20km圏内 2011-04-29 | 東日本大震災 1週間ほど前になりますが、第一原発の半径20km圏内が避難指示区域から、 警戒区域に指定され、特別な任務・許可をもった人以外の立ち入りが制限されました。 私も職務のため連日警戒区域に立ち入っています。 もちろん、タイベック・スーツ、マスク、長靴、手袋着用で、線量計を持ってです。 意外と多くの車が国道6号線を行き来しています。 原発事故終息に向け、賢明に作業を続けていることがわかります。 作業員の皆さんの安全が確保されての作業であることを願っています。
風評被害 2011-04-24 | 東日本大震災 イチゴ1パック250円、トマト一袋100円、これがいわき市産の農産物の価格です。 これらはビニールハウスの中で栽培されていて、放射能も検出されず、安全なのですが、 福島県産、特にいわき市産と言うだけで値がつかない状態です。 確かに葉菜類で基準をこえる物がありますが、それらは市場には出荷されていません。 安心して福島の農産物を購入してください。 先日中央台高久地区に行ってきました。 仮設住宅が建設中でした。 体育館での避難生活は限界にきています。 一日も早く、仮設住宅に移っていただきたいです。
ガスランタン 2011-04-23 | 東日本大震災 今回の震災で大活躍した物がキャンプ用品です。 3月11日の大震災では2日間停電、そして先週の震度6弱の余震では1日間停電しました。 短時間の停電、移動では懐中電灯が活躍しますが、食事などでは不便です。 そんなとき活躍したのが「ガスランタン」です。 当家ではキャンプをよく行っていましたので、ガスランタンが2台あります。 一般的なカセットコンロ用のガスボンベが使えるタイプの物です。 左が60W級、右が100w級のランタンです。 60w級でもこの明るさで居間で使いました。 100w級の右はダイニングで活躍しました。 欠点はマントルが破損しやすいことで、必ず予備を備えておく必要があります。 アトリエの棚に置いておいたキャンプ用品のコンテナ2個が魔法の箱でした。
電池ライト 2011-04-16 | 東日本大震災 地震と停電、断水、通信遮断はセットで起きます。 明かりをどうやって確保するかが問題です。 活躍するのは電池式のライトです。 震災発生時の当家のライトです。 一番右が、キャンプ用の電池ランタン、これが大活躍です。 次がコールマンのキャンプ用のライト、これは私が常に携行している物です。 小さいのが家族が常に携行している「ミニマグライト」。 そして、玄関などに置いてあるライトが2個。 全てそれぞれに活躍したようですが、キャンプ用のライトは実用性が抜群でした。 電池もキャンプ用品のコンテナに常備していた物が活躍しました。 当家はアウトドアライフが好きで、キャンプをよくしていました。 そのキャンプ用品が今回の震災では大活躍でした。
ラジオ 2011-04-16 | 東日本大震災 震災で一番必要なのがラジオです。 私も富岡の職場で被災したとき、停電でテレビは映らず、防災無線も沈黙しました。 唯一の情報源がラジオでした。 それと私の車のカーナビにワンセグがついていましたので、交代で車のワンセグを見ていました。 そのおかげで、大津波の情報、原発の屋内退避、避難指示の情報をいち早く入手することが出来ました。 我が家ではラジオの準備が無く、家族は情報不足だったようです。 そこで、学生時代使っていたラジオを引っ張り出し、電池を入れると立派に動作しました。 その後の余震時(停電あり)の情報入手に活躍しています。 40年前のラジオですが、さすが日本製です。 感度、音質とも問題ありません。 しかし、徒歩での避難時には重すぎるとの家族の意見で、ポケットサイズのラジオを購入しました。 1700円でしたが、問題なく使えます。 今回の地震で地殻のバランスが崩れており、どこで地震が起こっても不思議は無いとのこと。 ラジオを準備しましょう。
桜 2011-04-15 | 東日本大震災 いわき市平の新川の桜並木です。 明けない夜はない。 春は必ず来る。 毎年ブログでアップしている、新川の桜並木です。 今日(4月15日)が満開で、心も和みます。 奥に見えるのが「アリオス」、ここも避難所になっています。 市民生活もほぼ通常の状態に戻ったと思いきや、余震。 余震と呼ぶにはあまりに大きい(震度6弱)2回の揺れ。 ある意味、3月11日の本振以上の揺れでした。 日本人で震度5強の揺れを体験するのは、平均で数十年に1回程度とか、 それが1ヶ月の間に5回ですからまいります。 震度4程度では目が覚めても、起きることもありません。 今後M8程度の海底地震も予想されていて、第1原発の津波対策が心配です。 今、福島県のイチゴとトマトが美味しいです。 見かけたら是非お願いします。
支援物資 2011-04-10 | 東日本大震災 私の職場は富岡町にあることを先日ご紹介しました。 従って、富岡町周辺にアパートを借りたり、自宅があったりした職員も6名いました。 深夜、早朝の避難指示ですので、着の身着のままでの避難を余儀なくされました。 当初は念のための避難と言われていましたので、数日で戻れると考えていました。 しかし現実はこの有様・・・・・・!!!!! 住居も家財道具も車も失いました。 いわきに新居を構えて再出発する職員のため、いわき在住の人たちの支援が始まっています。 私も単身赴任の時使っていた電気器具、娘が学生時代使っていた家具など提供することにしました。 今日は1日かけ、器具のクリーニングと動作確認をしました。 明日届けるために車に積み込みました。 全自動洗濯機、電子レンジ、炊飯器、電気こたつ、ガスレンジ、各種調理器具や食器などです。 少しでも負担を少なくしてあげたいです。
がんばっぺ!いわき 2011-04-09 | 東日本大震災 震災から4週間が過ぎました。 全国からの暖かい支援物資、そして救援ほんとうにありがとうございます。 いわきの町中は震災前の活気を取り戻しつつあります。 スーパーの品揃えも以前の90%程度までもどり、GSで並ばなくても給油出来るようになりました。 水道も津波の深刻な被害地域を除いて復旧してきました。 印刷屋さんが「がんぱっぺIWAKI」のメモ帳を持ってきてくれました。 地震、津波、原発事故、そして風評被害に悩まされているいわきでは、「がんばっぺ!いわき」があいことばです。 実は私の職場は「富岡町」にあり、第一原発と第二原発の間に位置しています。 3月11日の14:46からの24時間、特に最初の10時間はとんでもない経験でした。 詳細は後日、記事に出来ればと思っています。 それから4週間、職員それぞれが被災者・避難民でもあるのにも関わらず、がんばってくれました。 ありがたいです。 復興までは長い道のりになりそうです。 まずは原発の安定化が急務です、関係者の皆さんの努力に期待しています。 いわきの施設野菜は安全性に問題はありません。 いわきを、そして福島を応援してください。
通水しました!!! 2011-04-03 | 東日本大震災 震災以降、断水が23日間続きましたが、昨夜通水しました。 3週間ぶりの入浴は格別でしたが、その後の浴槽を見て愕然と、こんなに汚れていたんだ・・・・・・。 風評被害で他県の業者がいわき市に入るのを拒んだのが、復旧を大きく遅らせた原因のようです。 その他に、地域ごとの給水システムを全系統を接続し、全市的なネットワークにしたことが原因の一つとも考えられています。 効率一辺倒の施策を改めて見直す必要があると思います。 特にインフラの脆弱性を補完するシステム作りが必要だと思います。 今後予想される、東海・東南海・南海地震に対する整備が急がれます。
断水継続中 2011-04-02 | 東日本大震災 震災から3週間が経ちました、ガソリンも手に入るようになりましたが、 行列は覚悟です。 全国からの救援物資もたくさん届き、本当にありがたいです。 ありがとうございます。 いわき市の給水復旧率が70%を超えたようですが、当地区はまだ断水継続中です。 近所の井戸が生きていますので、生活用水には事欠かないのですが、飲料水は 給水所だよりです。 給水所まで距離がありますので、車での運搬になります。 運搬容器としては、キャンプ用のタンクがあるのですが、容量は20リットル。 足りませんので、色々な物を活用しています。 バケツ、ダンボール、買い物かごなどです。 ゴミ袋を二重にすると水漏れせず、車での運搬が可能となります。 3週間、風呂、シャワー無しはこたえます。 お湯を沸かしてタオルで体を拭いています。 復旧の予定表ではあと2~3日の辛抱です。