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【2-6】所有からアクセスへ

【2-6】所有からアクセスへ

  • 情報の所有

情報とは、人間がそれを認識する状態もしくはプロセスを指すと 考えられるため、情報自体が実体をもつことはない。自分がもっている情報は, 何らかの方法で他人に伝達できるが,それによって自分から情報が消えてしまうことはなく、同時に多数の人が共有することができる.しかし,これまで多くの 情報が本やCD といった有体物に記録されて流通してきたため、情報を取得する ためには物を入手する必要があり、その最も代表的な手段が物を所有することであった。 特定の本を所有することは,物としての本に関しては絶対的な権利を行 使することであり、本を再度売ってもよいし、破壊してもかまわない. 実体のな い情報は本質的には売ることも消失させることもできないが,社会においては情 報メディアの所有を通して, 私たちは情報を擬似的に 「所有」してきたといえる. しかし, デジタル化とネットワーク技術により普及した電子書籍や音楽ファイル は有体物とは見なされないため,これらを入手することは、法的な所有ではない. つまり、これまで擬似的に「所有」と見なしてきた情報の入手が,アクセスとい う新たなかたちでとらえざるを得なくなってきたと考えられる.

  • 電子書籍の所有

有料で市販されている電子書籍は,購入することによって自 由に読めるようにはなるが、法的には電子ファイルの所有とは見なされない.代 表的な電子書籍サービスの契約において,電子書籍の購入とは電子ファイルを利 用する権利の付与でしかないことが明示されている.購入した電子書籍を他人に 譲ることも貸すことも許されていないし, サービスによっては登録した機器以 外で利用することもできない. そのサービスがなくなれば購入した電子書籍のファイルにアクセスすることもできなくなる. 2019年にマイクロソフトストアが 電子書籍の取扱いサービスを中止した際には,購入した電子書籍のファイルが削 除された。当時のマイクロソフト社は返金したが、 契約上返金の義務が生じないようになっていることが多い. 大手のサービスが中止されることは頻繁に起こることではないが, 電子書籍の購入がアクセスを永久に保証するわけではないことを認識している利用者は少ないと考えられる.

  • 所有権の再考

レベッカ ワトキンスらはデジタル環境が進む中で, 所有とア クセスを対立した概念と見るのではなく、 従来の所有権を複数の権利の束と見なし、現在のデジタルコンテンツへの対応は,所有に関わる特定の権利や機能が分 割断片化している状況と見なすべきだと主張している (Watkins et al., 2016). 彼女らは所有権には①コントロール, ②継続性, ③移転可能性 (transferability) の3次元があるとしている. ①コントロールとは、使用において利用者がその対象に対してどこまでコントロールを及ぼすことができるかである. 本を購入するよ うな物の所有の場合、その人の独占的使用の権利が認められるが,図書館の貸出 のような物へのアクセスの場合、排他的には使用できないし, 使用したいときに使用できる保証はない.デジタル著作権管理 (DRM) がかかっていない音楽ファ イルを購入した場合,基本的には独占的使用が認められるが, 音楽のサブスクリ プションサービスの場合、使用の仕方には制限がある. ② 継続性とは,利用者がアクセス,利用できる期間を指し、物の所有の場合は無制限で永久に利用し続け られるが,上述したように電子書籍の場合は永続的なアクセスが保証されていな い.③移転可能性とは,売却,贈与,交換,変更, 破壊する権利であり、印刷版の本であれば分解して章ごとにまとめ直すなど物理的媒体としてはどのような加 工も自由であるし,売ることも捨てることもできる. デジタルファイルの場合, その権利はさまざまである. サブスクリプションサービスの場合、いずれの権利 も認められていないが,クリエティブコモンズライセンスの「表示 (CC-BY)」 で 公開されているのであれば,売却,贈与,交換,変更, 廃棄は自由である.

  • 所有感

従来の物の所有に対して, デジタルコンテンツの場合、何ができれば 「自分のモノ」という所有意識をもつことができるのかという 「所有感」に関して も関心が高まっている. 一般的には一時的なアクセスしかできない状況を所有と は感じないが, ダウンロードでき, 永続的に保持できるデジタルファイルを購入 して所持していると多くの人が「所有感」をもつという調査結果が示されている (Zhu & Cho, 2018) これは継続性が大きな要件であると推察できると同時に, 対価を払ったという点も所有感に関係している可能性がある.

  • 所有からアクセスへ

単純に物の所有からデジタルのアクセスへと人びとの利 用や意識が移行しているかどうかについてはまだ十分な研究がなされているとは いえない.しかし、従来の物の所有ではない, デジタルコンテンツに対する多様 な利用形態でのサービスが展開され始めており, 人びとが情報へ適切かつ自由に アクセスすることを保証するためには,どのような観点を考慮しないといけない のかを議論してゆく必要がある. 購入した電子書籍のファイルが提供サービス側 の中止で削除されたことに対して, 多くの人が自分の権利を侵害された印象を もったのであれば、どのような利用が保証されるシステムが望ましいのかを考え なければならない. これまで物の所有を基本とし, 市場原理とは異なるところで 情報へのアクセスを保証してきた図書館サービスも含めたかたちで考えてゆく必 要がある. 学術コミュニケーションの領域では, データベースや電子ジャーナル に代表されるように,大学図書館は所有ではなくアクセスのライセンス契約を取 りまとめることで、利用者の情報へのアクセスを保証する形へ移行しつつある. これは利用者集団が限定されているから可能となっている側面もあり、社会全体 のアクセスの保証の仕組みを模索し続ける必要があろう。 [倉田敬子]
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