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「送る会」での感想は、「我々は宇宙の旅人」

未唯へ。この最近は葬儀に出ることが多くなりました。

妹の親友の父親の葬儀にでました。就職の時にお世話になりました。この会社はメーカーだから、数学科への就職案内はなかった。当時の私は今と同じように、世間離れしていたので、企業には受け入れられなかった。数学科の先生からは大きいところでないと、あなたを活かすだけの余裕がないでしょうと言われていた。

そういった話が、知らない間に妹経由でYATさんに伝わり、名古屋の大学から家に電話したら、「明日、面接があります」と言われて、早速帰ったのを覚えています。なまじっか、準備していかなかった性か、素性さえ分かっていればいいのか、システム関係でニーズがあった性か分からないけど、無事入ることができました。感謝しています。

そんな縁で、この会社に入り、電算部(事務系)⇒東富士(技術系)⇒名古屋(販売系)と渡ってきました。これだけ、部門を変えた人は少ないですね。変わるごとに、分析対象は変わったが、常に数学をやってきました。今もその延長線上です。

今回は葬儀ではなく、「送る会」だそうです。故人の意思に基づいて、香典も数珠も必要ないです。当然、お坊さんも。お通夜も家族+αです。ただし、場所は大きめの葬儀場です。10時半に到着したら、妹の娘二人が受付を行っていました。本当によく気がつく家族です。妹の家族と親友の家族は40年来の付き合いです。

曲はショパンのノクターンです。この曲が好きだったということです。友達からの挨拶もなかなかよかったです。どうしても、自分の時を想像してしまいます。自分は死んでいるから、ある意味どうでもいいのですが、格好つけると、バッハの「無伴奏チェロ曲」を希望しますが、多分演奏者の力量が上でないと弾けないから高くつくということで、テープかなんかになるのでしょう。その上、孤立と孤独の世界にいるので、挨拶してくれる友達はいないので、多分、家族葬で終わりそうです。

今回の葬式の間、頭の中に流れていたのは一つの言葉です。それは「我々は宇宙の旅人」です。それは池田晶子さんの「好き嫌いとの付き合い方」に出てきた言葉です。47歳でなくなった池田さんも旅人であり、YATさんも私も旅人です。そんなつながりを感じました。さあ、次へ!

YATさんは大正生まれです、これでまた、母親を追い込んでしまうのでしょう。
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