池田純一の落球伝説を知っている人は、ある程度年輩の方であるか、大の阪神ファンのどちらか、あるいは両方ともかでしょう。私が池田純一なる選手や落球伝説を知ったのは、山際淳司さんの「落球伝説」(角川文庫「ナックルボールを風に」所収)を読んでからで、その時、当の池田選手は既に引退していました。(蛇足ながら、山際淳司さんの「男たちのゲームセット」・角川文庫でも落球伝説は取り上げられています)
伝説となった池田選手の落球とは、実は全然伝説と呼ばれるような劇的なものではありません。1973年8月初めの阪神-巨人戦での出来事です。9回表、最後のバッターとなったであろうジャイアンツの黒江選手の平凡な外野フライを、芝生の切れ目に足を取られて転倒した池田選手が捕球出来ずに(落球ではなく捕球出来なかった!)長打とし、試合を逆転されそのまま負けてしまいました。後味の悪い負け方ですが、それでも伝説などと言うよりは珍プレーとして済まされる類のものではないでしょうか。山際さんの文章を読めば、池田選手のこのプレーによって、この年、阪神がペナントを逸した訳でないことは明々白々です。しかしながら、「あと1勝していれば優勝だったのに」と悔やむ諦めきれない気持ちから、優勝争いがまだ佳境に入る前の、あるひとつの不運な逆転負け、そしてその逆転負けの原因となった転倒が、いつの間にか「阪神が優勝出来なかったのは池田のせいや」となり、しまいには伝説となってしまったのです。
ところで、私は多くの野球ファンがもう忘れてしまったであろう、またはそもそも知らないお話について、何かを言いたいのではありません。ただ、今年、最大13ゲーム差をつけて首位を独走していたにもかかわらず、優勝出来なかった阪神、その阪神に対して「なんで優勝出来んかったんや」と思うのは意味がないと考えています。「なんで」と思うということは、「ほんまは優勝しとったのに」という意識がどこかにあるはずです。でも、阪神の8月からの試合ぶりを見ると、「優勝するほんまの力はなかった」と見るのが妥当だと思います。ですから、戦犯捜しは全くの無意味で、優勝出来なかったのは誰か特定の選手のせいではなく、要は一年を通してコンスタントに力を発揮するチーム力が無かったということに過ぎません。ですから、第二の池田純一を捜そうと思っている人がいれば、そんなことは止めて、「鳴尾浜でもっと汗を流して、もっともっと力をつけろ」と叱咤激励を送ってみてはどうでしょうか。
伝説となった池田選手の落球とは、実は全然伝説と呼ばれるような劇的なものではありません。1973年8月初めの阪神-巨人戦での出来事です。9回表、最後のバッターとなったであろうジャイアンツの黒江選手の平凡な外野フライを、芝生の切れ目に足を取られて転倒した池田選手が捕球出来ずに(落球ではなく捕球出来なかった!)長打とし、試合を逆転されそのまま負けてしまいました。後味の悪い負け方ですが、それでも伝説などと言うよりは珍プレーとして済まされる類のものではないでしょうか。山際さんの文章を読めば、池田選手のこのプレーによって、この年、阪神がペナントを逸した訳でないことは明々白々です。しかしながら、「あと1勝していれば優勝だったのに」と悔やむ諦めきれない気持ちから、優勝争いがまだ佳境に入る前の、あるひとつの不運な逆転負け、そしてその逆転負けの原因となった転倒が、いつの間にか「阪神が優勝出来なかったのは池田のせいや」となり、しまいには伝説となってしまったのです。
ところで、私は多くの野球ファンがもう忘れてしまったであろう、またはそもそも知らないお話について、何かを言いたいのではありません。ただ、今年、最大13ゲーム差をつけて首位を独走していたにもかかわらず、優勝出来なかった阪神、その阪神に対して「なんで優勝出来んかったんや」と思うのは意味がないと考えています。「なんで」と思うということは、「ほんまは優勝しとったのに」という意識がどこかにあるはずです。でも、阪神の8月からの試合ぶりを見ると、「優勝するほんまの力はなかった」と見るのが妥当だと思います。ですから、戦犯捜しは全くの無意味で、優勝出来なかったのは誰か特定の選手のせいではなく、要は一年を通してコンスタントに力を発揮するチーム力が無かったということに過ぎません。ですから、第二の池田純一を捜そうと思っている人がいれば、そんなことは止めて、「鳴尾浜でもっと汗を流して、もっともっと力をつけろ」と叱咤激励を送ってみてはどうでしょうか。