山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

坂の上の雲を読む

2010-01-14 00:54:26 | 宵宵妄話

私は司馬遼太郎先生のファンの一人です。自分より年長の作家の方は全て先生と呼ぶことにしています。司馬先生の作品を嫌いだなどと不遜なことをいう人もいるようですが、そのような人は作品の意図や背景を良く解らないのか、或いは好き嫌いで無理して楯突いているのではないかと思っています。幕末から明治にかけての題材の作品が多いのですが、いずれもスケールの大きい史観から描かれており、小説というよりも歴史の見方を教えてくれるという感じがして、読み終わると、フーっと胸の中の残気と一緒に自分自身に取り付いていた悪想が吐き出される感じを何度か覚えたのを思い出します。

司馬先生の作品は、私だけではなく、家内もかなりのファンで、彼女の場合は、「街道を行く」という紀行エッセー集というか、それが気に入っていて、全冊を揃えているようです。この作品は、くるま旅をする場合の、大いなる参考情報がぎっしり詰まっており、私ももっとしっかり読まなければと思っていますが、今のところまだ殆ど手付かずです。今年辺りから、そろそろ読み出さないと、と思っているところです。

さて、「坂の上の雲」という作品ですが、これを初めて読んだのは30年以上も前ではないかと思います。それ以降何度か読み返して来ましたが、このところしばらく手にしていませんでした。ところが昨年末にNHKの大河ドラマの埋め草番組(?)なのか、これが取り上げられて3回ほど放映されたのを期に、もう一度じっくり読み返してみようと思ったのでした。TVドラマを見ながらストーリーなどを思い出すよりも、もう一度先に読んでおいてドラマを見た方がいいと思ったからでした。しかし、読み始めて、ドラマより少し先に行ったと思ったら、ドラマの続きは来年に持ち越しだというので、ガッカリするやら呆れ返るやら(何で又、そんなに長い空白時間を置いて放映するのかその真意が良く判らないからです)でしたが、今はそのようなこととは無関係にじっくりと読み込んでいます。

この小説は、松山の秋山兄弟にメインのスポットが当てられていますが、その内容といえば、必ずしもそれだけではなく、幕藩体制から脱却しかけたばかりの新生日本の草創期が出くわした、日清・日露という外国(とびっきりの大国)を相手の大戦のありようを、歴史の事実をふんだんに用いながら語っています。いわゆる司馬史観といわれるスケールの大きい見方で描かれているその内容は、歴史の出来事の発生年月日くらしか覚えさせない日本史の学習などと違って、生々しい歴史の本物の姿を彷彿とさせるものであり、大変勉強になります。

秋山好古という人の武人としての生き様、その弟の真之という人の軍人としての頭脳展開のありようなど、何度読んでも実に見事に描かれていると思います。この二人の活躍を通して垣間見えるというか、それ以上にはっきり見えてくるのは、国家が国家としての生命を賭して係わる戦争というもののあり方、それを通して浮かんでくるリーダーたちのあり方です。非常事態の中で、組織のリーダーのとるべき道が何なのかということについて、様々な教訓を孕んでいる作品だと思います。

司馬先生の作品には、庶民の一個人にスポットを当てて心情などを書くという場面が殆どなく、この点に関してはやや不満を覚える人もいるのではないかと思いますが、しかし、戦争の本質を問うときには、全体を揺るがしているものが何かということを描くことがより重要だと私は思っています。例えば、今でも守谷市内を散歩していると、村の神社だった小さな社の中に日露戦争の殉職者の記念碑が建っていたり、或いはお墓の中に従軍して戦死した時の階級などの書かれた墓標が建っているのを散見しますが、それを見るたびに、恐らくあれは203高地奪取以前に無謀(無能な)なリーダーの犠牲になって亡くなった人たちなのだということを判らせてくれるのは、まさに司馬先生の本を読んだから解ることで、もしそのような史実を知らなかったとしたら、後年忠義心で有名となったそのリーダーの名の陰に隠れて、死んでいった人たちの無念さに気づくことは出来なかったのではないかと思うのです。乃木稀典という人は明治天皇の崩御に殉じたことで、より有名となりましたが、旅順の戦いにおける悲惨な突撃の指令者として、例えそれが伊地知という参謀に対する信頼を曲げなかった故だとしても、何千・何万人もの無駄死を強要したという結果において、私は司馬先生の見方を正しいと思っています。結果論から言えることであっても、結果論だからこそ言えることもあるということでありましょう。

それにしても歴史というのは何と糊塗の多いことかと思います。インチキ臭いものが出世したり、神と崇められたりしていて、その真偽を見極めるのは難しいものだなと、改めて歴史小説を読むとそれを実感します。特に軍(いくさ)に係わる人物については、その判断が難しいようです。後世の者が、その一面を拡大して捉えて自分たちの時代に都合のいいようにそれを利用するということが、当然のように行なわれており、勝てば何とでもなるというのが、大和朝廷以来の歴史の現実だったような気がします。

この本の中では日清・日露戦争のことが描かれていますが、同時に後の太平洋戦争(=第二次世界大戦)の軍部の発想にも触れている解説の部分があります。それを読むにつけても、日本国(正確には日本の軍部)というのは、神がかり的発想が好きでそれで随分と国民大衆を騙して来たというのを実感します。日清戦争に勝利したことからは明治のリーダーたちは外国との戦争がどのようなものかを学んだようですが、日露戦争からは大して学ばず、その後継者たちは、その時の経験を太平洋戦争にはさっぱり活かしていないようです。特に陸軍というのは観念主義者が多かったようで、合理性に欠けていたことが、戦争をいたずらに長引かせ、多くの犠牲者を生んだ最大の要因となったようです。思い込んだらトコトンやるという意気は悪くはないと思いますが、そこに合理性がなければ戦いには勝てるわけがなく、徹底的・壊滅的な敗戦に至るだけです。日本陸軍には、孫子の兵法などは全く関知せずというか、古の教訓など無視した発想を良しとして、徒(いたずら)なる勝利の思い込みを持って無謀な戦いをし続け、国をどん底まで貶めた罪があると思います。そもそも無謀な軍(いくさ)などするものではないというのが孫子の考え方ですから、太平洋戦争はその出発点から間違っていたのだと思います。

後のことを先に述べてしまいましたが、日露戦争というのはある意味で日本という国が一体化した、有史以来の最初の出来事ではなかったかと思います。それまでは国民の全てが同じ方を向いて暮らすというようなことは、この国にはなかったのだと思うのです。この一体化のために相当の犠牲者の血が流れましたが、結果としてそれは無駄ではなかったとするべきでしょう。少なくとも太平洋戦争の場合よりは、国家に寄与するものは大きかったと思うのです。いろいろラッキーな要素も絡まって勝利をしたということがその証明かもしれません。

ラッキーといえば、ロシアの当時の内情を知るということも重要だなと改めて思いました。結局日露戦争が引き金となってロシアに革命が起ったのは明らかですし、その後七十余年のソ連という社会主義国家の実験を経て、今日再びロシアという国が現出しています。今我々は日清戦争の相手国だった中国に最大の関心を持っていますが、この後は日露戦争の相手だったロシアも、必ず世界史の舞台に現れてくる予感がします。司馬史観は、現代と近未来をどのように見ているのか、先生がご存命であったならば、是非ともお聞きしたかったところです。

秋山兄弟には、お二人ともに魅力を感じます。お二人に共通しているのは、組織の目的・役割に対する真摯さ・誠実さではないかと思います。国に殉ずる覚悟というものの大きさ、気宇の壮大さを感じます。今の世にはこのような人物は殆どいないのではないでしょうか。ま、世の中の中身が激変していますから、同じ感覚でこのような人物を求めるというのは、土台無理な話なのかも知れません。

私は描かれた話の中では、秋山好古氏の酒に関心があります。平常心で酒を無限に(?)飲むというのは、どういう身体の構造なのだろうか?凄いなと思います。激戦の中で、御大将が平然と酒を飲みながら的確な統率を行うというのは、私の想像を超えています。恐さを凌ぐために酒を飲むというのなら将としては失格だと思いますが、この人はそのようなことは微塵もなかったということです。また、秋山真之について言えば、何といっても興味を覚えたのはそら豆を煎ったものをしょっ中口の中に放り込んでいたというあの振る舞いです。私が思うには、彼はそら豆を無意識に噛みしめながら、作戦の情報を噛みしめつつ、新たな戦略や戦術を生み出すべくそこに思いを集中していたのではないかということです。つい真似をしたくなって、年末からずっと煎りそら豆を買って来て食べ続けています。今頃のそれは食べやすくなっていますが、往時は母上の煎られたものが最上だったのでありましょう。羨ましい限りです。好古氏の酒の真似はとても出来ません。

全8巻の内只今6巻目を読んでいます。この辺になると、昔読んだことが少しずつ思い起こされて来て、読むスピードよりも考えごとの方が多くなってきます。いろいろなことに思いを馳せながら、明治人の思いが何だったのかを考えているところです。これらが今年の旅に少しでも役立つことを願いつつ。

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