真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「喪服妻奥義 ‐腰は“乃”の字で‐」(1996/製作:旦々舎/提供:Xces Film/監督:浜野佐知/脚本:山崎邦紀/撮影監督:河中金美/撮影:田中譲二/撮影助手:田宮健彦・松本治樹/照明:上妻敏厚・藤森玄一郎/編集:(有)フィルム・クラフト/音楽:藪中博章/助監督:佐藤吏/制作:鈴木静夫/ヘアメイク:斎藤秀子/スチール:岡崎一隆/効果:時田滋/録音:ニューメグロスタジオ/現像:東映化学/出演:愛田るか・田口あゆみ・泉由起子・池島ゆたか・樹かず・真央はじめ・杉本まこと)。
 喪服を着装するるかるかを足下から舐めて、さくさくタイトル・イン。杉本まことの遺影スナップを抜くと、当の亡夫・鈴沢(杉本)がガラッと襖を開け衝撃の登場、するのは導入が大胆な回想。年長なのに呼び捨てにする桂への思慕を抉つけ、鈴沢が妻の亜矢子(愛田)を手篭めにする。亜矢子はそんな桂(池島)と、鈴沢の四十九日の墓参。実相も知らず親友と鈴沢を慕ふ桂の姿に、亜矢子は複雑な心境を覚える。鈴沢の訃報に触れ現れた亜矢子元カレ・狛江登(真央)と、こちらは半ば正当に旦那と亜矢子の仲を邪推する桂の妻・恵美(田口)の顔見せと絡み挿んで、鈴沢のパブリック・イメージに疑問を懐いた亜矢子は勤務先に赴き、かつての部下・塚原真一(樹)と会ふ。泉由起子は、何気に不穏な雰囲気に何となく起動する塚原の彼女・辺見里香。
 気紛れに開催してみた全五作からなる愛田るか映画祭。特に感動的でもないフィナーレは、当時大槻ケンヂに公開題の愉快さがエッセイで紹介されもした、浜野佐知1996年全十一作中第八作、愛田るか的には第二戦に当たる。改めて繰り返すと、初陣と今作が浜野佐知。第三戦に山崎邦紀を挿んで、もう二本は大御大・小林悟。総括すると旦々舎と大御大を以てしても愛田るか鉄壁のポーカーフェイス―単なる無表情ともいふ―を崩し得なかつたのか、今回も残りの四作に劣るとも勝らない一作。といふか、浜野佐知による初陣も明後日だか一昨日な笑ひ処には事欠かないが、御大風フルバーストのいい加減さがグルッと一周する「痴漢チン入乱乳電車」が唯一、別の意味でならば面白いと激しく勘違ひを拗らせればいつていへなくもない。さう考へると、最初に略称チンチン電車を見てゐたからこそ、愛田るか映画祭なんて仕出かさうと思ひ至つたのかも知れない。我ながら、迸る無為ぷりが実に清々しい。歌つて呉れよ太川陽介、俺の為に、Mui-Mui♪話を戻して、皆に愛された好人物と、独善的なサディスト。喪服妻が亡き夫の外面と内面(そとづらとうちづら)の甚だしい乖離に悩む本筋は、磨り硝子越しの押しつけオッパイも披露する亜矢子と塚原の玄関口での一戦を、幾ら瞬間着付を結果的には伏線と解釈するにせよ、無造作極まりなくまさかの夢オチで処理する辺りでほぼ消滅する。鈴沢に仕込まれた“乃”の字腰使ひを通して、亜矢子は主体的な性の悦びに開眼。墓石に喪服を引つかけるショットは印象的な、亜矢子が晴れ晴れと新しい人生への歩を進めて行くラストは旦々舎の王道展開ともいへ、主演女優が牽引力を全く欠く以上仕方もないのか、斯くも行間がスカスカだと最終的には愛田るかの魔性に融解した映画といふ印象が強い。矢張り―塚原戦とは別夜の―淫夢中で絡むのみで、折角弔問に訪れたのに袖にされ続ける真央はじめや、鈴沢家あるいは旦々舎旧邸まで彼氏を尾けたにも関らず、都合のいい物分りのよさで濡れ場だけ消化して捌ける泉由起子は感動的に何をしに出て来たのか判らない。尤も、よくよく考へてみると故人特権で一人気を吐き逃げする鈴沢役の杉本まこと以外は、混濁するほどの中身さへ乏しい雲散霧消した物語の中で、全員が右往左往に終始してゐるやうな気もする。面子の重みは若干どころでもなく落ちるとしても、近年では国沢☆実・工藤雅典・荒木太郎を木端微塵に連破した、星野あかりとの時代を超えた相似を想起しかけたが、自身の破壊力といふよりは作品に恵まれぬ悲運が濃厚な星野あかりと、愛田るかとを並べるのは流石に酷かといふ話である、なら書くな


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