草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

時代に逆行して情報の囲い込みに必死な大新聞を嗤う!

2019年04月27日 | ネットの世界

日本の大新聞は情報の囲い込みをしている。ネットで発信する記事を有料化して、新聞の購読者が減った分を取り戻そうと必死である。その点では朝日、読売、毎日、産経も横並びである。ネット社会では、情報を手にするのも、情報を発信するのも、限りなく経費がゼロに近づくはずであった。時代に逆行しているのである▼本来であれば、現実に起きている様々な事件を、無料で提供すれば、そこに人びとは集まってくるわけで、バナー広告だけで、十分に採算が取れるのである。インターネット広告費は、2017年の段階で1兆5094億円。新聞、雑誌、ラジオ、テレビの広告費が頭打ちであるのに対して、前年比で115・2%となった。しかも、制作トレンドは、独自のウェイブサイトによる宣伝よりも、ソーシャルメディアとの連携型にシフトしてきている。ツィッターやフェイスブックへの広告を出す企業が増えているのだ▼大新聞が多くの人材を抱え、大手通信社とタイアップし、いくら全世界的な規模で情報網をめぐらしても、ソーシャルメディアのネットワークにはかなわない。大事件が起きれば、そこに居合わせた人が、携帯で動画を撮影し、それがあっという間に世界中に拡散されるのだ。下手な解説が入り込む余地などまったくない。それに気付かない大新聞は、図体だけ大きくなって滅びた恐竜と同じ運命を辿るしかないのである。

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盛り過ぎより言行不一致で青山繁晴氏を批判すべきだ!

2019年04月11日 | ネットの世界

虎ノ門ニュースでお馴染みの青山繁晴氏をユーチューバーのKAZUYA氏が噛みついた。お互いに保守を自称しているだけあって、両方の支持者を巻き込んで、ちょっとした騒ぎになっている。KAZUYA氏が「信じられないような話をする」と青山氏のことをこきおろしたのだ。とくに「千人暗記」と言ってはばからない青山氏を槍玉に挙げていた▼いくら保守であっても、まるっきり考え方が一緒の人はいないから、やり合って当然である。百田尚樹氏の『日本国紀』に噛みつく保守がいたっていいし、百家争鳴でよいのである。青山氏のサービス精神が行き過ぎであるのは、誰もが認めるところだろう。ある意味では役者なのである。それだからファンがいるのだ。盛り過ぎることよりも、言行不一致で青山氏を批判すべきではないだろうか。自民党を貶すのであれば、離党を決断すべきなのである▼当初は新鮮であった虎ノ門ニュースも、徐々に陳腐になりつつある。自民党の応援団かと思っていたら、今回の統一選では大阪維新の会寄りの主張をするなど、わけがわからない。出演者に共通しているのは、知ったかぶりをして話すことだ。有本香氏がその典型である。コミンテルン謀略論も底が浅過ぎる。もともと保守に属する層というのは、派手なパフォーマンスとは無縁なわけで、福田恆存や竹山道雄のような識者の意見を聞きたいのである。

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いい加減な百田氏や山口二郎氏を批判するのがネットだ!

2019年01月02日 | ネットの世界

右をみても左をみてもいい加減な連中ばかりである。そうした者たちの言動に騙されないのがネット民である。右では百田尚樹氏や有本香氏の『日本国紀』を取り上げざるを得ない。二人して東京都内の書店を回ってサインをして回っているようだが、間違ったままの第一刷や第二刷を売るためではないかといわれている。ネットで次々と間違いが指摘されているにもかかわらず、正誤表を出す気配もない▼左では、お騒がせ男の山口二郎氏がとんでも発言をしている。「私の想像」で自衛隊機を悪者にしたために、ネットでは大炎上中である。「北朝鮮漁船を救助する作業で忙殺されていた韓国駆逐艦の現場の兵士は接近してきた自衛隊機をうるさく思い、レーダーを照射した。 自衛隊機はこれに驚き、日本政府はこれを重大事件として公表した」というものである。韓国を擁護するためには何でもありなのである。リベラルというよりも、反日思想の持主であることが分かる▼ネット民は利口である。コモンセンスによって判断しており、右であるか左であるかはどうでもいいのである。百田氏が書いた本を批判するとともに、返す刀で山口氏の主張も糾弾するのである。どっちもどっちであることを理解しているからだ。誰が書いたかというよりも、何が書かれているかが問題なのである。ネット民はあくまでも是々非々で対応しており、特定の勢力の信者ではないのである。

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玉石混淆のネットの方が地上波テレビより格段に面白い!

2018年11月19日 | ネットの世界

地上波のテレビを見なくなって久しい。携帯で全て用が足りてしまうのだから、生活にはまったく支障はない。かつては朝からテレビをつけて、それで時間を確認しながら、仕事や学校に出かけていくのが普通であった。NHの朝の連続ドラマの「おはなはん」が国民の共通の話題になり得たのである▼ネットが普及するにつれて、もはや新聞同様に、古代の遺物となろうとしている。どのチャンネルでも出てくるのはジャニーズと吉本興業で、同じような番組しか流しておらず、報道も画一的である。とくにワイドショーにいたっては、専門家でもない素人が、いい加減なコメントをしている。そんな意見に賛同する国民は、ほんのわずかである。放送法の縛りがない分だけ、多様な意見がネットにアップされており、大いに参考になる。深く深く掘り下げることもできるから、はるかに便利である▼ネットは玉石混淆であるといわれるが、今以上に今後はブロガーやユーチューバーに国民の目が向けられるのではないだろうか。肩書や組織が優先される時代は終わった。大手マスコミのNHKや朝日の記者がどれほどのものか、ネットで次々と暴露されている。たった一人であっても、まともな情報を発信していれば、多くのファンを獲得することが可能になった。今私たちの目の前で文明史的な転換が起きている。既成の知の権威は音を立てて崩れているのである。

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保守派ネット民は自称リベラルの挑発に乗ってはならない!

2018年11月18日 | ネットの世界

かつての日本人は断定的な物言いはしなかった。それだけ奥床しさがあったのである。保田與重郎の一言一言に魅了されるのは、日本ロマン派のリーダーであった彼は、それを実践していたからなのである▼「もともと歌は言ひ終へるものでなかつた。文学的な小説と、通俗文学の讀物とのけぢめは、言ひ了へるか否かにある。本來の文學の誠實さといふ點に立つて、言はなくてもよいところ、言へないところで、通俗文學は皮相のことを、眞實がわかつたといつた思ひ上りの氣持で書いてゐる。これは技法でなく、作者資質や文學的誠心の問題である」(『日本の文學史』)▼売り言葉に買い言葉ということがあるが、保守派ネット民は自称リベラルの挑発に乗ってはならない。相手はそれを待っているのであり、それが戦法なのである。韓国や中共を批判することは間違ってはいないが、人権無視の罵倒をしてはならない。日本人の精神に反するからである▼共産主義とアメリカニズムを一挙に打倒するのが保守派の主張だとしても、無意味な言挙げをしないのが日本人なのである。口にしなくても、相手に悟らせるのである。ネット民の多くは慎みのある言葉を選んでいる。だからこそ、ネットで多数派を形成しているのだ。本当の保守をめざすにあたっても、過激な言動で注目を集めるべきではないだろう。日本には神ながらの道があり、萬葉集には「やすみししわご大君かむながら神さびせすと葦原の瑞穂の国は神ながら言挙げせぬ国 」の歌がある。神ながらの道を明らかにすればいいのである。

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自分で考える人々が集まりふれ合うのがネット文化だ!

2018年11月07日 | ネットの世界

マスコミのデマゴーグによって、これまで何度も国民が踊らされてきた。しかし、その神通力も効かなくなってきている。ネットを通じて人々が交流を深めることができるようになり、孤立しがちな言論が多数派を形成して、大きな力を持つようになってきたからだ▼会田雄次が昭和の終わりに「『知性文化』を担う階層の確立を」(『よみがえれ、バサラの精神』)と訴えていたことがあった。会田は「バサラ」について「実力と合理性を欠く旧来の権威の一切を否定、伝統による拘束を排し、思いのままに行動し、財のある者は財、能力者はその能力のすべてを散じ尽して生きようという精神である」と定義した。信長や秀吉に代表されるような「物狂ひ」の精神の復権を説くことで、チマチマした人間しか生まない戦後民主主義を痛烈にこき下ろしたのだった▼今日にもアメリカの中間選挙の結果が明らかになる。共和党か民主党のどちらが勝つにせよ、アメリカが孤立主義に向かうのは明らかである。チマチマした指導者や国民ではもはや対応できなくなっており、日本は強い国家を目指さなくてはならない。ネット民によって、ありきたりのことしか口にしないマスコミが批判されている。受験エリートのように、いくら知識があっても、自分で考えなければ難局は乗り切れない。会田の「知性文化」というのは「自分で考える人々が集まりふれ合ってつくる文化」であり、それが可能なのはネットの世界だけなのある。

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日本を救うのはネット民による共通感覚(常識)の復権だ!

2018年11月01日 | ネットの世界

ネットには多様な意見があるが、常識にもとづく見方が大半である。知識人面をしているマスコミは、権力批判とかを振りかざして、自分たちの正しさを主張する。未だに「モリカケ」にこだわっているのは、そこから抜け出せないからである。一刀両断的な立場は、よりよき社会を築くのを妨げるだけだ▼藤原保信は『政治理論のパラダイム転換』において、実践知としての賢慮が蓋然性に立脚することを説いている。アリストテレスやヴィ―コ引用して「蓋然的であるがゆえに、他者との対話を通じて確かめられ、よりよきものへとつくり変えられざるをえない性格をもっていたのであり、かかる魂の相互交流こそ共通感覚₌常識を育み、固有の意味での政治的空間を可能にするものであった」と書いたのである▼人間が生きていくにあたって大事なのは、日々試され鍛えられている常識なのである。それこそが教育の柱でなくてはならない。ネット民の多くは常識を述べているに過ぎないが、それを無視して政治を語る方が問題ではないだろうか。絶対的真理とか口にするのは、偏ったプロパガンダの徒でしかない。日本に敵対する国家に、身構えることもせず、手を差し伸べればいいと思うのは、お花畑に毒されているからである。マスコミの批判的な精神ではなく、ネット民による常識の復権こそが、日本を救うことになるのである。

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保守派のまとめサイトへの言論弾圧に負けてはならない!

2018年10月28日 | ネットの世界

ネットへの言論弾圧が強まっている。まとめサイトの「保守速報」「もえるアジア」「アノニマスポスト」も見られなくなっている。一部勢力による組織的な通報が行われているのではないだろうか。真実を伝えず、フェイク報道をたれ流しにするマスコミを、真っ向から批判しているのがネットである。目の上のたん瘤と思っている者たちが、手段を選ばなくなってきているのだ▼民主主義社会では、あらゆる言論が許されなくてはならない。日本国憲法の第21条にも「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と書かれている。それを踏みにじるような暴挙が公然と行われているのだ。著名な保守派ユーチューバーへの執拗な攻撃が繰り返されているのも大問題である▼ネットはマスコミとは違って、誤りをすぐに誰かが指摘してくれる。寸時の内に自浄作用が働くのである。移民政策や消費増税への批判に見られるように、ネットは安倍内閣べったりではない。安全保障や経済政策では支持をしたとしても、言うべきことは言うのがネットなのである▼今ネットで起きていることを、マスコミは一切伝えない。かえってほくそ笑んでいるのではないか。自分たちの地位を脅かしているネットには、敵愾心すら抱いているからだ。ネットの力が試されており、言論弾圧に負けてはならないのである。

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家族や地域の解体を叫ぶ者達と対決する保守派ネット民!

2018年10月23日 | ネットの世界

名の知れた人でなくても、ネットに書き込むことはできる。そうした人達の意見が日本を救うことになるのだ。保守派ネット民の多くは、政党や政治団体にも属しておらず、商売や、仕事として、ブログやSNSを発信しているわけではない▼ハンナ・アレントが指摘しているように、左右の全体主義が力を持つのは、常識は通用しなくなり、人々が分断されて孤立するからである。そこにプロパガンダを駆使するスターリニストやファシストの全体主義が付け入るのである。今の段階では全体主義に加担するのは情報弱者に限られているが、日々警戒を怠るべきではないだろう▼穏健な考え方を述べ、派手でないのが保守派の特徴である。大騒ぎをするよりは、あくまでも控え目である。しかし、信念は一貫している。ジャーナリストや普通の政治家には、期待しても限界がある。ジャーナリストは世の中から認められ、本が売れることが第一である。状況が変わってくれば、平気でこれまでの主張をかなぐり捨てる。大半の政治家は選挙のことしか頭になく、だから離合集散を繰り返すのである。主義主張など二の次三の次である▼最終的に日本を守り抜くのは保守派ネット民の力である。家族や地域社会の解体を主張し、国家すら否定しようとする動きが顕著になってきている。その先に待っているのが全体主義である。それを食い止めることができるのは、無名な保守派ネット民の私たちなのである。

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ポーズだけの見せかけの反権力を批判するのがネットだ!

2018年10月06日 | ネットの世界

今の日本のリベラルを名乗る者たちは、自分たちの特権に胡坐をかきながら、その一歩で、庶民の味方を装っている。その典型が多くの学者やインテリである。三島由紀夫が全共闘をそれなりに評価したのには理由があった。偉そうなことを言っているわりには、リベラルの多くが国立大学の教授であることや、大手マスコミの肩書を振り回していたからだ。言うこととやることが違っていたために、全共闘に糾弾されたのである▼それを問題視する点では、かつての全共闘と今のネットは一緒である。国立大学の教授にとどまらず、国民から受信料をもらい国から補助を受けながら、反日国家の援護射撃をしているNHK職員なども、まずは自らの存在を否定する所から出発すべきである。高給を取っていながら、庶民のような口ぶりで語るなどというのは、断じて許されるべきでない▼共産党の手先であった民青を全共闘が攻撃したのは、口では革命を唱えながら、学内の秩序維持のために、圧殺者として学生の前に登場したからである。進歩的文化人であった丸山真男の東大の研究室を全共闘が破壊したのも、革命を煽りながら、最終的には部外者面するのが我慢ならなかったからだろう。見せかけの反権力を批判するネットは、全共闘運動の現代版である。イデオロギーというよりも、人としての道義に立脚するかどうかなのである。

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