魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

まほろば(8)宴もたけなわ

2010年09月10日 | 日記・エッセイ・コラム

産業革命パラダイム250年の宴会は、終わろうとしている。
地球からの借金で浮かれていた人類は、ツケが回って、慌てて酒を止めようと思っても、ようやく酒にありついた「遅れて来たグループ」を止められない。

しかも、遅れて駆けつけたグループは、今までガマンしていたので、ガブ飲みするから酒の回りも早い。まもなく、古代の泥にまみれた作業着のままで、建物まで壊す乱痴気騒ぎを始めそうだ。

芸人のように宴会場に潜り込んで、服を着替えて賓客の顔をしていた日本は、遅れてきた親戚から妬まれ、非難の的になっている。
そのうえ、この親戚は酒癖が悪い。

「なんだ、このヤロウ!テメエばかり飲みやがって、その酒よこせ」と、ガブ飲みを始めた。酒の肴に日本をこき下ろし、盛り上がって、
酒が無くなると、「親戚だろう、もっと酒を出せ」と罵る。
時々、恥ずかしいと思うのか、顔をしかめる他の賓客達に、
「こいつは、賓客なんかじゃありませんぜ、うちの親にとんでもないことをしたやつでさあ、これぐらい当然なんです。エへへ、へへ」
と作り笑いをする。

しかし、遅れてきたブループの中でも、もとは名門だった遠縁の親類は、ハタと我に返り、日本をこき下ろすより、日本に見習って、利用した方が、賓客らしくなることに気がついた。

日本の正装を剥いで、デタラメに着込み、いまだにクダを巻く、自家の下男を無視して、日本に見習い始めた。
だが、まず、古い作業着を着替えなければ、賓客にはなれない。
もちろん、青竜刀を納めることの方が先だ。

中国と朝鮮半島の大きな違いは、
中国は何でもマネして取り入れるが、目的は名門の再興だ。
不安定な境界地域の半島は、しぶとく生き抜き、どこでも家とする。
中国が土に根を張る大木なら、朝鮮半島は宿り木だ。
宿り木は、最初は弱小だが、成長すると寄宿主を枯らしてしまう。

騎馬民族説の江上波夫は学者ではあるが、その経験的直観の方が面白い。学説は新事実が出るたびに変わるが、インスピレーションによるイメージは、正否どちらかだ。赤がいかにして成り立つかではなく、それが、赤く見えるか青く見えるか、という問題だからだ。

その江上は談話で、大陸や朝鮮半島から日本に入ってくる時、まず個人で入って来て、その地の有力者の養子などになって基盤を作り、後で一族を呼び寄せる。と言っていた。馬が走って来る話しとはずいぶん様子の違う話だが、むしろ、経験がにじみ出ている。

実際、今、目の前で、蛇頭やニセ残留孤児など、大陸から押し寄せる出稼ぎを見ていると、2000年前にも、目の前の半島から、江上のイメージのような事態が、押し寄せていたことを否定できない。

だとすれば、われわれ日本人はどこから来たのか(古代アメリカ)、
逆に、わずか100年前に何が起こっていたのか・・・
本当のことは、誰にもわからない。


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