草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

著しくマスコミの権威が失墜したのが平成24年であった!

2012年12月31日 | マスコミ評

 ことしも残すところ後わずかである。マスコミの権威が失墜した記念すべき年であった。それは1970年前後の大学騒動のときと似ている。進歩的文化人といわれていたサヨクが、全共闘の学生たちの異議申し立てに、なすすべがなかった。抑圧された者の解放を主張しているくせに、大学教授の特権的地位に安住していたのを糾弾されると、言葉を失ってしまったのである。東大では「戦後民主主義の虚妄に賭ける」とまで大見得を切った丸山真男が、研究室がメチャクチャに破壊されたというので、オロオロするしかなかった。その矛先が大学教授でなく、マスコミに向けられたのが今年であった。NHKの職員の給与が破格で、天下り先も用意されている。それが明るみに出て、国民からの批判にさらされた。民放の各局も似たり寄ったりで、普通の国民と比べて、とんでもなく優遇されている。それだけに、ネットでは徹底的に批判された。象徴的であったのは、朝日新聞の「天声人語」が嘲笑の対象となったことだ。一流大学に合格するには、それを読むのが義務付けられていた。知的労働と肉体労働を区別するのが日本のサヨクの特徴である。NHKや朝日新聞の人間が高給取りなのは、受験競争を勝ち抜いたエリートだからであり、頭を使っているからだろう。著しくマスコミの権威が失墜したことで、私たちは自分自身で物事を判断せざるを得なくなった。しかし、それは結果的に、私たちが自由を手にすることでもある。敗戦後の日本の知識人やマスコミの言説は、その大半がお花畑であった。サヨクの綺麗ごとに終始していた。現実を直視することで、それに疑問を感じた若い人たちによって、型にはまった言説が打ち倒されるのは、至極当然のことなのである。


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景気回復と雇用で若者に希望を与えるのがアベノミックスだ!

2012年12月31日 | 経済

 若者に希望を与えようというのがアベノミックスである。リフレ策をとれば、年金生活者の高齢者が影響を受けることは目に見えている。しかし、このままデフレが続けば、企業活動は縮小し、若者の働く場がどんどん失われてしまうだけだ。それでいて、若者の負担は増大することがあっても、減ることはまず考えられない。大胆なリフレ策を実行に移しつつある安倍首相が、若者から圧倒的な支持を受けるのは当然だろう。さらに、東日本大震災からの復興と国土強靭化のために、財政出動をして仕事をつくろうというのだから、願ってもないことなのである。日本の国債が暴落するのを心配する意見が一部にあるが、そこで損をする人が出たとしても、国民に増税を強いるよりはましだろう。財政再建というお題目のために、デフレから脱却できず、未来への投資も冷え込んでいたのが、これまでの日本であった。そこに喝を入れたのが第二次安倍内閣の誕生である。安倍首相のフェイスブックに集う人たちも、若者が中心である。景気を良くしてくれるだろうとの期待から、自然発生的に、次々と応援の輪に加わっているのだ。私は団塊の世代のすぐ後ではあるが、目先のことよりも、子供や孫の将来のことが心配でならない。企業活動を活発化させる上でも、呼び水は欠かせないのである。当初はアベノミックスが批判する論調一色であったが、徐々にながら雲行きが変わってきた。それを後押ししているのが若者であり、ネットを通じて確実に広がっているのである。経済政策の上で、日本は分岐点に立っている。デフレの現状を容認しているのは、既得権益に胡坐をかいている守旧派である。これに対して、次の時代を担う若者のために、アベノミックスで現状を打開しようというのが、第二次安倍内閣なのである。


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2012年歳末の会津 5首

2012年12月30日 | 短歌

さすらいの勇の歌に涙せし雪ぼさぼさの会津平で

会津なるもの皆親し夕暮れに胡坐をかきてキーボード打つ

君の住む越後平野をおおいたる雪雲会津とつながりており

ありがたき会津に生まれ死ぬるまで磐梯の嶺おろがみてあり

歳末のさびしさなりし昨日今日中也の呪文は「奉仕の心」

 
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フェイスブックでの安倍首相のマスコミ批判を断固支持する!

2012年12月30日 | マスコミ評

 安倍晋三首相のフェイスブックで、毎日新聞の夕刊の特集を槍玉に上げていたのに対して、それをたしなめるかのような書き込みをしていた高校生がいた。第二次安倍政権に対する識者の評価があまりにも偏っているとしても、そこまでするのはやり過ぎだというのだ。野田佳彦前首相や菅直人元首相にしても、ありもしない誹謗中傷に耐えたのだから、我慢しろというのだ。茶化するつもりはないが、その特集で有識者として登場する面々は、一方的な意見の持ち主ばかり。第三の権力であるマスコミの、中立公正の観点からも看過できない。元朝日新聞の政治学者薬師寺克行にいたっては、民主党政権が誕生した時に「わくわくする」とまではしゃいだ人間である。それを揶揄することが許されないのだろうか。天下の朝日新聞に所属していた薬師寺のコメントについて、多くの国民は誹謗中傷とは思わないだろう。さらに、その高校生は、特定の国や集団を批判するような書き込みは削除すべきだ、との苦言も呈している。仲間内で盛り上がるのがフェイスブックなわけだから、そこまで言うのはどうだろう。それよりも、安倍首相は「極右政治家」であり、それを支持する連中は「ネトウヨ」で常軌を逸した排外主義者、と決めつけることの方が問題だろう。しかも、安倍首相が自民党総裁選に立候補した時点から、この国では激しい言論戦が繰り広げられており、連日のように、ネット上では偏向報道が糾弾されている。毎日新聞だけではなく、朝日新聞、中日新聞、さらには、公共放送を自任するNHKまでもが、安倍政権バッシングに加わっているからだ。泣き寝入りすることなく、安倍首相もフェイスブック上でどんどん反論すべきだろう。悔しい思いをした、第一次安倍政権の二の舞にならないためにも。


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安倍政権は拉致被害者の全貌開明と治安の強化に取り組むべきだ!

2012年12月29日 | 安全保障

 北朝鮮に拉致された可能性のある人が、全国で868人もいるのだという。拉致被害者を支援している市民団体「徳島救う会」の情報公開請求によって、警察庁が発表したもので、まだまだ全貌は明らかになっていないのである。民間の「特定失踪者問題調査会」は約470人とみている。どちらにしても大変な数である。政府はこれまで認定した拉致被害者は17人にとどまっており、第二次安倍内閣がスタートしたのに合わせて、徹底解明が待たれてならない。拉致は国家主権の侵害であり、ある意味では戦争と変わりがない。罪もない日本国民を、武装した外国人が拉致する現場に警察官が遭遇すれば、そこで銃撃戦になっても不思議ではない。絶対に許せない暴挙なのである。これまでも安倍晋三首相は力を入れてきたが、各都道府県レベルでも、真相の究明に全力を挙げるべきだろう。実行部隊の中心になった北朝鮮工作員や、それを背後で支えているネットワークを焙り出すのである。日本国内に張りめぐらされた組織がなければ、日本から連れ出すのは無理である。日本人はあまりにも平和惚けをしていた。とくに、日本のサヨクは、北朝鮮による犯罪を認めようとしなかった。マスコミも同じであった。それを口にするだけで、「右翼」とレッテルが張られたのである。国民の理解を持ってもらうためにも、国を挙が広報活動に力を入れる必要がある。私たちの身近にいた人間が、理由もなく拉致された事実を知れば、国民の意識も変わってくるはずだ。他人事ではないのである。さらに、北朝鮮がそこまでしたわけだから、それ以外の国々も、日本の各機関に浸透している可能性は否定できない。民主党政権によって、それに拍車がかかったことも、容易に想像がつく。対抗策として、国は早急に公安や警備を充実させ、治安の強化に取り組むべきだろう。


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三島由紀夫の戯曲『喜びの琴』と林房雄の『悲しみの琴』の音色は一緒だ!

2012年12月29日 | 思想家

 三島由紀夫の戯曲『喜びの琴』を取り上げながら、見出しを『悲しみの琴』と間違ってしまった。後で気が付いて訂正したが、私にとっては、林房雄の『悲しみの琴』の印象が強かったからだろう。林があえて本の題名を『悲しみの琴』にしたのは、頭のなかに『喜びの琴』がまずあったからではないか。共産党の活動をして、治安維持法違反でぶち込まれた林は、転向した後で、一時は大東塾に接近した。思想的には左から右、極端から極端である。しかし、根っこの情念の部分においては、うぶな純粋さを維持していた。それを三島さんは『林房雄論』で高く評価したのである。ただ、三島さん自身は、天空から聞こえてくる琴の音色に満足せず、その先を目指そうとした。純粋であることを立証するために、それを行動で示そうとしたのだ。そこに林は、三島さんの孤高な悲しみを見たのではないか。「喜び」から「悲しみ」になったのには、それなりの理由があるのだ。不純であることを嫌うのは、日本人の習性だといわれる。三島さんは、東大の安田講堂の攻防戦で、極左活動家が死を選ぶことを警戒していた。思想に殉ずるということで、時計台の上から投身自殺をされたら、とんでもないことになると心配していた。おとなしく投降したために、そうした結末にはならなかったが、三島さんは本気で危惧していたのである。口先だけでは、人々の心を動かすことはできない。三島さんの義挙が今なお語り継がれるのは、死を厭う者たちの前で、実際に死んで見せたからだ。歴史に名をとどめるのは「人生古より誰か死無からん/丹心を留めて汗青を照らさん」(文天祥・「過零丁洋」)なのである。二人が耳にした琴の音色は共通しており、そこから湧いてくるイメージが一緒だったために、お互い意気投合したのだと思う。

 
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三島由紀夫の戯曲『喜びの琴』のようにスパイが暗躍する日本を憂う!

2012年12月29日 | 思想家

 安倍第二次内閣に対して、マスコミの偏向報道があまりにも酷過ぎるので、色々と考えてしまう。中共や北朝鮮などのエージェントがいるのでは、といった思いもしないではない。スパイということになると、三島由紀夫の『喜びの琴』だろう。真面目な警察官が、上司が極左分離党から公安警察に潜り込んだスパイであることを知って、人間不信に陥り、絶望感を味わうことになった。筋金入りの反共主義者が、実際は「言論統制法」が国民から総スカンされるように、陰謀をめぐらしたのだ。その策略にまんまと引っかかってしまったのである。三島さんは『喜びの琴』のなかで、思想の相対性がはらむニヒリズムを問題にするとともに、情念の純粋性に一縷の希望を見出したのである。その警察官は、同僚の警察官が口にしていた「デモの合間に聞こえてくる琴の音色」が耳元に流れ、それで救われたのだ。いくら騙されても、自らが殉じようとした情念は絶対なのである。日本が将来思想的に混乱することを見込んで、三島さんは死んで見せたのではないか。国を売る者たちが暗躍すればするほど、それに立ち向かう純粋性が求められるからだ。民主党が政権を取ったことで、公安や警備もズタズタにされたのではないか。権力とサヨクが接点を持つことを、三島さんは一番恐れていた。日本の国民はとんでもない選択をしてしまったのだ。安倍首相がリーダーシップを発揮するのを邪魔するのは、スパイであった上司のような人間たちである。彼らは、国のために命を惜しまない人間を、愚か者と決めつける。ニヒリスト特有の冷めた物言いである。日本を守るためにも、今こそ私たちは、三島さんが言いたかったことを思い起こすべきではないだろうか。


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福島県民にケンカを売る中日新聞の便所の落書きを嗤う!

2012年12月28日 | マスコミ評

 中日新聞は便所の落書き以下である。第二次安倍内閣への識者によるコメントは、偏向報道そのもので、マスコミとして最低である。多くの国民が期待しているのに、それに対して真っ向から挑戦状を叩きつけたわけだから、いい度胸である。とくに、福島県民の一人として許せないのは、一部のサヨク活動家が「福島圧殺内閣」と命名したのを、疑問もなしに載せたことだ。福島県民は、今度の総選挙で、圧倒的に自民党を支持した。それが民意なのである。しなくてもよい被曝をさせたのは、元首相の菅直人であり、官房長官であった枝野幸男らである。彼らの「犯罪」を不問にして、脱原発を唱えれば許されるかのような主張は、福島県民のなかの、一握りでしかない。自分たちの勢力拡大に乗り出している極左などは、毛嫌いされているのだ。それを知っていながら、中日新聞は、福島県民にケンカを売るつもりなのだろうか。中日新聞と民主党の癒着に付いては、これまでも取り沙汰されてきた。しかし、あまりにも酷過ぎはしないか。私たち福島県民は、民主党政権が原発事故で、どうのような対応をしたのか。それを徹底的に究明してもらいたいと思っている。菅元首相を英雄にしようとした目論見はあっけなく潰えた。東京電力は全面撤退など、一度も考えたことがなかったのである。喚き散らして、現場を混乱させた首相官邸が一番問題であったのだ。少しでも小さく見せようとした菅元首相らによって、私たちは大変な迷惑を受けたのである。国の補償を求める意味でも、真相の究明は避けては通れないはずだ。一部のサヨク活動家のコメントを、あたかも福島県民の意見のようにして掲載したことを、中日新聞は謝罪すべきだろう。こんなことでは、マスコミがネットを馬鹿にする資格などないのである。


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安倍政権の誕生でほっとしているのが日本人の偽らざる心境だ!

2012年12月28日 | 政局

 共同通信が26、27日に実施した世論調査によると、安倍第二次内閣への支持率は62・0%に達した。ネットの感触とほぼ同じで、大いに参考になるとは思う。日本国民の多くは、政治の安定を望んでいるのだ。一度だけはマスコミの世論誘導に引っかかったとしても、二度とはその手に乗らないのである。さらに、経済政策でも、安倍晋三首相はリーダーシップを発揮して、果敢に現状を打開しようとしている。その熱意にほだされたのではなかろうか。安全保障の面でも、長年政権を担当してきた自民党が頼りになるのだろう。マスコミが安倍政権にいちゃもんをつけても、あまりにも露骨であれば、ネットから総反撃を受けることもあり、今後はセーブするようになるのではないか。日本が危機を乗り切るためには、日本人が一つにまとまらなくてはならない。外敵が目の前に迫っているわけだから、内輪揉めなどしていられないのだ。ここで足を引っ張ろうとするのは、敵を利するだけであり、日本国民の名において、徹底的に糾弾されるべきだろう。新聞の場合は署名入り記事が結構あるので、ネット上で名指しで批判されるようになってきた。テレビの場合は動画などで流され、やはり批判の矢面に立たされる。言論は自由なわけだから、私は喜ばしいことだと思う。新聞やテレビがわがもの顔にしていた時代は、遠の昔に終わったのである。とくに、型にはまったお花畑の言説には、日本国民は辟易している。軍艦で攻めてこようとしたり、弾道ミサイルをぶっ放してくる国家に対して、話せば分かると信じている段階で、現実を見る目はゼロである。決まり切った言説を振り回すことで、悦に入っているサヨク文化人の場合は、悲劇を通り越して喜劇でしかない。自民党を支持しているのは、声なき声の常識人であり、それだけにまともなのである。


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防衛大綱見直しで安倍首相が尖閣を守り抜く決意表明!

2012年12月27日 | 安全保障

 安倍首相は就任早々、防衛大綱と中期防の見直しをするように、小野寺五典防衛大臣に指示した。日米同盟を基軸にしながらも、日本自らの手で尖閣諸島を守り抜く決意の表明である。安倍首相はやるべきことはやるのだ。中共の挑発は目に余る。領海侵犯どころか、最近では領空侵犯するまでにエスカレートさせてきている。森本敏前防衛大臣が離任あいさつで、「日本はそう遠くない時期に国家安全保障上の試練を受けるのではないか」と述べた。それだけ中共や北朝鮮の脅威が切迫していることを、多くの日本国民に知って欲しかったのだろう。サヨクやマスコミが言っていることは、そうした現実に目を向けず、日本が「右翼国家」になるかどうかを問題にしているわけだから、ピンボケにもほどがある。森本前防衛大臣は、野田佳彦首相に請われて民間から入閣したが、一日一日背筋が凍るような思いをしたのではなかろうか。ようやく、安倍政権が誕生したことで、国を挙げて危機に対処する環境が整いつつある。中共が海軍を繰り出す事態になれば、海上保安庁にばかり重荷を負わせることはできない。海上自衛隊が活動しやすいように、法律を全面的に改正することも必要だろう。中共の出方を見守ることも大事だが、準備を怠ってはならない。まずは虎の子である潜水艦を配備し、24時間監視を続けるべきだろう。こちらも魚雷などの武器を持っており、簡単には手が出せないはずだ。さらに、習志野の空挺部隊をいつでも派遣できるように、前線基地を沖縄に設けるべきだろう。いざとなれば、日本人は一致結束して外敵と戦うのであり、簡単に白旗は揚げないのである。守りがしっかりしていれば、日本国民に覚悟があれば、侵略を思いとどまらせることもできるのである。


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