真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「濡れ続けた女 吸ひつく下半身」(2008/製作・配給:新東宝映画/監督:深町章/脚本:後藤大輔/企画:福俵満/撮影:清水正二/編集:酒井正次/助監督:佐藤吏/監督助手:金沢勇大/撮影助手:種市祐介/照明応援:広瀬寛巳/選曲:梅沢身知子/写真:晶/出演:里見瑤子・華沢レモン・友田真希・川瀬陽太・かわさきひろゆき)。写真の晶といふのは、ポスターでは“スチール■AKIRA”。
 「名も知らぬ、遠き島より」、「流れ寄る、椰子の実一つ」。川瀬陽太による、島崎藤村の「椰子の実」の朗読で開巻。
 ムームー姿に前時代的、よくいへばエキゾチックなメイクのテル(里見)は、靴と手帳のみを残し姿を消した男(一切登場せず)を想ひ自慰に溺れる。一方大東亜戦争末期、軍医少尉の寺田(川瀬)は、何処とも知れぬ海岸に打ち上げられる。海藻を採つてゐたテルが手をかざすと、気絶してゐた寺田は意識を取り戻す。そこに現れた衛兵伍長の山崎(かわさき)は、右足を大きく怪我してゐた。テルが海藻を巻くと止血には成功したが、山崎の右足は、既に壊死が始まつてゐた。ところが再びテルが山崎の右足に手をかざすや、不思議なことに傷は完治した。驚喜する山崎を寝室に残し、テルは海軍風のカレーライスを寺田に振舞ふ。その場で読心術と精神感応、更には念動力を披露したテルは、寺田に衝撃的な真実を伝へる。一方寝室に一人の山崎に、テルの娘・ミル(華沢)が接近する。
 これは為にする方便でも何でもなく、壮大なスケールの大河SFである。軍医であるといふ設定から、テルが見せる各種の特殊能力を寺田が然程拒否反応も示さずに受け容れられる、といふ巧みな構成を織り込みつつ、それにしても驚愕を禁じ得ない、テルの口から語られた真実とは。太陽を挟んで地球のちやうど反対側に、地球と全く同じやうな惑星が存在する。その星の名前が劇中呼称されることはないので、そちらの文明の方が進んでゐる点に敬意を表し、ここでは“真地球”と仮称する。真地球人は五十万年前に既に地球を訪れてゐたが、その時点での地球人はといへば、未だサルから毛の抜けかけたやうな存在だつた。その為太陽エネルギーを出力、互ひの海をいはば触媒に利用する時空回廊装置を海中深くに残し、真地球人は地球を後にする。寺田と山崎とは、その装置を通つて地球とは反対側の、但し地球時制では2008年の真地球に到達したといふのだ。
 寺田は、テルの家に手帳を見付ける。手帳には“平成二年”といふ見慣れぬ元号と、矢張り「椰子の実」の一篇が書き記してあつた。平成には首を傾げながらも、寺田は自分達の他に、真地球に漂着した者の存在を感じる。テルは寺田に、真地球自体に関する絶望的な事実を告げる。人口が1/3に激減した大戦終結後、真地球人は遺伝形質を操作して自らの生殖能力に手を加へる。その結果真地球人は各種の特殊能力を手にしたが、やがて徐々に真地球人には女しか生まれなくなり、今では全く男は生まれなくなつた。テルが十八年前、回廊装置を通つて真地球に現れた男との間に儲けたのがミルである。テルは男を愛するが、男は地球に残して来た妻を忘れられず、真地球に初めて雪が降つたある冬の朝、手帳と靴だけを残し再び海中の回廊装置に姿を消す。テルは語る、恐らく、ミルらが最後の世代になるであらう。進んだ文明を有しながら、女ばかりの、滅び行く種族。若いミルはそんな母星に見切りをつけ、山崎の郷愁の力も借り、地球に脱出しようと試みる。
 二月末エクセス神野組でのピンク映画デビュー、五月オーピー池島組を経て、前二作とは異なり助演ながら新東宝にも初参戦のAV界では当代人気熟女女優といふ友田真希は、寺田の妻・初江。出番があまりないことに加へ、向かうに回すは里見瑤子・華沢レモンといふ何れもピンク勢最強の実力派であることもあり、それほど強い印象は残さず。
 壮大な設定の中で、見事に鮮やかに交錯するそれぞれの情念。寺田は地球に残した初江を想ひ、山崎は万能の薬効を持つ真地球産海藻を利しての、立身出世の野心を燃やす。十八年前に現れ再び地球に姿を消した男を忘れられない母と、初めて見る男である山崎に若い欲望を滾らせるのと同時に、娘は未来を喪つた故郷を捨てる決意を固める。驚異の充実度で編まれたSF巨篇ではあつたのだが、残念ながら、敵は尺は六十分と初めから規定されたピンク映画。更に二年後の地球時制2010年真地球、地球に帰還を果たした山崎から時空回廊装置の存在を伝へ聞いた初江が、命からがら真地球に辿り着いたところで今作は唐突に幕を閉ぢてしまふ。絶滅を間近に見据ゑた真地球人、真地球で再会した寺田と初江、真地球に留まつたテル、そして地球に戻つた山崎と故郷を捨てたミル。更には手帳と靴の男。風呂敷が万全に拡がつたところまではいいものの、肝心のそれぞれの辿る運命の行く末は、清々しく一切描かれない。起承転結でいへば、どう見ても転部の入りで強制終了させられてしまつた風にしか受け取れない。ここは新東宝さんには、無理は承知で是が非とも続篇の製作をお願ひしたいところである。大河SFロマンの筈が気が付けば、久保新二と牧村耕次との珍演奇演合戦のコントに収束してゐた、などといふ箆棒な力技などといふのにも、明後日を向いた期待をしてみたりみなかつたり。
 今作の白眉は、手帳と靴の男を忘れられないテルが、寺田に縋りつく濡れ場。「いいの同情でも好奇心でも」、「ただシタいの、寂しいの堪らなく寂しいの!」と激情を爆発させるテルと、初江のことが脳裏をよぎりながらもテルを受け止めてしまふ寺田。二人の姿は超絶に情感豊かで素晴らしいの一言に尽きるが、残念ながら同時に炎のやうに残念なのは、ここで被さる劇伴が恐ろしくショボい点。すんでのところで、あまりにも大きな魚を釣り逃がしてしまつた、決定的な名場面たり得てゐたところなのだが。
 ところで一つ解せないのは、太陽エネルギーの干渉を受けてどうたらかうたらとかいふ説明で生じる時空回廊装置のタイム・ラグ・ルールが、手帳と靴の男には適用されてゐない点。地球に戻つた山崎とミルとが矢張り約六十年前時制に辿り着けてゐること、更に寺田を追つた初江が2010年の真地球に到達したところを見ると、時空回廊装置を挟んで真地球と地球との間には、約六十年の時差が概ね常に存在することになる。とするならば手帳と靴の男は、平成ではなく昭和初期の地球からやつて来たことにならなくてはならないのでは。続篇以降がもしも製作されるならば、その中で解消される疑問であるやも知れぬが。

 因みに寺田と山崎とが打ち上げられる、真地球海岸のロケ地は伊豆。建築家であつたといふ手帳と靴の男が建てたテルの住居は、ピンクでは御馴染みの花宴。そろそろ花宴ナンバーも、カウントし始めなくてはならないのか。別に数へなければならないことは些かもないが。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« エアロビ性感... 教育実習生 ... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。