魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

炭火焼き

2010年08月05日 | 日記・エッセイ・コラム

No.988

だから~あ
年寄りは無理しちゃいけないって言ってるでしょ
所さん、畑仕事で熱中症だって。
大したことはなくて良かったけど、誰でも、自分じゃ気づかないのが老化。(砂を蹴る

昔のように、年寄りが偉い人だった頃は、みんな年寄りになりたがって、若年寄なんて、変な役職まであった。
それも変な時代だけど、今のように、何でも若ければ良いみたいな時代も困ったものだ。

不惑とか、四十過ぎたら自分の顔に責任を持て、とか言う言葉が重かった頃は、「いつまでも若いですね」などと言えば失礼だった。
ところが、今はどうだ。アラフォーとか言って、多少は気にしても、ほぼ全く年寄りの自覚がない。

どっちが良いとも言えないが、あえて言えば、どっちも間違いだ。
人生80年時代だから、5~60で老け込んではいけないが、20と変わらぬ姿でいこうとするのも大人げない。
要は、肉体の老化を自覚しつつ、概念に囚われない「自分の生き方」を持つことだろう。

実際、80歳になっても、10代の時の気持ちと、そう変わるものではない。むしろ、それぐらいになると、童に帰るというか、アクが抜けて微笑ましくなってくる。

そこまで行かなくても、40~70ぐらいは、現代の新中年だ。
中年と言えば、気力はあるが、体力の衰えの始まる時代。男も女も更年期だ。気持ちは変わらなくても、昨日できたことが今日できるとは思わない方がいい。

肉体派の人は、外見と体力が、若さそのものだと思うから、何とか衰えを見せないようにするし、自分でもガンバリで体力をカバーしようとする。
すると、ある日突然、現実を突きつけられると、ショックでガックリ老け込む。
見ていて、何ともしんどいことだと思う。

個人的には、昔から、自分で5歳早く歳をとる。
初めから肉体年齢を捨てて掛かっているので、焦らない、ガンバらない、ショックを受けない。

その上、『その年のわりには元気でいけてるな』と気分が良い。
何の努力もしないで、肉体と年齢を超越した、ただの自分でいられる。
初めから炭なら、カッカとは燃えないが、いつまでも消えない。

そのうち、「生きているか死んでいるか解らない人」、になるだろう