山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

海は碧かった

2008-02-24 05:03:30 | くるま旅くらしの話

  今日(2/23)は、午後から大風が吹いて物が吹き飛び、とんでもない荒天となった。春一番だという。季節の変動は、時には劇的な印象を見せつけるように企んでいるのかも知れない。それにしても昨日までに戻ってきたのは正解だった。海側の風は、こんなものではないだろうから、やれやれと胸をなでおろしている。

 旅(というには大げさすぎるけど)から戻って、今回は記録を作るほどでもないので、幾つか思い出を記すことにしたい。先ずは海の印象である。このところ、海を見る機会があまりなかった。北海道の旅で夏のオホーツク海を見た後、帰り道に大間の津軽海峡を見た他はずっとご無沙汰だった。久しぶりに訪ねた南房の海は、大気汚染や温暖化などを忘れさせてくれるほど真っ青の透明で、きれいだった。

 大多喜の道の駅に泊まった後、国道297を勝浦に向かって出発。勝浦で国道128に入り、鴨川方面へ向かう。勝浦は何度か訪れている場所だ。朝市なども開かれていて、それを見て回ったこともある。今週末から神社の境内にある階段を使ってのひな祭りが開催されるという話を相棒が盛んにしているが、もう一度出直してくるつもりはない。確か、イージス艦との海難事故はここの漁協所属の舟だったと思うから、ひな祭りを屈託無しで喜ぶには無理があるのではないかと思う。

 漁師町は何処へ行っても道が狭いが、ここもやっぱり変わらない。バイパスも造るのが難しく、多分無理して造ったのであろうそれは有料道路となっている。でも狭くても200円也()を払うつもりはなく、一度も使ったことはない。何だか間もなく無料となるらしい。どうでも良いことだけど。今回もあまり混んではいなかったけど、狭い道を通らせて貰った。

 しばらく走って天津小湊へ。トンネルを出ると直ぐに信号があって、それを左に曲がると、彼の日蓮上人縁(ゆかり)の誕生寺がある。その向かいの海が鯛の浦である。よく見たことはないが、ここには天然の鯛が群がっているという。日蓮様を慕って寄ってくるのだろうか。誕生寺に寄って見たいのだが、駐車場がなかなか見つからないので前回も諦めたのだった。今回もパスすることにした。

 少し先に行った所に小さな船溜まりがあり、そこで小休止することにした。鯛の浦をじっくり見てみたいなと思ったのである。何でもそうだけど、事の真ん中や事件の最中にいるとものがよく見えないものである。鯛の浦も少し離れた所から見た方がその良さが判るのではないかと思った。そして、それはその通りだった。

   

        天津小港:鯛の浦を望む

 その小さな船溜まりは鯛の浦を見るにはぴったりの場所だった。誕生寺も対岸の丘の上によく見えた。鯛の姿は見えなかったけど、覗き込んだ海の色は透き通って、魚の存在などどうでもよいほどきれいだった。これほどきれいな海を見たのは久しぶりだった。マリンブルーという色があるが、この本物がどんな色なのか実は良く判らない。何年か前、北海道松前町の白神岬で見た海も鮮やか紺碧だったが、千葉の近海にもこのようなところがあったのかと、感動を新たにしたのだった。

   

       鯛の浦近くのマリンブルーの海のきらめき

 相棒は船溜まりの岸で岩のりらしい海草を採っていた地元の女性の様子を写真におさめていた。その向うには海に突き出た白い崖があって、その上には照葉樹の森が輝く緑で、がっしりと岩肌を染めていた。少し変な表現だが、この季節の緑の森は、実に逞(たくま)しい。岩のりを採る女性も逞しいけど、この森の樹木には敵わないような気がする。

   

            逞しき照葉樹林

  (わず)かな時間だったけど、久しぶりの碧い海を見て、逞しい緑の森を見て、まだ地球は大丈夫なのではないかと思った。

コメント
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