2009年6月14日(日)
梅雨入り後4日、埼玉県内を中心にカントリーウオークをしているグル
ープの第164回例会を開催する。
集合は東武東上線の新河岸(しんがし)駅。参加者15人は4組に分
かれ、10時8分にスタートした。
=新河岸川沿いを福岡河岸記念館へ=
狭い駅前から線路に沿って西に向かい、最初の踏切を越えて「砂」の
住宅地へ。比較的新しい住宅が多いが、新河岸川近くまで行くと農家
らしい家も残っていた。
アシのいっぱい茂る池の南側、自治会館の横に小さな流れがあり、
週末にはホタル狩りが開催されるとの張り紙がある。
池を背にした厳島神社は弁財天が祭られ、社殿と比べて不釣り合い
な大きい鈴が下がる。横の梅の木から、熟した大粒な梅が落ちていた
ので、幾つかいただいた。
そばの住宅地を北に抜け、新河岸川の右岸堤防に上がった。対岸に
は別のグループも見える。4月下旬に歩いたときには、ナノハナが花盛
りだったが、いまは草が伸びて緑一色である。
最初の橋のところで堤防を離れ、日枝神社と観音堂の境内へ。道路
際に2枚の大きな板碑があり、仏像らしい姿が線刻されていた。
近くの三差路際には、江戸との舟運に関わったと思われるS家の古
い建物が残り、そばまで、新河岸川の流れにつながる堀割が入り込ん
でいた。
再び新河岸川右岸に出る。すぐ先の斜面林下に、「寺尾河岸 紫陽
花の途(みち)」の看板があり、大きなアジサイの株が10数株、花を
いっぱいに咲かせていた。
大きく枝を広げた斜面林の下を進むと、河原のあし原でヨシキリが鳴
く。葦原中のところで川を離れる。
川崎集落を抜け、養老橋の近くにある、ふじみ野市立福岡河岸記念
館に入る。
江戸時代から明治時代中ごろまで新河岸川舟運で栄えた、福岡河
岸の回漕問屋だった福田屋の建物を公開しているところ。
2階建ての大きな主屋(おもや)、県内でも例の少ないという木造3階
の離れ、展示場になっているがっしりした文庫蔵。広い土間のある台
所などを観覧し、当時の回漕問屋の規模や遺産の一端を知る。
県道56号に出て、大日本印刷と新日本無線の広い工場横を通過、
昼食地のふじみ野市役所に12時半に着いた。玄関横の広いスペース
にシートを広げて昼食とする。
=新河岸川を折り返して上福岡歴史民族資料館へ=
午後は、いつものように全員一緒に13時半に出発とする。午前中に
寄らなかった人は先発して福岡河岸記念館を見て。そばの養老橋際で
合流する。橋のそばには、国登録文化財になっている回漕問屋吉野屋
の土蔵も残っていた。
橋を渡って桜並木の続く左岸堤防に回り、まず、古市場の連光寺に
立ち寄る。
西側には朱塗り高麗門の総門が、正面には仁王門があり、仁王門の
奥に、遠くからも目につく大屋根の本堂がある。
広い境内の植栽はきれいに整えられ、その中で、数本のカシの高木
や、本堂背後の杉の大木が目についた。
干支の動物と一緒にポーズをとった12体のお地蔵さんが並んでいた
ので、それぞれ自分の干支の後に並んでもらい、記念撮影をする。
再び左岸堤防へ。梅雨に入ったが湿度はそう高くなく、向かい風が
さわやか。しかし雲が暗くなり、ひと雨来そうで心配になってきた。
富士見川越道路の下を越えると、桜並木は無くなった。渋井の観音
堂で小休止して水分補給をする。堂の回りに樹木は無く、周囲は緑の
田園地帯が広がる。
すぐ先にゲートがあり、左に分かれる新河岸川放水路の分流点になっ
ている。放水路では、たくさんの釣り人が糸を垂れていた。
放水路を越えて左岸をさらに少し進み、福岡橋で右岸に折り返す。
橋のたもとにある大杉神社周辺は、新河岸川舟運の船頭をしていた人
が多かったとか。神社は、その舟運関係者の守護神として、あつい信仰
を集めていたという。
境内は狭いが、堤防側に明治時代の俳人、雪中庵(せつちゆうあん)
梅年(ばいねん)の句碑が立っていた。
さらに草の伸びた右岸を1㎞余り戻り、ポンプ場のところで堤防を降
りた。中丸一丁目の住宅地を抜け、長宮一丁目にあるふじみ野市立
上福岡歴史民俗資料館に入館する。
展示室には、上福岡の古代から近世までの歴史を示す土器や板碑、
古文書、機織り機や手づくりほうき、新河岸川の舟運に関わるものなど
が展示されていた。
近くの交差点を北に渡って長宮氷川神社へ。長徳9年(995)に出雲
大社から勧請(かんじょう)したのが始まりで、「長宮」の名のもとは、
参道が4丁16軒(約465m)に及んでいたからだという。
うっそうとした鎮守の森を背にした本殿の前庭には、「出会いの泉」と
呼ぶ新しい石像や、みこしを納めたガラス張りの御輿蔵(みこしぐら)が
あり、森の裏手に回ると、ご神木の「夫婦欅(めおとけやき)」が立って
いた。
この先、まだ回る予定はあったが、16時近くなったので切り上げて駅
に向かうことにする。再開発中の上ノ台団地を回り、駅に近い交差点の
交番際でミーティング。ゴールの東武東上線上福岡駅には、16時47分
に着いた。
(参加 15人、天気 晴後曇、距離 12㎞、地図 与野、歩行地 川越
市、ふじみ野市)
梅雨入り後4日、埼玉県内を中心にカントリーウオークをしているグル
ープの第164回例会を開催する。
集合は東武東上線の新河岸(しんがし)駅。参加者15人は4組に分
かれ、10時8分にスタートした。
=新河岸川沿いを福岡河岸記念館へ=
狭い駅前から線路に沿って西に向かい、最初の踏切を越えて「砂」の
住宅地へ。比較的新しい住宅が多いが、新河岸川近くまで行くと農家
らしい家も残っていた。
アシのいっぱい茂る池の南側、自治会館の横に小さな流れがあり、
週末にはホタル狩りが開催されるとの張り紙がある。
池を背にした厳島神社は弁財天が祭られ、社殿と比べて不釣り合い
な大きい鈴が下がる。横の梅の木から、熟した大粒な梅が落ちていた
ので、幾つかいただいた。
そばの住宅地を北に抜け、新河岸川の右岸堤防に上がった。対岸に
は別のグループも見える。4月下旬に歩いたときには、ナノハナが花盛
りだったが、いまは草が伸びて緑一色である。
最初の橋のところで堤防を離れ、日枝神社と観音堂の境内へ。道路
際に2枚の大きな板碑があり、仏像らしい姿が線刻されていた。
近くの三差路際には、江戸との舟運に関わったと思われるS家の古
い建物が残り、そばまで、新河岸川の流れにつながる堀割が入り込ん
でいた。
再び新河岸川右岸に出る。すぐ先の斜面林下に、「寺尾河岸 紫陽
花の途(みち)」の看板があり、大きなアジサイの株が10数株、花を
いっぱいに咲かせていた。
大きく枝を広げた斜面林の下を進むと、河原のあし原でヨシキリが鳴
く。葦原中のところで川を離れる。
川崎集落を抜け、養老橋の近くにある、ふじみ野市立福岡河岸記念
館に入る。
江戸時代から明治時代中ごろまで新河岸川舟運で栄えた、福岡河
岸の回漕問屋だった福田屋の建物を公開しているところ。
2階建ての大きな主屋(おもや)、県内でも例の少ないという木造3階
の離れ、展示場になっているがっしりした文庫蔵。広い土間のある台
所などを観覧し、当時の回漕問屋の規模や遺産の一端を知る。
県道56号に出て、大日本印刷と新日本無線の広い工場横を通過、
昼食地のふじみ野市役所に12時半に着いた。玄関横の広いスペース
にシートを広げて昼食とする。
=新河岸川を折り返して上福岡歴史民族資料館へ=
午後は、いつものように全員一緒に13時半に出発とする。午前中に
寄らなかった人は先発して福岡河岸記念館を見て。そばの養老橋際で
合流する。橋のそばには、国登録文化財になっている回漕問屋吉野屋
の土蔵も残っていた。
橋を渡って桜並木の続く左岸堤防に回り、まず、古市場の連光寺に
立ち寄る。
西側には朱塗り高麗門の総門が、正面には仁王門があり、仁王門の
奥に、遠くからも目につく大屋根の本堂がある。
広い境内の植栽はきれいに整えられ、その中で、数本のカシの高木
や、本堂背後の杉の大木が目についた。
干支の動物と一緒にポーズをとった12体のお地蔵さんが並んでいた
ので、それぞれ自分の干支の後に並んでもらい、記念撮影をする。
再び左岸堤防へ。梅雨に入ったが湿度はそう高くなく、向かい風が
さわやか。しかし雲が暗くなり、ひと雨来そうで心配になってきた。
富士見川越道路の下を越えると、桜並木は無くなった。渋井の観音
堂で小休止して水分補給をする。堂の回りに樹木は無く、周囲は緑の
田園地帯が広がる。
すぐ先にゲートがあり、左に分かれる新河岸川放水路の分流点になっ
ている。放水路では、たくさんの釣り人が糸を垂れていた。
放水路を越えて左岸をさらに少し進み、福岡橋で右岸に折り返す。
橋のたもとにある大杉神社周辺は、新河岸川舟運の船頭をしていた人
が多かったとか。神社は、その舟運関係者の守護神として、あつい信仰
を集めていたという。
境内は狭いが、堤防側に明治時代の俳人、雪中庵(せつちゆうあん)
梅年(ばいねん)の句碑が立っていた。
さらに草の伸びた右岸を1㎞余り戻り、ポンプ場のところで堤防を降
りた。中丸一丁目の住宅地を抜け、長宮一丁目にあるふじみ野市立
上福岡歴史民俗資料館に入館する。
展示室には、上福岡の古代から近世までの歴史を示す土器や板碑、
古文書、機織り機や手づくりほうき、新河岸川の舟運に関わるものなど
が展示されていた。
近くの交差点を北に渡って長宮氷川神社へ。長徳9年(995)に出雲
大社から勧請(かんじょう)したのが始まりで、「長宮」の名のもとは、
参道が4丁16軒(約465m)に及んでいたからだという。
うっそうとした鎮守の森を背にした本殿の前庭には、「出会いの泉」と
呼ぶ新しい石像や、みこしを納めたガラス張りの御輿蔵(みこしぐら)が
あり、森の裏手に回ると、ご神木の「夫婦欅(めおとけやき)」が立って
いた。
この先、まだ回る予定はあったが、16時近くなったので切り上げて駅
に向かうことにする。再開発中の上ノ台団地を回り、駅に近い交差点の
交番際でミーティング。ゴールの東武東上線上福岡駅には、16時47分
に着いた。
(参加 15人、天気 晴後曇、距離 12㎞、地図 与野、歩行地 川越
市、ふじみ野市)