<2508> 余聞、余話 「大和の紅葉前線に思う」
急ぐべくあるものなかれ下り来る冬をともなふ紅葉前線
十月の中ごろ標高一五〇〇メートル以上の大峰山脈や台高山脈の高所に点った大和地方の紅葉は、約一か月を経ていよいよ麓の山里に下り、里のそこここを錦に染めている。春の桜前線にあやかる秋の紅葉前線。その前線は北に始まり南に向かい、高い山岳から低い低地に至る。その前線はほどなく奈良盆地の平野部に及び、紅葉の本番である。暖冬傾向が著しい今年は全国的に紅葉や降雪の遅れが言われているが、今朝は冷え込み、紅葉はいよいよの感である。
この間の日曜日、この紅葉前線の進み具合が一目に出来る自然林が豊富な大台ヶ原ドライブウエイに出かけてみた。麓に当たる上北山村や川上村の低山一帯に前線はあるようで、紅葉の真っ盛りの山に日が当たると鮮やかな錦の彩が模様になって映え、美しく見えた。前線のしんがりはどの辺りかと、国道169号から大台ヶ原ドライブウエイに入り、車を走らせた。
しばらく走って短い隧道を抜け、眺望が開ける南東側に出て道なりに進むと休憩所がある。その休憩所より少し上がった辺りが前線のしんがりのようで、最後の紅葉が点在して見えた。そこから山頂方面に目をやると、上方の山はすっかり葉を落とし冬の装いを整えた自然林の落葉高木群が望まれ、山肌が明るく透けて見えた。林下にはまだ散って間のない落ち葉が敷き詰められ、温かさがあった。
この自然林の秋から冬への移り変わりは、四季の国日本の風景の一端であるが、その特徴に寄与しているのがそこに生えている草木であるのに気づく。その草木の中で殊に印象的なのは温帯を代表する落葉高木群で、その存在が顕著な自然林がその高低差において見られ、紅葉前線の位置のよくわかるのが大台ヶ原ドライブウエイなのである。
もちろん、この草木の姿の移り変わりが顕著に感じられるのは秋の紅葉だけではなく、春の新緑、夏の万緑、冬の裸木と、それぞれにそのときを彩る。その植物相の四季における趣は私たちの感性に及び、古来より育み来たった日本人の精神性の基になっていると言って差し支えなかろう。
日本は地球上の位置的関係によって自然災害の多い国で、その災害に泣かされることもしばしばであるが、草木一つを見ても、新緑然り、紅葉然りで、四季の変化に富むありがたい自然を有する国として私たちの豊かさの基になり、恵みになっている。この日本における自然環境のよさは、草木一つない砂漠や暑さの極まる熱帯や極寒の極北を思い巡らせてみればわかる。
紅葉の美しい秋の自然林の風景は、それに止まらず、裸木の冬を迎え、その冬を凌いで、また、芽吹く息吹の春へと展開し、旺盛に繁る夏へ続く。こうした四季の巡りのありがたさが昔から私たち日本人の心の中にはあり、そこに感性を育んで来た。そして、こうした心持ちは以心伝心し、古来より今に至るのだと思う。 写真は紅葉前線しんがりの落葉樹林(左)とわずかに残るカエデの紅葉(右)。ともに大台ヶ原ドライブウエイで。