草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

「大アジア主義」とは抑圧された者たちの解放の哲学でもある!

2014年06月30日 | 思想家

今の中共は孫文が定義した覇道国家にあてはまる。何度も取り上げて来たが、孫文が大正13年の神戸女学校で行った「大アジア主義」の講演ほど、日本の保守民族派の胸を打つものはない。なぜ欧米列強に立ち向かわなくてはならないかを、懇々と説いたからだ。とくに民族解放について述べた部分は、今もって色あせてはいない。「それは苦しみを受けたアジア民族が、どうしたらヨーロッパの強力な民族に抵抗できるかという問題です。簡単にいえば、被圧迫民族のために不平等をやっつける問題であります。圧迫を受ける民族はアジアだけではなく、自州と自国の民衆も圧迫するものである。われわれの説く大アジア主義は、これらのあらゆる被圧迫民族を結集して、不平等と戦うことであります」と述べたのである。まさしくそれは、共産独裁国家中共を語るに、もっともふさわしい。「自国の民衆も圧迫」しているのは否定できず、それを打倒せずしては、大アジア主義は意味を持たないのである。その中共と接近して、軍事はアメリカ、経済は中共と使い分けようとしているのが韓国である。それがアジアに混乱を引き起こしているのだ。隣国であるから、中共や韓国と友好関係を築くというのではない。そこにあるのは、抑圧された者たちと連帯して圧迫から解放するための戦いの正当化である。「大アジア主義」とは本質的には、現状を否定するダイナミズムな運動であり、だからこそ、それが日本革命にも結びつくのである。共産独裁国家中共で抑圧に苦しむ者たちを、日本は見捨ててはならないのだ。かつての大陸浪人は、それがあったからこそ大陸に雄飛したのではなかったか。保守民族派は排他的な主張を好むのではない。真の日中友好のためには、両国民が力を合わせれやるべきことがあるのだ。それが「大アジア主義」なのである。

  

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江藤小三郎は人目を避けサヨクは公衆の面前で焼身自殺を!

2014年06月29日 | 思想家

最近のネットが騒がしくなったのは、特定アジアの工作員のせいだろうが、あまりにも愚劣でてんで話にならない。今日午後2時10分ころ、新宿で男性が焼身自殺を図った事件でも、それをかばうのに必死である。人の見ている前で行なったのには、どことなく違和感を覚える。チベットの僧侶たちはまずガソリンを飲んで、それからガソリンをかぶった。あまりにも中共による圧政がひどいからだ。今回のはどことなく被害妄想である。第一に中共の侵略を想定していない時点で、もはや論じるに値しない。毎日のように朝日新聞を読まされ続ければ、そうした勘違いをする人間も出てくるのだろうが、あまりにも思いこみの世界である。わずかばかりの反対があっても、国民全体の安全を守るためには、集団的自衛権の行使容認は必要なのである。それに反論した文章でも残したのならば、ぜひ読んでみたい。広告会社が安倍政権批判には一役買っているともいわれる。そんな事件が起きると喜ぶのはサヨクと、朝日新聞などのマスコミだ。焼身自殺といえば、昭和44年2月11日に決行した民族派の江藤小三郎のことが、よく引き合いに出される。江藤は「我、神命により不生不滅の生を得む。ここに肉体を放棄し永遠の生命を得む。我『建国の日』に魂魄となりて、民族の危機にあたるものなり」との「覚醒書」を残している。天皇主義者として死んだのである。三島由紀夫はその死について「2月11日の建国記念日に、一人の青年がテレビの前でもなく、観客の前でもなく、暗い工事場の陰で焼身自殺した。そこには、実に厳粛なファクトがあり、責任があつた」(『若きサムラヒのために』)と書いている。今回とは違って人目を避けたのである。同じ焼身自殺をするにしても、そこに民族派とサヨクとの違いがあるのだ。

  

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恥さらしテレビの暴言仇となり 10句

2014年06月29日 | 川柳
また一人人身御供の餌食かな

正論で勝てぬサヨクのえげつなさ

朝毎のおだてに乗ったが運のつき

恥さらしテレビの暴言仇となり

仕置き人週刊誌なりネットなり

人のこと言えし自分かなぜ問わぬ

怒り顔いつかポロポロ涙目に

大げさにせぬ一言が才女なり

セクハラも不倫も認めぬ人の世は

誰利するマスコミいつも空騒ぎ

  

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自民党に取って代わる保守新党の誕生を待望する世論!

2014年06月29日 | 政局

 朝日新聞を始めとするマスコミがあれだけケチをつけても、支持する政党は自民党しかないのである。今日のフジテレビの「新報道2001」によれば、安倍内閣の支持率は51・4%で、次回の選挙投票先は自民30・2%、民主党5・8%、公明党4・8%、共産3%などで、それ以外は1%前後か、それ未満である。自民党の一強で、それ以外の政党の存在感が希薄になっている。集団的自衛権の行使容認にしても、野党は争点化することに失敗し、「日本が戦争に巻き込まれる」の一辺倒で、掘り下げた議論を避けたからだろう。せいぜい東京都議会のヤジを批判してみても、国民の政党支持率には、たいした影響は出ないのである。弱小政党の動きとして注目されるのは、みんなの党の方が結の党よりも支持率が高いことだ、マスコミで話題になった分だけ得をしたのだろう。ただ、注目してしまうのは、自民の30・2%に対して、民主、共産、社民の支持率を合わせれば約9%に達する。自民党の3分の1はサヨクの支持者がいるのである。つまり、それは戦後一貫して一定程度の力を保持しており、その傾向は今も同じなのである。ということは55年体制からは脱却はしていないということなのである。日本人の思想的傾向は3対1のままなのである。未定の46・2%は大きいとしても、日本人の多くは保守に与しているのである。自民党の単独政権は維持できなくなっても、日本人の本質は保守なのであり、そのなかで競い合うのが正しいのだろう。自民党に対抗する意味で、日本派の政党が誕生する意味がそこにあるのだ。時間をかけずに真の保守政党が誕生すべきなのである。

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中共の侵略の野望を打ち砕く集団的自衛権行使の容認!

2014年06月28日 | 政局

ようやく日本もまともな国になるのである。自民党と公明党との間で、集団的自衛権行使の容認についてほぼまとまった。条件をいくらつけても大筋は変わらないのであり、これによって日米安保条約は強化され、中共の日本侵略の野望は打ち砕かれることになるだろう。日本を防衛してくれるアメリカ軍の艦船が攻撃されても、これまでは放置するしかなかった。これからは日本の自衛隊も果敢に反撃することが可能となり、日本への批判として使われていた「安保ただ乗り論」も通用しなくなるのである。サヨクや朝日新聞などは一応はがっかりしたふりをするだろうが、最初から嫌がらせのレベルだったのである。それに煽られた人もいるようだが、抵抗した姿を見せれば、特定アジアの国に申し開きができる。それだけのことであったのだ。特定秘密保護法案、そして今回の集団的自衛権の行使容認といったように、安倍政権は着実に成果を挙げてきている。いかなる妨害に遭っても、それに屈しない勇気は賞賛に値する。日本が国家として再生するには避けては通れない道である。これからは本丸の憲法改正である。三島由紀夫が訴えたいたことが、ようやく視界に入ってきたのだ。安倍首相を中心に保守が結束すべきことはいうまでもない。

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韓国との友好関係はもはやありえない 5首

2014年06月28日 | 短歌

日本は罪の国よと罵倒せし甘受すれば禍根を残せり

20万数字をあげ真実を伝えるごとき宣伝攻勢

この世から日本の国がなくなりて流浪の民にされてなるまじ

韓国の言うままになりし過去なれば心の扉開聞きしものを

かくなれば身を守るすべ日本が取るもやむなし仇なす国へ

 

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都議会のヤジでは産経も朝日に横並び!

2014年06月27日 | マスコミ評

 日本がどれだけ特定アジアの影響下にあるかどうかは、保守を名乗っている新聞の論調を見ればいい。ここぞというときに、とんでもないことを書くのである。今日の産経新聞の「主張」はその典型である。朝日や毎日と何ら変わらず、東京都議会でのヤジについて論じている。その文章たるやあまりにもいい加減である。まず塩村都議に向って発せられた「早く結婚した方がいい」「まず自分で産めよ」のヤジについて、「などの声が飛んだとされる」と書いている。他人からの伝言のもとづいて批判する。それで本当に良いのだろうか。「まず自分で産めよ」に関しては疑問視されている。なぜそのことを問題視しないのだろう。表向きは保守を標榜していても、ここぞというときは、時勢に流されるのだろう。その背後に特定アジアの影も見え隠れする。中共や韓国は、日本のあらゆる組織に食い込んでいる。とくに顕著なのはマスコミである。さらに、社の方針に従っているような顔をしながら、裏をかく記者もいるのではないだろうか。朝日だから駄目で、産経だから評価するというのは、あまりにも単純な物の見方である。もし言わないことまで記事にして。それをマスコミが煽ったとすれば、ゆゆしき事態ではないだろうか。民主党が政権を手にした総選挙のときの日本のマスコミの暴走は、あまりにも酷かったので、結果的にネット言論に保守が結集することになった。日本という国家は、根本から腐ってきているのではないか。戦後という時間は国家を風化させ、公を見失った日本人を数多く誕生させた。忠誠心や使命感の欠如は、最終的には国家を崩壊させるのである。朝日と横並びの論陣しか張れない産経の「主張」を読むにつけ、日本のマスコミ全体に絶望感を覚えるは私だけだろうか。

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都議会での「産めないのか」のヤジはでっちあげの可能性が大だ!

2014年06月26日 | 政局

 池田信夫がネットで塩村都議と日本のマスコミを批判している。塩村都議が問題にした「産めないのか」というヤジはなかった可能性が出てきたからだ。まさしく御笑いではないだろうか。マスコミが電波を通じて流したり、新聞で書きたてたのはその言葉ではなかったか。大々的に取り上げたマスコミは訂正をすべきだ。頬かぶりをしてすまされる問題ではない。塩村都議のツイートがきっかけになったのだから、彼女自身も説明責任を果たすべきだろう。その事実も確認しないままに記者会見までして、外国に日本の悪口を言いふらしたとすれば、言語道断ではないか。それに便乗したマスコミも、あまりにも軽率である。日本は天下泰平である。権力を持った政党に対して、何をしても許されるからだ。ありもしない誹謗中傷もまかり通るのである。これと比べると、中共あたりは違う。真実であろうとも、記事にすることは許されないのである。このヤジをめぐっては工作員がわいてきて、連日のように自民党批判を繰り広げた。朝日新聞などは都議会が無理に幕引きをしたかのように書いているが、それを喜んでいるのは、本当は塩村都議の方ではないだろうか。くだらない言葉狩りに終始し、挙句の果てには、ヤジ自体が存在しなかったことが明らかになりつつあるのだ。その一方では、塩村都議のスキャンダルが次々と週刊誌をにぎわせている。「女の敵」として名指しされたのでは、致命傷になるのではないか。法的手段で対抗しなければ、それを認めたことになるだろう。娯楽番組に出演して、自分から口にしたのか、それとも言わされたのかは別にして、その過去が暴かれた段階で、政治家としてはアウトなのである。

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韓国で「米軍慰安婦」をめぐって国家賠償を求める集団訴訟!

2014年06月26日 | 国際問題

 韓国民の本音がいよいよ出てきた。反日であると同時に、反米なのである。それもアメリカは分からずに、靖国参拝なので韓国に同調したのではなかったか。産経新聞によると、朝鮮戦争の休戦後に、在韓米軍基地近くの売春街で米軍兵の相手の売春をしていた韓国人女性122人が25日、「米軍慰安婦」として韓国政府の監視下に置かれたというので、一人あたり1千万ウォン(約1000万円)の国家賠償を求める集団訴訟をソウル中央地裁に起こした。アメリカの要求で韓国政府が売春に関与していたことは明らかであり、それこそ韓国民の究極の敵はアメリカなのである。この20年にわたって韓国社会に巣くったサヨクの力は侮れず、これまではそれが日本に向けられていたが、韓国が中共と接近するに及んで、アメリカもその視界に入ってきたのである。アメリカ国民は、その集団訴訟をどう受け止めるのだろう。日本を批判する韓国に同調してきたのに、今度は自分たちが槍玉に挙がっているのである。戦争に慰安婦は付きものであるが、いくらクリスチャンの国であったとしても、アメリカが無縁であったかといえば、そうではない。敗戦後の日本でも、一時期は一般の女性を守るために、防波堤となった人たちがいた。しかし、そうした境遇を選んだ日本女性はじっと耐えしのんだのである。韓国はまた別である。当面は国家賠償という形で韓国政府が相手であるが、最終的にはアメリカ政府に矛先が向けられるだろう。そのうちアメリカ全土に「米軍慰安婦」の像が建てたれることになるだろう。日本ばかりを悪者にするのに飽きて、韓国は次々と喧嘩を売ればいいのである。儒教の国であった韓国が、そこまであさましくなってしまったのである。サヨクに乗っ取られてしまったからだろう。

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日本は母系社会であり女性蔑視の思想は馴染まない!

2014年06月25日 | 世相

 姦淫を犯した女を石打ちの刑にしようとした者たちに向かって、イエスは問うたのではなかったか。「罪を犯したことがない者だけが石で打て」と。マスコミの関係者も自分のことはさておいて議論している。本当であれば風俗に遊びに行くこともまた、大変な罪なのである。今回の都議会でのヤジを他人事のように議論するわけだから、いい気なものである。サヨクだって過去に女性が道具として使ったことがなかったのだろうか。革命のためには、男に奉仕するのを強制して、それがハウスキーパーという名前で呼ばれたのではなかったか、それを自由恋愛と言いくるめようとしても、鉄の規律を誇る組織からの命令であれば、女性はそれを拒めなかったはずだ。ことさらそれを問題視しようとしているのではない。男と女との関係がそれだけ難しいことを、例に挙げただけだ。エピソードとしてよく引き合いに出されるのが、革命思想家必ずしもフェミニストならずということだ。労農派の向坂逸郎などは典型的なワンマン亭主で、家族も手を焼いたといわれる。それろ比べると北一輝は女性に対して、ある種の理想を抱いていた。人間が神に近くなれば、もっと違った愛し方がある。北はそう信じて疑わなかったのである。欧米などの諸外国と違って日本は、父系社会ではなく母系社会である。母親の力が絶対なのである。女性を蔑視する文化には馴染まないのである。獲物を求めて新天地を求めるよりも、同じ土地にとどまって子孫を絶やさない。平和な母系社会が日本の国柄ではなかったろうか。にもかかわらず、日本の社会が女性蔑視であるように海外に宣伝されるのは、大変な誤解である。もちろん品のないヤジも断じて許せないが、そっちの方が大問題なのである。

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