夜。おもてで小さく猫のうなり声がする。
出ると、道に見知らぬ猫がいて、小走りに去っていく。
うなっていたのは、すもも嬢さん。
あれ? 警備隊長さんちゃんはどこ行った?
その少しあと。
階下で、こんどは真鈴がうなっている。
窓ガラスをへだてて、縁側にさっきの猫がいる。
猫穴のすぐ外だ。
「にゃーん・・にゃーん・・」と優しい声で鳴いている。
子猫ではない。おとなの猫で、体格も良い。
茶トラの縞が全体にぼやけてにじんだようなショウガ色。
わりとカワイイ顔立ちで、目がグリーン。
あ。まずい。マドリに似ている。
マドリも、こんなふうに、ひょっこり窓にやってきたのだった。
最初は女の子かと思ったくらいカワイイ顔立ちで、目がグリーン。
よそ猫はキッパリお断りする方針だし、Mも反対したのに、
ついつい、家に入れてゴハンあげてしまった。
結局、うちにいたのは3年ほどで、短いつきあいだったけれど、
わたしにべた甘の猫だったから、いまだに気持ちの整理がつかない。
あれから2か月。
色柄は違うけど、目がグリーン。
まずいですよ、このパターンは。
よそ猫ジンジャーは(と、例によって適当な命名!)
初対面でもあまり逃げない。けっこう人馴れしているらしい。
飼い猫か、野良ならまだ日が浅いか。
猫穴をくぐって入ってくるのも時間の問題かもしれない。
はてさて。どうしたものかしら。
と、気にしつつも、お風呂に入ったりしていたところ、
「ううわああ!」「なあああお!」「ふしゃーっ!」
と庭先で騒ぎがはじまった。
夜回りに出かけていたさんちゃんが帰ってきて、
どうやら縁側でジンジャーとばったり鉢合わせした様子。
(これでジンジャーが現役オス猫であることがはっきりした)
「こらこらっ」と、窓を開けて、さんちゃんの加勢に出ていくと、
普通のよそ猫なら、ぱっと身をひるがえして逃げるところなのに、
ジンジャー君、まったく動じない。
ライバルを前にしたら、人間なんてもう眼中にないらしい。
しかも、さきほどの「わりとカワイイ顔」はどこへやら、
牙をむき、全体がぶわっと5割増しくらいにふくらんだ戦闘モード。
(さんちゃんのほうも相当すごい形相になってるんですが、
暗がりの黒猫なのでビジュアル効果はイマイチ・・)
2匹で菊の花壇にころげ込み、ぎゃおぎゃおぎゃお!
近寄れないので、ほうきの先でちょいとつついたら、
ようやく気づいて、むこうは逃げた。
さんちゃんは、シッポをふくらませたまま戻ってきて、
すごい勢いでゴハンをがっついて、また出かけていく。
こういうときは、猫穴を閉鎖しても、無理やりどこかを
こじあけて出ていくのだから、しかたがない。
意気込みは良いが、しかし、キミはどうも脇が甘いぞ。
巡回中に敵の侵入を許してしまっては駄目じゃないか。
気をつけてくれたまえ。
<追記>
・・と書いた翌日の夜9時ごろ。
階下でいきなり「ううあああ!」の大声。
あ、また来た、と上からのぞいてみて、びっくり。
窓の内側で、毛を逆立て、外に向かってすごんでいるのは、
まぎれもなくジンジャーだ。
きょうはだいぶ寒くなり、ストーブを焚き始めた。
知らないうちに黙って入ってきて暖まっていたらしい。
ということは、外で光っている目がさんちゃんか?
立場が逆転してるじゃないの。
そんなあつかましい奴じゃなかったよ、うちのマドリはね。
もっとずっと控えめでフレンドリーな、いい子だったんだよ。
そのあと2匹ですっ飛んで行って、どこか遠くのほうから
うなり声が風にのって聞こえてくる。
平和を維持するには、フィジカル、メンタル両面で、
それなりの努力が必要であることを実感する。
とりあえず・・がんばれ、さんちゃん。
ふん。言うだけなら簡単でいいよな。