いたリまでした。さらに、中大兄皇子は天智天皇となり、都を近江に移したのも、唐からの攻撃を恐れたのだろう。しかし、それは同時に、百済人の亡命を認めることであり、国内の権カバランスに変化をもたらした。奈良盆地を中心にした豪族は猛反発し、壬申の乱では天智天皇の子である大友皇子ではなく、大海人皇子に付いたのである。そうした歴史的経過を経て、日本の国家意識は確立したともいわれる。海外との抜き差しならない関係があって、日本は身構えざるを得なかったのである。今の日本もそれと似てはいないか。唐と新羅の連合軍ならぬ、中共と韓国・北朝鮮の連合軍にやられ放題である。日本が何もしなければ滅亡の危機に瀕する。それを避けようとしてナショナリズムが高まっているのではないだろうか。いかに過激に見えようとも、それには必然性があるのだ。天武と持続の時代になって、日本の仏像もより日本化したのであり、オリジナルさが問われるのは、危機の特代であるからなのだ。


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中共や韓国を焚き付けているのは日本国内の反日勢力だ!

2013年06月29日 | 政局

 韓国の中共への接近は単なる日本への嫌がらせでしかない。しかも、そうした学軌を逸したことをするのは、日本国内にそれを焚き付ける勢力がいるからだ。日本をバッシングしても、日本は刃向かってこない。そう甘く見ているのだろう。見当違いもはなはだしい。全共闘の団塊の世代が現役を引退してきており、もはや日本ではサヨクは影響力を失いつつある。さらに、いくら自虐史観に毒されてきたとしても、あまりにもボカボカやられては、堪忍袋の緒も切れてしまうのである。昨晩は京都三条の出雲屋で食事をした。そこでたまたま目にした島根日日新聞のコラム「島根調」を読んで、日本も捨てたものではないと思った。そこでは鳩山由紀夫元首相を、名指しして揶揄していた。日本固有である尖閣諸島の問題に関して、日本が「盗んだと言われても仕方がない」と発言したからだ。「それにしてもだ、こんな感覚の人が日本の首相だったのである。また、そんな人を選んだ人たちがいる。選挙区の有権者と民主党の議員たちだ」と手厳しく批判していた。そうした日本からの誤ったメッセージが、中共や韓国を付け上がらせるのである。しかも、それに追随する朝日や毎日などのマスコミがいるから鳩山元首相がピエロにならずにすんでしまうのである。外国をどうのこうのするよりも、まず我々が手をつけるべきは、日本国内の反日勢力を一掃することではないだろうか。ようやく日本人の大半がそれに目覚めてきた。自分の国を貶めてそれで意気揚々としている政治家は、断じて許すべきではない。戦後レジームを打破するということは、まさしくそのことなのである。

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親知らず市振にて 5首

2013年06月28日 | 短歌

市振の中野重治親しらずさびしき声の波砕け散る

人買いにさらわれし母子かなしけリ山は絶壁荒々しき波

芭蕉の句遊女と萩と月なりし市振という地名なつかし

バスに揺れ京に向かいし旅路なり若狭の地より都めきたリ

会津より山越え海を見しときに朗らかなりし我にしあらん


 

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会津と同じように日本は汚名をそそぐべきだ!

2013年06月28日 | 思想家

 大東亜戦争も会津戦争も避けることができなかったのであり、そこで戦ったからこそ、後の世に語り伝えられるのである。徳富蘇峰はそのことを人一倍理解していた。近世日本国民史の『会津籠城編』の冒頭において蘇峰は「会津は決して勝算あって籠城したものではなかった。単だ西来の勢力が刻々に来り迫って、籠城するの余儀無きに到ったのだ」と書いている。「襲来西海万千兵 笑聴四辺金鼓鳴 東奥男児腸鉄石 唯知有死不知生」の漢詩が生まれたのは、追いつめられていたからだ。勝敗を別にして意地を貫こうとしたのである。それを蘇峰は高く評価した。さりとて会津を裏切ることになった薩摩を責めはしない。長州との密約を結び、会津を置き去りにしたとしても、それでもって薩摩を断罪はしないし、会津の政治的無能も嘲笑しないのである。「我等は必ずしも薩人の信なきを咎めず、亦会人の愚直なるを哂わない。要するにお互に各々其の志ざす所を為し、其の行わんとする所を行うた迄だ」と論評したのだった。政治とは権力闘争なのであり、そこで勝ち負けしかないのである。会津のその後の運命は、まさしくそれを象徴している。蘇峰らの尽力もあって、昭和に入って会津の汚名はそそがれた。しかし、日本という国家はどうであろう。自虐史観にどっぷり浸かってはいないだろうか。それではいつになっても、国のために死んだ者たちは浮かばれないのである。

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沖縄県民が望まぬ「琉球独立」を危惧する松井幹事長を嗤う!

2013年06月27日 | 政局

 空気が読みないというか、立ち位置が分からないというか、やっぱり日本維新の会の大阪グループは駄目である。「琉球独立」なる中共のプロパガンダに言及するのは、軽率のそしりを免れないだろう。橋下徹共同代表に続いて、今度は松井一郎幹事長の暴言である。東京都議会議員選挙以上に、参議院選挙に影響が出るだろう。基地負担の軽減は待望していても、そんなことを沖縄県民は望んではいないのである。中共の侵略が現実のものとなっているわけだから、当面はやむを得ないと思っているのである。それを知ってか知らずか、自分たちのスタンドプレイを正当化するために、ヘラヘラ喋ってその場を取り繕うとする。そんないい加減なことが許されるわけがない。柳田国男に言わせれば、日本人にとっては、沖縄こそが日本文化の源流であり、海上の道を通って日本列島に渡ってきたのである。沖縄を日本が失えば、日本は日本でなくなるのだ。アメリカの施政権下からようやく日本に復帰した沖縄を、中共の領土にしてはならないのである。独立とは表向きでしかなく、中共の傀儡政権が統治するようになるだろう。沖縄の人たちが大量殺戮の対象になることを、どうして容認できよう。橋下と松井という日本維新の会の大阪グループは、マスコミに踊らされてブームになっただけに、センセーショナルなことを口にしたがる。それでは素人集団でしかなく、難しい日本の舵取りを任せるわけにはいかないのである。

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改革は口だけで混乱しかもたらさない野党を嗤う!

2013年06月27日 | 政局

 現在の日本にはまともな野党は存在しないのであり、与党自民党以外に頼りになる政党がない。そう国民に印象付けたのが、昨日の参議院での安倍首相への問責決議案の可決である。安倍首相はそれを受けて、目前に迫った参議院選挙では、ねじれ国会の解消を争点とすることを表明している。足を引っ張ることしかできない野党に、国民は絶望している。自民党に問題はあったとしても、当面は叱咤激励するしかないのだ。マスコミが野党に呼応して反日を叫ぼうとも、国民は騙されなくなってきている。アベノミクスによって、ようやく日本経済が上向いてきているにもかかわらず、その失敗を願っている野党というのは、一体どこに存在意義があるのだろう。政治改革から始まって、現在の構造改革まで、現状を打破することばかりが、政治の最優先事項になってしまってはいないだろうか。しかし、本当にそれでよいのだろうか。長谷川三千子が『民主主義とは何なのか』のなかで、トクヴィルの次の言葉を引用している。「私は岸に向かって、人を欺くばかりの汽船を次々と乗り継いで行くことに疲れてしまった。それで私はしばしば、われわれがずっと以前から探し求めているしっかりした陸地は、実際に存在しているのか、あるいはわれわれの運命は、むしろ永久に海原をさまよい歩くことにあるのではないか?と自問自答してみるのである」(『フランス二月革命の日々』)。今私たち日本人が求めているのは安定である。そのためにも、サヨクや新自由主義者と袂を分かつべきなのである。

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大義名分なき安倍首相への問責決議を嗤う!

2013年06月26日 | 政局

 国民を愚弄するにもほどがある。何の理由があって安倍晋三首相が問責を受けなければならないのか。国民もよく理解できないのではないだろうか。去る23日の東京都議会議員選挙では、自民党が圧勝したのである。党利党略の野党であれば、存在する価値もないだろう。問責決議を提出した理由は、参議院予算委員会に安倍首相が出席しなかったからだそうだ。野党の頭のなかは、参議院選挙のことでいっぱいなのだろう。かえって今回のことで、自分たちの首を絞めたのではないだろうか。国民の圧倒的多数が安倍首相を支持しているのに、その足を引っ張ることしかできない参議院。それを変えるには、参議院選挙で自民党を勝たせるしかない。そういう思いに国民がなってくるのは、理にかなっているからだ。許し難いのはみんなの党である。社民党や共産党とまで組んで、保守の自民党に嫌がらせをする。それで保守なのだろうか。新自由主義のみんなの党、サヨクの共産党、社民党などから問責されるのは、安倍首相が目の上のタンコブなのだろう。政治には権力闘争はつきものであり、それ自体を否定するつもりはさらさらない。しかし、その場合にもやり方があるのではないか。見え見えであっては、かえって国民にソッポを向かれるだけだ。55年体制下で野党は反対のための反対をし、与党との激突を印象付ければよかった。昔を思い出すかのように、それを野党が繰り返すのは、あまりにも芸がなさ過ぎだ。

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新大久保などでのデモめぐり「行動する保守」と日共が全面対決!

2013年06月26日 | 祖国日本を救う運動

 せと弘幸氏のブログで「日本共産党が言論弾圧に本腰か」という記事がアップされている。せと氏は「左右の政治思想闘争と化すことは大歓迎です」と述べており、日本共産党が前面に出てくることは、願ってもないことだろう。共産主義と社会民主主義の違いは、プロレタリア独裁を認めるかどうかである。今の日本共産党は一応それを放棄したとしても、平気で言論弾圧を主張するのだから、衣の下から鎧なのである。公党が乗り出してきたのであれば、それこそ法律にのっとらないカウンターをやっている「しばき隊」なる連中を、即刻排除したらどうだろう。堂々と議論をすればいいのである。行動する保守が過激な発言をせざるを得なかった背景は、マスコミが無視してきたからである。悪意に満ちた批判的な報道であっても、ようやく取り上げざるを得なくなったのである。同じ保守であっても、私は大アジア主義を引きずっている。「馬賊の歌」や「蒙古放浪歌」を好むのはそのせいだ。中国共産党は敵であっても、中国の民衆には愛着がある。しかし、それでいて行動する保守の言い分も理解できる。このままでは日本が日本でなくなってしまうからだ。「排外主義者」と罵倒されるのを承知で決起したのは、已むに已まれぬ思いがあったからだと思う。それほどまでに、現在の日本は危機に瀕しているのである。

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