草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

会津の観光業を「予想外の回復ぶり」と書いた「東洋経済」を嗤う!

2012年07月31日 | マスコミ評

 冗談もいい加減にすべきだろう。今日も会津若松市の飯盛山に出かけてきたが、あまりにも閑散としていて、原発事故の影響の大きさを、改めて思い知らされた。しかし、そんな現実があるにもかかわらず、「東洋経済」の7月21日号の記事では、それとは逆のことが書いてあって、怒りを通り越して、呆れてしまった。見出しがまたふるっている。「最悪期を抜け出した会津若松の観光業、廃業続出の懸念はね返し予想外の回復ぶり」なのだそうだ。よくよく読めば、東山温泉の来客数が爆発的に増えたというのではない。昨年11月以降、月間の来客数が前年同月を上回っただけなのである。その傾向は鶴ヶ城天守閣の入場者数も同じようで、昨年9月から前年同月を上回る月が多いのだという。だが、具体的にどれだけ増えたかという数字は、まったく示されてはいない。そして、許せないのは、今年の4月から5月までのデータに基づいていることだ。福島第一原発の4号機の危機が取り沙汰されたのは、6月あたりからだ。春のゴールデン連休に、少しばかり盛り返したときがあったが、それも限られた期間であった。多くの会津の観光施設は、東京電力からの補償によって、かろうじて息をついているのである。その記事の末尾で「週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります」と断っているにせよ、あまりにもお粗末だ。「東洋経済」と言えば、石橋湛山や高橋亀吉が健筆をふるったことで有名だが、その名を辱めるとんでもない記事であり、間違った情報を発信して、誰が喜ぶというのだろう。


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日本国民は金メダルを獲得した松本薫の闘争心に学ぶべきだ!

2012年07月31日 | 政局

 松本薫が日本女子柔道の意地を見せ、ロンドンオリンピックの57キロ級で金メダルを獲得した。それが日本の初の金メダルとなったが、獲物を追うような鋭い目と、闘争心をむき出しにしたファイトが、対戦相手を圧倒したのだと思う。勝負事はヘラヘラ笑ってはいられないのだ。松本が私たち日本国民に教えてくれたのは、暴力の海で生き残るための、国家としての毅然たる態度ではないだろうか。国際政治を動かしているのは、それぞれの国家の利害である。反則一歩手前のことをしても、柔道の試合で勝ちたいというのと、それは同じではなかろうか。オリンピックの柔道をテレビで観戦して、華麗な技を繰り出すというのではなく、型がまったく無視されているのが気になった。ケンカ柔道になっているのではないか。だからこそ、優勝候補のシード選手が敗れても、誰も驚かないのだろう。そんななかで、松本が勝つことができたのは、技ばかりでなく、相手選手を上回る闘争心があったからだろう。尖閣をめぐって中共が軍事的圧力を強めてきている。これに対して、日本が断固戦う決意をしなければ、竹島と同様な結果になるに違いない。オリンピックは平和の祭典だといわれる。しかし、勝ち抜くためには、むき出しの闘争心が求められるのだ。国際政治における日本のビヘイビアも、手を差し出して、ヘラヘラしているだけでは、何ら状況は好転しない。試合直前まで、松本が闘争心を掻き立てるしぐさをしていたように、日本もまた国家として身構えるべきなのである。


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日の丸に目頭が熱くなるのは日本人であるからだ!

2012年07月30日 | 思想家

 オリンピックは参加することに意義があるとしても、日の丸がメインポールに揚がれば、日本人であれば、誰もが目頭が熱くなるのではないか。今行われているロンドンオリンピックでは、まだ今日の段階でそれが実現していないが、これから頑張ってもらいたい。ロンドンでの日本人の応援でも、たくさんの日の丸の旗が振られている。外国に出かけて始めて、日本人であることを再認識するのだろう。そして、自国の選手に、絶大な声援を惜しまないのである。それをナショナリズムと批判するのは、エセインテリの常だ。横文字でしか物事を考えられないだけに、彼らにとっては、日の丸に感動する日本土民などは、軽蔑の対象でしかないのだろう。シナの学問に明け暮れていた山鹿素行は、赤穂に流されたことで自問自答し、日本に目覚めたのである。『配所残筆』のなかでは「耳を信じて目を信ぜず、近きを棄てて遠きを取る」という立場を否定した。シナでは革命が繰り返し行われたのに対し、日本は神代から連綿として皇室が続いている。そのことを素行は高く評価したのだ。山崎闇斎は「シナから孔子や孟子を大将として攻めてきたらば、お前たちはどうするか」と弟子たちに向かって質問した。弟子たちが困っていると、闇斎は「孔子や孟子と戦って、あるいは斬り、あるいは生け捕りにするのだ。それが孔子の教えだ」と言い切った。二人とも日本という国家のかけがえのなさは熟知していた。それと比べると、エセインテリは舶来の物にぞっこんなのであり、日の丸に敬意を表するわけがないのだ。


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「世界革命浪人」太田竜が推奨していた権藤成卿の反近代の思想!

2012年07月30日 | 思想家

 反原発のデモをマスコミは大々的に取り上げるが、だったらテレビは、率先して放送時間の短縮をすべきではないだろうか。お笑い芸人のくせに、芸で勝負するのではなく、コメンテーターとして、愚にもつかないことを口にする。そんな連中のテレビなど、国民は見なくても、まったく困らないのである。さらに、パチンコも、営業時間を限定し、節電に協力させるべきだろう。電気を使い放題に使いながら、臆面もなく反原発を主張するのは、単に騒ぎたいからだろう。首相官邸前のデモの様子が動画で配信されているが、そこで乱立する赤旗は、一般国民の参加が、それほどでもないことを教えてくれる。私は全ての原発を廃炉にすべきだと思うが、シーラカンス化したサヨクのデモに与するつもりはない。それよりもエコを啓蒙することが先決だと思う。私が敬愛してやまなかった太田竜は、ありきたりのサヨクと違っていた。太田は『何から始めるべきか』で、権藤成卿の思想について取り上げ、「資本主義というものを、人間の弱点を際限なく伸ばしているというふうにいっているんです。人間は道具をつくり出すことによってほかの生物と異質な存在として進化しているというわけですけれども、ところがそれが極端に際限なく行きすぎて、生物の一種としての人間が自分の土台を自ら切り崩して、人間の生存自体ができなくなるような状況に、産業革命以降、あるいは特に第二次世界大戦以降まっしぐらに進んでいる」と書いている。大部分のサヨクのように未来をバラ色に描くのではなく、反近代の社稷の思想こそが、今求められているのではないか。


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解散・総選挙先送りの民主党政権に自民党は手を貸すなかれ!

2012年07月29日 | 政局

 野田佳彦首相らは来年まで解散・総選挙を先送りしたいのだろう。しかし、それに今の自民党執行部が同調するようでは、政権奪還はおぼつかないのではないか。谷垣禎一総裁らは、どうして敵に塩を送り続けるのだろう。前回の総選挙で落選し、捲土重来を期している者たちのことを、どう考えているのだろう。民主党政権が離党騒ぎでガタガタになっているのに、もう一つ追い詰められないのは、谷垣総裁の責任が大きい。消費税増税についても、公明党と一緒になって、あそこまで協力する必要があったのだろうか。景気回復を前提にしているとはいえ、安易に妥協したことで、国民の支持を失っているのではないか。景気をよくするために、国土強靭化基本法を目指すとしても、それに横槍を入れるのが民主党ではないか。政策的には水と油なのである。今の権力にすり寄るのはもっての外である。さらに、外交防衛問題では、民主党政権と話し合う余地があると思っているのだろうか。江藤淳がかつて全共闘運動について、「ごっこの世界」と酷評したことがあった。まさしく民主党政権は「ごっこの世界」ではなかろうか。玄葉光一郎外務大臣が、去る23日に日帰りで中共に出かけたが、バカ高いチャーター料を払ったというので、ネット上で袋叩きに遭っている。定期便なら26万ですむのに、1200万をかけたのだから、批判されても仕方がない。大臣も「ごっこの世界」の延長なのだろう。閣僚席に雁首を並べたなかに、まともな大臣は一人もいないではないか。そこと手を組めば、自民党も泥船になるしかない。そこまでの危機感を谷垣総裁は持っているのだろうか。


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神々となった死者の言葉に耳を傾けるのが保守派の原点だ!

2012年07月29日 | 思想家

 今年もまたお盆の時期を迎えようとしているが、どんな人間であろうとも、死ねば神となるのは日本人だけで、世界に例がないといわれる。それをあたりまえの信仰として、受け継いできたのが私たち日本人なのである。三内丸山や吉野ケ里遺跡などでも居住地と墓地が共存し、死者を祀っていたことが裏付けられている。それと関連付けて、田中英道は『日本史の中の世界一』において、葬式仏教の意義を説いている。本来の仏教とは無縁だとしても、「ほとけ」になることが、死ぬという意味になって、仏教が神道化したのを、田中は高く評価するのだ。「修行して仏のようになる、というのではなく、死ねばほとけになるのである」という信仰を引き継いだことで、仏教が日本に根付くことになったからだろう。さらに、田中は社会的な地位を重んじる儒教と違って、日本人が年長者に対して、敬語を用いることについても、「年を取ることが死に近づくことであり、死ぬことは神になることである」という考えを重視する。なぜそれが続いているのか、私たちは言葉にして語ることが難しい。ただそれをやらずにいられないのが、日本人の信仰なのである。教祖も存在せず、教義すらない。しかし、そうした信仰のおかげで過去からの絆が維持され、日本人は幾多の苦難を乗り越えてきたのである。先祖に手を合わせるのも、死者が神となって、私たちを助けてくれるからだろう。日本の国柄とは、まさしくそれを指すのであり、保守派の原点とは、神々となった死者の言葉に、謙虚に耳を傾けることではないだろうか。


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山頭火の『行乞記』を手にして 5首

2012年07月28日 | 短歌

炎天が身を細らせて歩かしむ山頭火なる数珠ありがたし

末期なる水の清さを口にせし乞食坊主のけれんのなさよ

疲労せし雨に打たせる足なりき静寂にして涙しこぼる

吠える犬罵る子らに追われたる一椀の水命支えん

独りして好天のなか歩みたるつれなき世俗がまぶしかりけり

 
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愛国者石原慎太郎の本領発揮で「尖閣」で米紙に意見広告!

2012年07月28日 | 政局

 石原慎太郎しか頼りにならないというのが、悲しいかなこの国の現実なのである。東京都が27日付の「ウオールストリート・ジャーナル」に意見広告を出し、尖閣購入についての米国民の理解を求めた。核を保有した軍事大国の中共は、尖閣諸島を虎視眈々と狙っている。これに対して、日本の防衛力は脆弱である。核による脅しには、アメリカの核で対抗するしかないのだ。しかも、日本国内には、中共に味方する勢力が跳梁跋扈している。悲しいかなアメリカを後ろ盾にしなければ、尖閣諸島を中共に奪われかねないのである。「東京からアメリカのみなさまへ」と題した意見広告では、東日本大震災へのアメリカの支援に感謝するとともに、尖閣諸島への中共の軍事的圧力高まっていることを指摘し、中共に対抗するアジア諸国を支持しなければ、「アメリカは太平洋の全てを失いかねない」と訴えた。中共軍が上陸する前に、先手を打って東京都による購入をぶちあげた石原のおかげで、日本人はようやく国家として身構えつつある。民主党政権も、自衛隊の活用まで言及するようになった。しかし、残念ながら、日本一国では死守するのは難しいのである。米国民の多くも、日本の尖閣諸島がどうなろうと、自分たちの生活に影響があるとは思っていなかっただろう。それを見透かしていた石原は、アメリカの利害と密接に関係があることを、文面に加えたのである。国際政治のなかで、日本が生き残っていくには、空理空論ではなく、国益が一致することを説く必要があるのだ。政治家としての石原の力量は、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦、小沢一郎らとは格が違うのである。

 
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恥を知らない口舌の徒だけの民主党政権を嗤う!

2012年07月27日 | 思想家

 今日の午後、エアコンをつけた車のなかで、参議院社会保障と税の一体改革の特別委員会の中継を聴いた。野田佳彦首相を始めとする答弁のお粗末なことは、まともな国民であれば、誰もが気付くはずだ。質問者の部分をカットして、答弁者が言ったことだけをつなげれば、どんな人でも、抱腹絶倒するはずだ。何一つまともに応えられず、言葉に窮すると、民、自、公の三党で決めるしかないの連発。それでいて、マニフェストにはこだわりがあるから、矛盾したことを平気で口にする。自分たちが嘘を吐いたのを知っているので、批判されるのを恐れて、ただただ言葉を濁しているのだ。自分たちの方針を撤回したからこそ、離党者が相次いだのではないか。その予備軍を抱えているとしても、歯切れの悪さはいかんともしがたい。しかし、そこまで末期症状を呈しているのに、平然と居直っていられるのは、一体なぜだろう。恥という言葉を知らないのだろう。先祖に対して顔向けが立たないという考え方も、持ち合わせていないに違いない。生きている者だけの思い以上に、死者の思いを大事にするのが保守民族派である。だからこそ、卑怯な行為を蔑むのである。会津武士道というのも、それと共通している。明治42年に発行された高橋淡水の『壮絶悲絶白虎隊』では「会津藩の教育は利を後にして道を先にし、才よりは人格を重んじる、知るよりは行いを先にする」と書かれている。戦後の日本では、そうした教育がなされなかったために、恥を知らない卑怯者が横行することになったのだ。


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民主党政権打倒のために自民党は新保守主義の旗を掲げよ!

2012年07月27日 | 政局

 すでに瓦解してしまっている民主党政権が、延命のために国政を弄んでいるのは、国民にとってこの上なく不幸なことだ。参議院の社会保障と税の一体改革特別委員会で、自民党が採決の前提となる中央公聴会を31日に開催しようとしたらば、民主党がそれを拒否したというのだから、何をか言わんやである。政治生命を賭けると公言しておきながら、野田佳彦首相はまたまた国民を騙したのだ。しかし、自民党も頼りない。どうして西田昌司や森雅子を前面に立てて、論戦を挑まないのだろう。質問者が及び腰で、手加減を加えてしまったならば、国民にアピールできないではないか。谷垣禎一総裁には、民主党政権を追い込むという気概が、どうしても感じられない。さらに、経済政策についても、国土強靭化基本法案の周知徹底を図るために、一大国民運動を展開すべきだろう。それもしないで、政権が転がりこんでくるわけがない。そして、新自由主義に対して、自民党は新保守主義の旗を掲げるべきだと思う。新古典派でもある新自由主義では、「人間は合理的であり、消費者は所得の制約のもとで消費から得られる満足を最大化し、企業家は技術の制約のもと利潤を最大化しようとする」(松原隆一郎著『経済思想』)というのが前提になっているが、構造改革はリストラをともなうのであり、結果的に消費者は将来に不安を抱くことになり、公式通りにはいかないのだ。民主党政権を解散・総選挙に追い込むのは、妥協ではなくて、新保守主義の旗を高く掲げることなのである。


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