魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

やまぬ雨

2014年08月26日 | 新鎖国論

今年の夏は、何なんだ!
確かに、一時、暑い時はあったが、台風でも無いのに、断続豪雨で日本中メチャクチャだ、晴れ間が無い。
梅雨明けも曖昧だったが、その後も、ほとんど前線のような状態だ。

地球温暖化の影響で、日本も亜熱帯化しているそうだが、この雨はもう、雨期やスコールだ。
昨年の水害(特別警報)は、まだ、台風の姿で現れたが、今年は、日本列島が台風発生現場になっている。

南の海で発生した台風が、発達して日本に来る、二百十日や二百二十日といった「風物詩」の時代は無くなり、もはや日本は、「南の島」になったのかも知れない。ここから台風に発達しないだけで、周辺が南の海になりつつある。

抜本問題が露出
牡羊座2010~」で言ったように、昭和初期の混乱の最大要因は、気候変動による農業の破綻だった。

もし今、本当に気候変動しているのであれば、日本の山河は姿を変える。日本人は既成概念を捨て、悔い改めなければ、座して死を待つことになる。
広島の水害の惨状は、日本の縮図であり、警告だ。
危険地帯で押し流された宅地には、行政、利権、産業、社会、文化が凝縮した、戦後70年の日本がある。

工業貿易立国として歩んだ70年の間に、核家族化が進み、戸建て住宅の需要が膨らみ、乱開発が進み昔の大家族では手をつけなかったような土地まで、家が建った。
一方では、農地が取り残され、食糧自給率がレッドゾーンに落ち込んでいる。

このまま雨期やスコールが日本列島に降り注げば、もろく急峻な地域は、至る所で土砂崩れが起こり、かつて無いほど削られ、列島の姿を変えるだろう。問題は、それが短期に起こることだ。難しい話しではない。海岸の砂遊びを思い出せばいい。

新しい大家族
日本に盤石な立地条件は、そう多くない。今のように野放図に宅地を広げることは、止めなければならない。
すると、建設不動産業が困る。銀行が困る。人手を調達する工場が困る・・・つまり、日本が成り立たなくなる。

しかし、気候変動は日本だけではない。
世界的不作が起これば、食料を輸入に頼る日本は、金を握って餓死をする。終戦直後の食糧難では、都会の金持ちが、日頃、百姓と馬鹿にする農家に泣きついた。
預金通帳より、庭の畑の芋に価値があることを、改めて思い起こすべきだろう。

どの先進国も、食糧自給率は極めて高い。自給自足力こそが先進国の条件であり、日本は未だ後進国の成金だ。
食料こそが国の礎、最大の安全保障なのだ。
先ず食うことを保証するのが健全な国家だ。そのためには食料生産をベースとする経済文化を営み、家造りを人生の目的とするような文化は改めなければならない。

今さら大家族には戻れないとしても、福祉医療が一体になった共同体を軸とする町造りで、住まいもそれに合わせた形に集合化する。共同住宅も共通の利害認識を持った人の方が良い。分譲を買うのではなく、敷地建物に出資する形の方が、グループの責任意識が持てる。

年々増加する空き家は、立地の良いところに建っている場合が多いから、これを何らかの方法で、買上げ借上げて、集約型の町造りや共同住宅に再開発し、多世代に提供する。

もう一度、島国根性
農業をベースとする、知術産業の国に生まれ変わり、一生を住宅に追われるような人生観を捨てなければならない。
一国一城の主を夢見るマイホームは、土建国家故の価値観であり、産業革命パラダイムの幻覚だ。

99回引っ越したという葛飾北斎は、生涯技を追求し、世界にそれを残した。災害列島に住む日本人は、儚い家や財産より、生活を楽しんだ。
日本の風土が変わるほどの気候変動を迎える中で、欧米式の物欲に染まったままでは、日本人は生き残れない。

幕末の欧米人が驚いた日本人の生活。
決して「美しく」はなかったが、現代人が驚くブータンのような楽土があった。
われわれはもう一度、江戸に学び直し、世界がマネできない楽土、蓬莱の島を築いていかなければならない。

雨の日続き。薄暗い窓の外を見ながら、
「何とかならないものか」と思った。