shiotch7 の 明日なき暴走

ビートルズを中心に、昭和歌謡からジャズヴォーカルまで、大好きな音楽についてあれこれ書き綴った音楽日記です

Mad Love / Linda Ronstadt

2010-02-19 | Rock & Pops (70's)
 女性ロック・シンガーとしてのリンダ・ロンシュタットの全盛期は1970年代後半である。特に「シンプル・ドリームス」と「リヴィング・イン・ザ・USA」の2枚は共にオールディーズのカヴァーを前面に打ち出した内容で、ロックンロールとバラッドのバランスも実に見事な傑作アルバムだった。私はこの2枚に続いて1980年にリリースされた「マッド・ラヴ」を合わせて “ロックなリンロン3部作” として愛聴してきたが、この「マッド・ラヴ」は同じロックでも先の2枚とはかなり毛色の違ったサウンドが楽しめる。
 何よりもまず驚いたのは、アルバム全体が装飾と言う名の贅肉を徹底的に削ぎ落とした非常にシンプルなロック・サウンドで構成されていたこと。このアルバムがリリースされた当時、ディスコ一色に塗りつぶされたような感のあったアメリカに対し、イギリスからは新しいバンドが次々と刺激的な音を届けてくれて、実に面白い状況を呈していた。そういった時代の空気を我々は “ニュー・ウエイヴ” として捉えていたのだが、リンダのこのサウンドは “それまでの大ヒットしたアルバムの続編ではない、何か新しいサウンド” を求めた結果の産物だったように思う。そのためか、前作までとバック・バンドのメンバーを変え、ギターにクリトーンズのマーク・ゴールデンバーグを起用、全10曲中マークの作品を3曲、そして「アリスン」に続きエルヴィス・コステロの作品も3曲取り上げるなどしてアルバム・カラーの一新を図っている。例えるなら、プロデューサーという名の料理人ピーター・アッシャーがお客の嗜好の変化を敏感に察知し、それまで大好評だったワディ・ワクテル・バンドというコクのあるソースから、マーク・ゴールデンバーグというシンプルなソースに変えて、リンロンという素材の味を最大限引き出そうとしたようなモノだろう。
 全米10位まで上がったリード・シングル③「ハウ・ドゥー・アイ・メイク・ユー」は怒涛のドラミングで始まる超カッコイイ曲で、それまでの彼女にはなかったシャープでエッジの効いたサウンドに乗ってシャウトするリンロンはとてもあの “ブルー・バイユー” や “ラヴ・ミー・テンダー” で名唱を聴かせた歌姫と同一人物とは思えないバリバリの “ロック姐さん” だ。2nd シングルになったリトル・アンソニー&ジ・インペリアルズのカヴァー⑤「ハート・ソー・バッド」は前2作の薫りを湛えたミディアム・スロー・ナンバーだが、辛口のギター・サウンドが曲をピリッと引き締めており、全米8位まで上がるスマッシュ・ヒットになった。リンロンの “ノォォ~♪” 連発(←2分40秒あたり)に代表される感情表現の見事さも特筆モノだ。超ゴキゲンなノリがたまらない3rd シングル④「アイ・キャント・レット・ゴー」は前作の「ジャスト・ワン・ルック」に続くホリーズのカヴァーで、コレもやはりリンロンを先に聴いたために未だに彼女の方がオリジナルに聞こえてしまう。とにかく歌、演奏共にドライヴ感抜群で、まるで彼女のために書かれたような名曲名演に仕上がっており、特にリンロンの “一人おっかけ二重唱” のパートが最高に気に入っている。
 マーク・ゴールデンバーグの①「マッド・ラヴ」、⑦「コスト・オブ・ラヴ」、⑧「ジャスティン」はどれも新しい時代の息吹きを感じさせるような作風の曲で、アルバム冒頭のシンプル・ロック宣言といえそうな①、思わず口ずさみたくなるようなキャッチーなメロディーに耳が吸いつく⑦、得意とするミディアム・スロー・テンポでリンロン節が冴えわたる⑧と、全く違和感なく “新しいサウンド” を自家薬籠中のものにしてしまっているところが凄い。エルヴィス・コステロの②「パーティー・ガール」、⑨「ガールズ・トーク」、⑩「トーキング・イン・ザ・ダーク」に関しても同様で、しっとり系の②、ノリノリの⑨、颯爽と闊歩するような⑩と、どんなタイプの曲でも完全にリンロン・ワールドに引き込んで表現している。特に女性同士のヒソヒソお喋りからフェイド・インする⑨が絶品で、爽快感をアップさせるバック・コーラスといい、スペクター印のカスタネット攻撃といい、文句ナシの超愛聴曲だ。ニール・ヤングの⑥「ルック・アウト・フォー・マイ・ラヴ」のしっとり&スベスベ(?)感覚のヴォーカルは聴く者を優しく包み込む心地良さで、何度も聴きたくなってしまう(^.^)
 この「マッド・ラヴ」はアメリカにおいては70年代から80年代へと移り変わる過渡期に生まれたアルバムで、当時としては十分 “新しいサウンド” だったが、今の耳で聞けばごくごく普通のポップ・ロック・ヴォーカルに過ぎない。しかしその何の変哲もないストレートでシンプルなサウンドこそが、30年たった今でもこのアルバムが古めかしくならない秘訣なのではないかと思う。「リヴィング・イン・ザ・USA」がオモテ名盤なら、この「マッド・ラヴ」は間違いなくリンロンのウラ名盤の最右翼と言えるのではないだろうか。

Linda Ronstadt I Can't Let Go.


Linda Ronstadt - Girls Talk