花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

記憶との対話

2017-12-13 21:06:37 | Weblog
 12/12付朝日新聞朝刊は、ノーベル賞の授賞式においてカズオ・イシグロ氏に文学賞が贈られたことを報じていました。合わせてスウェーデン・アカデミーのサラ・ダニウス事務局長の講評、「私たちが過去とどう向き合っているのか、個人でも共同体や社会としても『生き残るための忘却』とどう付き合っているのか、子細に探検を続けている」、が紹介されていました。私は、「わたしを離さないで」と「わたしたちが孤児だったころ」(ともにハヤカワepi文庫)の2作品しか読んでいませんが、確かに主人公の語りは現在と過去を頻繁に行ったり来たりしていました。過去の出来事が今にどうつながっているのか、また今の自分から見た時、過去の出来事にどんな意味付けをするのか、そんなところに著者の意識が注がれていると感じながら読んだことを覚えています。過去の出来事から受けた影響を通じて今の自分は形成されていきますので、過去の出来事が起こった時点での自分と時間を経た今の自分は当然違います。なので、今の自分が過去の出来事から汲み取る意味は、その出来事があった時の自分に対する意味とは違うこともありえます。カズオ・イシグロ氏は記憶との対話に重きを置き、その対話に潜む襞を大切にする作家なのだろうと思います。ところで、歴史家のE.H.カーが「歴史とは何か」(岩波新書)で「歴史は現在と過去との対話だ」と述べたことは有名です。思うに、過去の記録との対話は歴史を生み、過去の記憶との対話は物語を生むのかもしれません。