遊木民のアトリエ

現在は農業・木工業
                           

楢葉町の天神岬から

2016-10-04 | 東日本大震災


  この日は現役時代の組織の専門職員OB会に出席するため楢葉町にでかけました。

  この画像は2011年4月、大震災・原発事故から一ヶ月も経たないときの

  天神岬です。

  当時、緊急の問題解決のため専門職員総出で避難区域に入り、職務を遂行していました。

  当時、30km圏内での飲食は認められていませんでした。

  しかし9時から14時までの過酷な任務で飲食しないわけにはいかず、

  線量が低く海風が入るここ天神岬で昼食を取ることが多かったです。

  やはり考えることは同じで、別の業務で派遣された人たちも来ていました。

  背景の木を覚えてください。




  現在の光景です。

  当時の東屋は無く、展望施設が整備されていました。

  奥の木は同じです。




  当時の木戸川河口付近の様子です。

  住宅地でしたが全て無くなっています。




  現在の光景です。

  復旧がやっと目に見える形になってきました。



  当時の光景です。



  現在は津波の瓦礫の集積所、そして除染廃棄物の置き場になっています。




  白いテントが集積所、周りのシートで覆われたものが除染廃棄物の仮置き場です。




  当時の国道6号線方面




  現在の光景です





  展望施設に展示されている、大津波襲来時の画像です。

  多くの人命、財産が失われました。

  楢葉町は避難区域が解除されましたが、帰還した人はまだ10%程度だとか。

  原発事故さえ無かったらと今更ながらに思います。